・恋は決闘












え………!?


嫌だよ、そんなの絶対…


「嫌だーーーーーーっ!」  と遊戯が断末魔の悲鳴を上げる一秒前。

「もう決まったことなのよ。花嫁修業だと思ってあきらめなさい」


という本当に自分の親だろうかと疑ってしまうほど血も涙もない一言がぴしゃりと言い放たれた。
そんなの親権の乱用だ、横暴だ、と訴えても眉一つ動かさない母を見て、遊戯は標的を変える。

「だいたい君、自分のことくらい自分でしなよっ高校生にもなって掃除洗濯できないなんて…」

批難めいた目を向け、さっき打ち解けたばかりとは思えないほど遊戯はアテムに遠慮なく食ってかかった。

それもこれも一週間で何よりも大切な日曜日を守るためだ。
日曜日はそれこそデュエルの公認大会があるし、土曜日に夜更かししてゲームした次の日は昼までゆっくり寝ていたいし、今では進路がバラバラになってしまった城之内や杏子、本田といった友人達と遊ぶ何にも代えがたい日なのだ。
一体誰が好き好んで日曜の朝に早起きし、他人の部屋の面倒を見に出かけるのを良しとするだろう。

遊戯の悲痛な訴えに、アテムのかわりにすっかり彼女の母を取り込んだイシズが応えた。

「アテムは今までそれこそ宮殿のような屋敷で何百人もの召使に囲まれて暮らしてきました。
あなたには考えられないことかもしれませんが、その日着る洋服ですら自分で選ぶことのない生活です。
いきなり何もかも一人でしなくてはいけない状況にしてしまうのは、故郷に帰る私達としましても大変不安に思うところなのです…」

イシズの言いたいことはわかるが、要は自分達が心配なのだ。
アテムが彼女達にとって重要な人物であることは遊戯には何も関係がない。
ただの同い歳の同級生だ。
十六にもなれば家事の手伝いをしてそれなりのことができるものだ。
周りがこんなだとアテムはいつまでたっても自立できないのではないか。

「でも、ボク……」

「何言ってんの遊戯っ、アテム君と何か間違いでもおこれば玉の輿なのよ!」


これだから母親という生き物は……

年頃になってもおしゃれや化粧にも全く関心を示さず、ゲームやおもちゃに夢中になって女の子らしいところの一つもない自分を母親がひどく憂い、心配しているのは知っていた。
だからこそ、ここぞとばかりに押してくるのだろと内心わかりすぎるほどだったが、それでもこの要求をおいそれと呑むわけにはいかない。

「それともアンタ、もう彼氏でもいるの?」

突然の言葉に、遊戯は息が止まった。
母親に面と向かってそんなことを聞かれたのは初めてで、「い、いるわけないよ!」とドギマギしながら否定したものの顔が赤くなってしまったのは夢でしか会えないセトのことを思い出したからだ。

大人っぽくて優しい。
同級の彼に顔は似ているものの雰囲気はずっと柔らかくて、自分を見つめるその蒼い瞳は月の光のように温かくて。

彼氏でもないし、好きだというよりは憧れに近かったが遊戯は頬が熱くなり、バレないよう俯いた。

が、アテムはそんな遊戯の様子を見逃さなかった。



話は平行線のまま、というよりは遊戯が折れるのを待って無情にも時間は過ぎていく。

すがるようなイシズの視線を見ないようにしつつ、遊戯は断固として首を縦に振るまいと頑なだったがついに騒動の元凶であるアテムが口を開く。


「…………わかった。遊戯だって一方的に決められるのは納得できないだろう。チャンスをやるぜ」


自分が迷惑をふっかけているはずなのに、どうしてこの王子様は上からモノを言っているのか遊戯は呆れてボカンと
していたが、この不条理な契約から抜け出せるチャンスがあるのならばそれを逃す手はない。


「俺とデュエルして、勝てば手伝いの話はナシだ」

「ほ、ほんと…!?」

「ああ。デュエルはできるか?」

「もちろん!」


遊戯は目の前がパァッと明るくなったように感じた。
デュエルには少し、いや結構自信がある。自分のやってるゲームで一番力を入れてるものだし、海馬には敗れたものの、大会でもかなりいいところまでいった。
もちろんアテムはそんなことは知らないだろう。

「ただし」

付け足して、アテムは不敵に笑った。
彼が見せる独特なあれだ。

さらに続けられた言葉に遊戯は耳を疑った。


「俺が勝てば、俺と婚約してもらう」

「ええーーーーー!?」


なんでそうなるんだよ!と遊戯が叫んでもアテムは表情を崩さない。
母親はまさに棚から牡丹餅と言わんばかりに感激していた。


「アテム…!それが何を意味するのかわかっているのですか」
「…………わかってるさ」

イシズとアテムだけにしかわからないやり取りもそれどころではない遊戯は耳にも入らない。


こ、婚約って…!?
ボクに何か恨みでもあるの…!?
きっと将来的にたくさんいる愛人の一人って感じで屋敷のハーレムに軟禁状態の生活…!?

嫌がらせにしてもレベルを越えていると遊戯はパニック寸前だった。
その条件とこれからの自分の休日を賭ける価値があるのかすら、計りにかけた天秤もネジが緩んで壊れ始める。


「どうだ、遊戯。俺に勝つ自信がないのか」


煽りをかけてくるアテムはまるで駆け引きのプロのようで、人の心をいとも簡単に釣り上げてしまう。
その笑みはいつの間にか闇への案内人へと変貌していた。


「や、やるよ…!ボクが勝てばいいんだから」


どのみち勝負しなければ召使のような生活が待っているのだ。
彼の言う婚約の真意はわからないが、何もしないまま従うのは嫌だった。



「よし。決まりだな」




そして決闘に何かを賭けることを好まない遊戯の最初で最後にして最大のアンティ、自分自身の命運を賭けたデュエルが始まったのであった。













「うそ……………」


遊戯は力が抜けたように手の平からカードをパラパラとこぼした。


たった数ターン。数回のドロー。
遊戯の手には大量の手札。

手札とは可能性だ。
例えどんなカードであろうと手札を多く持つことはあらゆる状況に対応でき、有利と言える。

遊戯が使用したのは最近組んだ中でも最も勝率がよく、いくつかある中で一番強いものだった。
もちろん何度も一人で回して、たくさんの人とデュエルし、弱点を補い強化に強化を重ねた完成されたデッキといえる。

それがこうもあっけなく。

1killでもない。
フルバーンでもない。

ロックバーン?コントロール?
一体何に属するデッキなのか。


遊戯の攻撃が通らなかったわけではない。
だが、まるで魔法のように巧妙にライフアドバンテージを重ね、終わってみるとアテムのライフは8000から1ポイントも動いていなかったのだ。
ジワジワと手足をもがれ、なす術のない遊戯はいつの間にかライフをゼロにされていた。

暑くもないのにイヤな冷や汗が頬を流れ落ち、遊戯はしばらく放心していた。
負ければ婚約だとか家事手伝いだとかそういうことは頭にはなく、ただただ目の前の出来事に打ちひしがれていた。



強い、

なんてものじゃない。

海馬君よりも…?いやそういうレベルでもない。


一番怖いのは、彼が今見せたデュエルが彼の実力のほんの一部なのではないかと心のどこかで思っていることだ。

どうしてそう思うのか…?わからない。
でも、そう思う。


こんな勝つためのデッキじゃなくて。
もっと自由で、もっと大胆で、ドキドキするような…

楽しいデュエルができるはずだ。と。


「す、すごいね………全然隙がないや。完璧っていうか。それが君のデッキ…?」

「いや……今回は勝つためにこのデッキを使った」


やっぱり……!

根拠のない疑念が当たったところで、それは勘でしかない。
知らないはずなのに頭の奥を探れば答えにたどり着きそうで、妙な感覚に捕らわれた遊戯はくらくらとめまいを覚えた。

「俺のデッキは、未完成のままさ」

「どうして…?」

「そのカードはもう手に入らない」

「……………?」

そんなカードあったっけ。と遊戯は首をかしげた。
レアリティによるカードの高騰を防ぐために、もう何年も前に多くのレアカードが再収録され今では欲しいカードは何でも手に入るようになっていたのだ。
カードプールには自信があったが、よほど古いカードか一般には知られてないようなカードはさすがの遊戯でもわからない。

「遊戯はまだ自分の本当のデッキに出会っていないだけだぜ。
お前が本当のデッキを手にすれば…俺だって敵わない」

「い、いいよそんな無理にフォローしてくれなくても…」


たった今コテンパンにされた相手にそんなことを言われてもこれっぽちも信じられないが
アテムが気を使ってくれているのかと遊戯は嬉しくなった。

なんにしろ強い相手とめぐり合えたということはデュエリストとしても嬉しく、次はどう対策すべきか考えながら遊戯が意気揚々とカードを片付ける中、アテムはふいに遊戯のカバンから顔を覗かせていたエジプト関連の書物を手に取り、まじまじと見つめた。


「あっ、そ、それは…………」

あまり深く聞いてほしくなくて遊戯はうろたえたが、アテムは特に気にする様子もなく本を見ながら言った。


「そのうちこんなオールドタイプな本は必要なくなるぜ」

「え………?」

何が言いたいのかと遊戯はきょとんとしている。


「俺の妻になるからな」

「あ………」

その言葉でデュエル前の賭けの内容を一気に思い出した遊戯は青ざめた。


「わからないことは俺に聞き、知りたいことは俺から教わればいいだろう?」

「あ、あのっ、ボクやっぱり……」

「どうした?my sweet heart」


アテムが腰を折り、ゆっくりと降りてきたかと思うと遊戯はせっかくそろえたデッキをまた絨毯の上にバラまいてしまった。



なぜなら、言葉を続けようと小さく開いた遊戯の唇が褐色の薄い唇によって塞がれてしまったからだ。











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