・運命の糸




「ユウギ、よく聞け」
「はい、セト様」
「お前はファラオと関わってはいけない」
「………セト様、でもボクは…」
「案ずるな。ファラオも国も…俺が守ってみせよう」
「……………」
「お前の役目は、お前自身のために生きることだ」
「セト様………」
「だから、決してファラオに近づいてはならない。わかったな?」
「………はい。わかりました。セト様…」








「…………ふぁ…」

うっすらと上げた瞼の隙間から見える視界が闇に沈んでいる。
なんの前触れもなく覚醒した遊戯はまどろみの中、ここがどこなのかわからないでいた。

近くで誰かの寝息がする。

さらっと流れる栗色の髪、端正な目鼻立ち、輪郭。
ああ、自分のよく知っている人だ。

「………セト様………」

そう口から飛び出した後、自分の声に驚いた。


「………え!?」

反射的に起き上がると、毛布がかけられていたことがわかる。
同じ毛布にくるまっている兄弟を見て、ここがどこなのか徐々に理解し、夢の中でないことを知った。

辺りは暗く、一体今が何時なのか呆然と座り込む。

「………遊戯、起きたのか」
「海馬君」

もしやさっきセト様なんて呼んでしまったことを聞かれてやしないかと遊戯はドキドキした。
低血圧気味な海馬も若干意識が薄いようだったが、まだ眠っている弟を毛布ごと抱きかかえるとベッドまで運ぶ。

その様子をぼんやり眺めながら遊戯は近くに転がっていた自分の携帯電話を開いた。
煌々と輝く液晶パネルが目に痛かったが、細めた目で8時の文字を確認すると驚いて立ち上がった。

「ボク、帰らなきゃ」
「そうか。今回も手間をかけたようですまなかったな。モクバがまた強引にお前を引き止めたんだろう」
「そんな……楽しかったよ。寝てしまったのはボクだし、それに…」

海馬君に会えてよかった、と続けようとしたができなかった。
以前なら何も気にせず言えたものだが、例の夢のせいですっかり意識してしまっているのだ。

「車で送らせる」
「うん…ありがとう」

部屋が暗いことに遊戯は助けられた。
目が覚め意識がはっきりしてからは頬が紅潮しているのを自覚していたからだ。

夢と現実の境界で起きがけに本人の顔など間近に見てしまったものだからたまらない。
ますます夢の人物と目の前のこの人を一緒にしてしまいそうで。



エンジンの音が響く車内の中、うつろう街の夜景を見送りながら
遊戯はさきほど見た海馬兄弟の寝顔がそっくりだったことを思い出し小さく笑った。








「ただいまぁー」


連絡もせずにこんなに遅くなってしまって、晩御飯の用意がどうとうか風呂の準備だとか小言の二、三は覚悟をして遊戯は玄関で大きめに声を出した。

「あれ…?」

母親の返事がないばかりか狭い玄関は靴だらけである。

「お客さん…?」

ここに来てやっと今朝母親がお客が来るので早く帰ってくるように言っていたことを思い出したのだ。
確か前の日、じーちゃんが何か言ってたような…


遊戯の祖父である武藤双六は大のゲームマニアかつ考古学マニアである。

暇を見つけては世界各地の遺跡を巡り、母親に言わせればガラクタ以外の何物でもないらしい古代の歴史的遺物と歴史ロマン増長気味なお土産話を遊戯にプレゼントしてくれる。
遊戯がアナログなものを好む傾向にあるのもこの祖父の影響が強い。

暗い廊下にリビングの明かりが漏れ、母や祖父以外の話し声が聞えてくる。

たしか…じーちゃんがエジプトに旅行した時に…お世話になった人の…息子?が…どうとか……


その時、ふいに心臓が大きく跳ねた。

ドクン、と一度だけ。


「何…?」


自分の鼓動には違いないのだけど、なぜ高鳴ったのかがわからない。
緊張しているわけでも恐怖を感じているわけでもないのに、なぜ。

微かに聞こえる知らない人たちの声がさっきから耳に届いている。


靴を脱いだものの足が一歩も前に進まない。
何か見えない力に足がすくんでしまっているかのようだ。

しかたない、と遊戯は大きく深呼吸をして、シャツの胸元からお守り代わりにいつも身に付けているペンダントを取り出した。
幼い頃祖父がくれたお土産の中にあったもので、ペンダントトップはウジャトの眼のフォルムになっている。

ウジャトの眼とは、エジプト神話に登場するホルス神の左目のことである。
太陽と天空の神であるホルスの目は、右目を太陽、左目を月を象徴していて、ヒエログリフ以外では縁起ものやシンボルとして用いられていることが多い。

祖父曰く、市場で手に入れたアンティークで、日本円にして500円ほどの安物であったが、
初めてそれを見たとき遊戯は不思議な既視感にとらわれた。
触れると温かいような気さえし、両手で包み込み目を閉じると心が安らかになる。

すっかり気に入ってしまって重要な決闘の試合前には必ず触れるようにしているし、チェーンも長めにしてバレないよう学校にもつけていっている大事なものだ。

言い知れない予感に押しつぶされそうで、遊戯はウジャトの眼を胸にあて、目を閉じた。


どうしたの?なぜこんなにドキドキするの…?


自問してもペンダントが答えてくれるわけではない。
もはや自分を落ち着ける儀式のようなものだった。


少しずつ呼吸が整い、足も前に出るようになる。

一度荷物を置いて、顔を出すのはそれからの方がいいかな?



階段の手すりに手を掛けたその時だった。

バタンと扉が開き、人が。
見たことのない人が――――――――――。



「相棒っ!」



そう聞えた気がした。
瞬間的に目に入ったのは自分と同じ歳くらいの青年で…
薄暗い中でも光る、紫の瞳。
前髪は金色で…、あれ、ボク…?

青年の容姿を全て観察することはできなかった。
なぜかというと青年は視界に現れたかと思ったら駆け足でこっちへ向かってきて、遊戯に飛びついたのだ。


「わーーっ」


ほぼ全体重を預けられて支えきれるはずもなく、遊戯は青年とともに硬い床に倒れこんだ。


「相棒…会いたかったぜ……!」


目を白黒させる遊戯は何が起こったのか全く理解できなかったが、青年は愛しそうに遊戯の胸に顔をうずめている。


「な…っ、何するの…!?」

状況はわからなくても自分が何をされているのかくらいはわかった。
生まれて16年、異性にこんな風に自分の胸を好きにさせたことなどない。
驚きで口をパクパクさせていると青年は起き上がって遊戯をマジマジと見た。


「………相棒?なんで女の格好なんかしてるんだ?」


もちろん生理学上女であるから学校の規則により女子生徒用の制服を支給されたわけだが、
怪訝そうに顔をしかめた青年は遊戯に馬乗りになったまま、悪びれもなく目の前のスカートをめくったのだ。


「!??!?!??」


あまりの出来事に遊戯の頭の中は混乱を極め、足をばたつかせてのしかかる人物をどかそうと暴れに暴れた。


「ちょっ、…相棒、落ち着け」

「ママーっ!!助けて!!じーちゃん!!」


何事かとリビングにいた一同が廊下に出てきた時だった。
遊戯が無茶苦茶に振り回していた通学鞄が青年のこめかみに直撃し、ノックアウトさせたのは――――――。






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