・あの日の午後






「ねぇ遊戯クンとアテム君って、親戚同士かなにか?」

「え?」


突然の質問に、遊戯はページの文字列に落としていた視線を上げる。


放課後の、人気のない図書館。
学校の敷地の一番奥にあるこの場所は遊戯のお気に入りだった。

そして前触れなく質問を投げかけてきた人物、獏良了もまた数少ない利用者の一人である。


「ちがうよ。でもじーちゃんの知り合いなんだ」

選んだ本を数冊机に置き、獏良は遊戯の対面に座った。
落ちた夕陽が窓から差込み、彼の銀髪をオレンジに縁取ってキラキラと輝いて、遊戯は目を奪われる。

同じクラスだとはいえ一言も喋ったことがなかった二人は、入学して間もなくここで出会った。
お互いの存在に気付いたのも必然といえば必然で、なぜかというと今や図書館という施設自体が歴史的遺産のようなものだからだ。

科学技術の進歩に伴い、書籍や雑誌といったものはかなり早い段階で電子機器に移行した。
スティック状の電子機器のボタンを押すとホログラムのパネルが現れ、そこからあらゆる情報を検索でき、いつでも自由に知ることができる。
わざわざ図書館に行って、読みたい本の番号のシールが貼られた背表紙を探して右往左往することなどこの時代の子供たちは生まれて一度もしたことがないレベルだ。
多くの学校では図書館は閉鎖されているか、すでになくなっている。

が、なぜか童実野高校には現存していて、コンピューターの管理の下、貸し出しも行われていた。
かといって利用者がいるはずもなく、訪れる人間といえばよほどの変わり者か、物好きくらいだ。

この二人はそれにあてはまる。


「へぇ……似てる人っているんだねぇ世の中には。でも外見は似てるけど、二人を間違えることはないかな」

そう言って獏良は今日転校してきたエジプトの彼を思い出した。
目尻に黒く縁取られたアイライン、浅黒い肌、遊戯より少し高い身長、なにより二人は性別も違うし、
身にまとう空気も違いすぎる。

似ていると思うのは風変わりなツンツン頭と、宝玉のような深紅の瞳だけ。

自分もそう思ったが、やはり他人から見ても自分と彼は似ているらしい。
まさかじーちゃんの若かりし日のエジプトでの火遊びなんてことはないだろうかと頭をよぎり、青ざめた遊戯は
その考えを打ち消すようにブンブンと頭を振った。

「どうしたの?」

「い、いや別に…」

「アテム君てさぁ、なんか不思議な感じがするよね。僕、想像力をかきたてられちゃうなぁ…。ほら、この前も話したと思うけど、僕が今考えてる物語の主人公にぴったり」

獏良は両手を顔の前で合わせるとうっとりと空想に浸り微笑んだ。

「それって…新しいTRPGのシナリオなの?」

獏良了がTRPGをするということは、仲良くなる過程で知ったことの一つだ。
TRPGとは簡単に言えばボード上でするRPGで、マスターと呼ばれる親がシナリオ、イベント、キャスティングなどすべてをこと細かく設定し、プレイヤーの攻略を防いだり促したりするゲームで、これもモクバが泣いて喜びそうなアナログかつオールドな生きる遺産のようなものだ。

遊戯も獏良の家に招かれて、一度だけやったことがある。
ゲームの趣旨を簡単な説明を聞いただけですぐに飲み込み、その場でプレイして充分に遊びつくす遊戯の才能は獏良を驚かせ、変わり者で通っている彼に気に入られるきっかけとなったが、遊戯に自覚はない。

遊戯は遊戯でコマであるプレイヤーの人形や、フィールドのジオラマまですべて獏良本人の手作りだということにとても感動し、作りこまれたストーリーにすっかりゲームメイカーとしての彼のファンになってしまった。

ただ獏良の場合TRPGだけに限らず、遊戯の知らないようなキャラクターのフィギュアを大量に持っていたり
(コレクション部屋を見せてもらった)マニアにしか価値のない初版の本やコミックの収拾、ネットゲームも相当やりこんでいるようで、要はアングラなサブカルチャー的なものが好きなのだ。

遊戯は彼の幅広い好奇心がTRPGの質を上げているのだと解釈し、獏良のマニアックな話にも「すごいね、すごいね」と目を輝かせて頷くものだから自然と獏良も口数が多くなり、今や親以外で自分のことを一番知っているのは遊戯かもしれないというくらい仲がよい。

「うーん、今回はTRPG用じゃなくて、ちゃんとした小説にしようかなって思ってる」

「どこかに応募でもするの?」

多才な彼のことだから小説を書くことにも驚かない。が、遊戯の問いに獏良は少し照れたように表情を柔らかくした。


「いや、自分の書きたいように書きたいから……個人的なものにしようかな。舞台はエジプトだし」

「えっ、そうなの」

エジプトという言葉に遊戯は強く反応した。
何を隠そう遊戯がわざわざ図書館まで来て何の本を読んでいるのかというとエジプト関連のものばかりなのだ。
そして獏良もまた、選んできた本はエジプトの写真集やガイドばかり。

ゲーム以外に二人を引き合わせたキーワードは、「エジプト」だ。

「うん。今朝アテム君を見た時さ、今まで漠然とあったイメージが鮮明に浮かび上がったっていうかさ。
バラバラだったパズルのピースが一気に連なるような…そんな感じ」

興奮を帯びる獏良の目は創作意欲に満ちていて、キャンパスを前にした画家であれば今すぐ筆を走らせそうだと思った。

「そっかぁ…楽しみだな。ボク、読んでみたい」
「もちろん遊戯クンには読んでほしいな」
「ほんとに!?」

やったぁと子供のように手を叩く遊戯に獏良は目を細め、その後はエジプトの話に花が咲いた。

「この前古代エジプト文学についての本を読んだけど、おもしろかったよ。『二人兄弟物語』とか『難破した水夫の話』とか…独特な価値観で書かれてて」

「へぇー今日借りて帰ろうかな。僕がこの前見た砂漠の写真集もよかったよ。ハワード・カーターの伝記もさぁ…」


他に利用者のない図書館はエジプト愛好会な二人の部室状態で、気兼ねなくなんでも意見交換できた。

獏良曰く「ミイラとか呪いとかオカルト的なものが好き」というのがエジプトに関心を持つきっかけだそうだが、
その割にはそれ以外のことにもとても熱心だし、遊戯は自分と同じような理由があるのではないかと心のどこかで希望にも似た期待をしている。
自分も考古学が好きな祖父の影響だと言ってはいるものの、日常的に見続ける夢のことはまだ獏良に話したことがなかったのだ。

夢でみる景色がどことなくエジプトに似ている気がしているが、まだ確証はない。
ただ、砂漠に沈む夕陽の写真を見ていると、その藍に、その緋に心を奪われて何十分も同じページを見ていたり、
気付けば涙を流していたり、他人事ではないという気持ちは日に日に強くなっていた。



陽も暮れかけたので適当なところで区切りをつけ、獏良と遊戯が下校しようと校門に向かった時だった。
途切れることなく会話に花を咲かせていた遊戯は、校門の影に自分によく似たシルエットを見つけ、驚いた。

「あれー、あれアテム君じゃない?」

同時に気付いた獏良が声を出し、指を差す。

「うそ……」

まさかとは思うが、もしかして自分を待っていたのではないかと遊戯はあせった。

ツカツカと靴音を慣らしこちらに近づいてくる人物は間違いなく今日隣の席になった転入生だ。
言葉が出ない遊戯に構わず、アテムは抑揚のない声で口を開いた。

「今日は、一緒に相棒の家に帰るように言われている」

「そ、そうだったの?!」

言ってくれればよかったのに、と言いかけて、今日一日彼とロクに目を合わせようとしなかった自分を思い出した。
一人で帰ろうにも、きっと学校から自分の家までの通学路など知らずに、遊戯を待つしか選択肢はなかったに違いない。

「待たせてごめんね…」

気まずいからといって自分勝手に避けて、なんてひどいんだろうと遊戯は自己嫌悪に陥った。
さらに威圧感のあるアテムの強い視線に、シュンと頭を垂れる。

「へぇ、一緒の家に住んでるの?」
「ち、ちがうよ…!」

慌てて訂正する遊戯をよそに、アテムは遊戯の傍に立つ同級の青年を一瞥した。

「…………バクラか」

平常を装ってはいるが、その下に若干の警戒。

大きな紅い瞳に感情が乗ると紫紺の色味が増すのか、と獏良は興味深く観察しながらも威嚇には気付かない振りをした。

「わぁ、僕の名前もう覚えてくれたんだね。嬉しいなぁ」

ニコニコと愛想を振りまく獏良に、フン、と悪態をつくと、アテムは歩き出した。

「あ、ちょっと待って…」

「僕は寄りたいところがあるから、ここで。また明日ね」

そう言い残すとくるっと背中を向け、獏良は反対方向へ歩き始める。
いつも途中まで一緒なのに気を使ってくれたのかと遊戯はうろたえながらも「また明日ね!」と大きく手を振り、
急いでアテムの後を追った。


「………………」


足の長さはそんなに変わらないはずなのに、歩調が合わずに遊戯は終始小走りの状態でなんとかアテムの後ろをついて行くが、なんせ会話がない。
話しかけようにも、昨日見たようなアテムの鋭い目線で見下されるのではないかと思うだけでしり込みしてしまうのだ。


が、しばらく続いた沈黙を破ったのは盛大に鳴り響いた遊戯の腹の音だった。


「うそ……………」


アテムも足を止め振り返るほどの轟音に、遊戯は自分の腹の虫を心底恨んだ。
恥ずかしさで泣き出したい気分になり、顔が熱くなっていくのがわかる。

これが杏子や城之内とならば笑い飛ばしてくれただろう。
しかし今一緒にいるのは昨日初めて会った人で、自分を押し倒してパンツを見た人で、自分が鞄で殴って気絶させた人で、笑ったかと思えば刺すような冷たい目線で見下ろしてくる人で。

ごまかしようもなくもじもじしている遊戯に近寄ると、アテムは特に呆れた様子もなく、馬鹿にしているようでもなく、
無表情のまま言った。

「………腹が減っているのか」

あれだけの自己主張していて、取り繕えるはずもなく。

「………うん。ちょっと、ね…」


たはは、と苦笑いして遊戯は足元に視線を落とした。
中学の時はよくみんなで寄り道して、ジャンクフードを食べたりゲームセンターに行ったりしていたことを思い出したのだ。
高校に入ってから、常に一緒にいてくれるような友達はまだ一人もいない。


「………バーガーワールド」

「………え?」

「近くに、バーガーワールドがあるだろ?」

「あ、あるけど」

アテムの言葉の意味を計りきれずに、遊戯はポカンと口を開けていた。


「行こうぜ。ちょっとくらいなら、ママさんも許してくれるだろ」


夕陽を背負った異国の転校生は、逆光で影がかかっていてその表情はよく見えなかった。
でも、フッと口端を上げ、不敵に笑った気がして。
そしてそんな彼を初めて見た気がしなくて。

不思議な感覚に捕らわれながらも、遊戯は思ってもみなかったアテムの言葉に心が明るくなった。


「うん、行こう!ボク、ハンバーガー大好きなんだ!」


一転して笑顔を見せ、自分を追い抜き駆け出す少女にアテムは懐かしい視線を送る。

少し遠い過去の、大切な人。
会いたくてしかたがなかった、最愛の人。

でもその人はもう、いなくて。



「…………知ってるぜ」



そう呟いて、長く伸びた少女の影を踏んで歩いたのだった。





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