・青の呪文





放課後、いつも寄る図書館を今日はパスして遊戯はしかたなくトップスにある海馬邸へ向かった。
今まで何度か同じように届け物をしたことがあったが忙しい彼が在宅していたことなど一度もなく、今日も夢のことがあったとはいえいくらか気が楽だった。

トップスで海馬家が所有している建物は多くあるが、彼がプライベート用として愛弟である海馬モクバと暮らしている別邸は高層億ションが立ち並ぶ区域のさらに奥、少し前の時代の様相をそのままに残す大きな屋敷だった。

外観は古くても中は暮らしに不自由のないよう最新システムで埋めつくされていて、使用人なども最低限しかいない。
何度来ても門前で腰が引けてしまうが、一人でモジモジしていてもしかたないので呼び鈴を押した。

「あの………先生からプリントを預かってきたんですけど」

「…あ!遊戯ぃ!?遊戯だろ!上がっていけよ!!」

最初は使用人らしき人が対応してくれていたが途中から家の主の一人が割り込んだ。
元気いっぱいのその声はまだ小学生のモクバである。

「モクバ君。ひさしぶりだね。ボクの用事はすぐ終わるからお邪魔するほどでもないんだけど…」
「いーからいーから!また新しいゲームを考えたんだ!見ていってくれよ」
「え、ゲーム?」

海馬兄弟の仲は異常によく、なにかと兄にくっついているモクバとも自然に面識ができていた。
さらにお互いゲームという共通の趣味があることが発覚してからは兄がいなくても二人でよく話したりしていて、すっかり仲良しなのである。

「そうそう、昨日やっと試作品ができたんだ。説明は見てからだぜぃ!」

自動で門が開き、問答無用で招き入れられる。
長居したくないとは思いつつもゲームと聞いては好奇心が勝ってしまって、
「少しだけ…」と自分に言い訳しながらも屋敷の中へ入った。

パタパタと軽い足音が軽快に響き、遊戯を自室へひっぱっていく。
モクバの部屋の扉が閉まる寸前に遊戯はなんとか使用人の一人に用件であるプリント類を手渡すことができた。


「いろいろ古いデータを見てたらさー昔のゲームにも結構面白いのがあって…」

嬉しそうに説明するモクバをほほえましく思いながらも、遊戯はフムフムと真剣に耳を傾ける。

「やっぱさ、バーチャルだけじゃつまんないじゃん?俺ゲームって基本手で触ったり、動かしたりすることが大切だと思うんだよなー」
「うんうん。わかるなぁ。ボクもそう思う」
「へへ、遊戯ならそう言ってくれると思ったぜ」

遊戯の言葉に気をよくしたのか、モクバは実際に試作機を出してアレやコレや詳しく解説を始めた。
「カプセルモンスターっていって、今はもう廃れちゃったゲームなんだけどさ、ここのさ、フィールドに展開するところにバーチャルを使って、ルールもわかりやすいように変えればさ……」


今や「デュエルモンスターズ」といえば知らない人はいないほどの人気を誇っている最も有名なゲームだ。
何年か前にライディングデュエルという新しいスタイルが発表されてからは更に拍車がかかり、デュエリストの頂点とされるデュエルキングの下、いくつかあったプロリーグも統一され、もはやゲームの枠を飛び越え一大エンターテイナーとして人々に愛されていた。

男女関係なく幼い頃にはデュエルに夢中になり、憧れのデュエリストに近づくべくデッキ構築に奮闘したりするものだが、近年デュエルの複雑化、専門化により多くの人々は成長とともに観る側にまわり、デュエルをするのは特別な人間だけとなっていた。
幼い頃から才能を開花させる者はデュエルアカデミアというデュエルを専門に勉強する学校に通ったりもするが、その中でもプロでやっていける者は数人しかいない狭き門である。

なのでアカデミアなどにも行かず、ただの趣味としてデュエルをしている遊戯は少し珍しい存在だった。
クラスメイトに揶揄されていたのもそのことである。ようは子供っぽいということになのだ。

高校生にもなるとデュエルをする人は一気に減り、フルバーチャルのシューティングゲームや格闘ゲームなど自室で一人ででき、脳波の微妙な変化を感知して反映するシステムを使ったゲームが主流だ。
コントローラーを持ち、ボタンを押すことすらない。
もちろんネットワークも充実しているから、離れた場所の相手と対戦することもできるから飽きもこない。

が、遊戯もモクバも実際テーブルを挟んで駒を動かしたり、会話や駆け引き、相手の息遣いを感じながらするようなアナログなゲーム方式を好んでいた。
マイナー思考な二人が一番意気投合しているのはその部分だ。


「でもさそこのルール変えちゃうと、ココが矛盾してこない?」
「あー…そうだな。じゃその場合はコストを…」


少しだけなんて思っていたのもとっくに忘れてしまい、遊戯たちは運ばれたお菓子に目もくれず、紅茶も冷める中、
あーでもないこーでもないと議論に夢中になっていた。

いつしか日も暮れ、薄暗いモクバの部屋に夕陽が差し込む。

「…ここを……こうすると……ふぁ……」
「遊戯ぃ…眠いなら俺のベッドに………」

そう言うモクバも大きく欠伸をした。


「ちょっと、休憩……」
「そ、だな………」










「……………なんだ、これは」



めずらしく早めに仕事が終わった海馬瀬人は、帰ってくるなり使用人から客人がいると告げらた。
しかもなぜかその客は弟の部屋にいるという。
その時点で大方人物の特定はできていたが、部屋に行ってみると絨毯の上で弟と仲良く眠っているではないか。


散らばったゲームの駒や、何やら色々書き付けられてたメモが散乱し、ここで何が行われていたか予想はつく。
しかし年頃の娘が制服のまま他人の家で眠りこけるというのはどういうことなのか。

無意識に折りたたまれた足は重力の抵抗を受けず、捲くれ上がったスカートが普段なら見ることのできない白い太ももをあらわにしていて、海馬は呆れながらも、目に毒なその光景を隠すべく二人に毛布をかけた。

「う……ん………」

身じろぎすれど起きる気配はない。
すぅすぅと寝息を立てる様子はまだ小学生の自分の弟と大差ないくらい幼く見え、苦笑した。


つくづく不思議な奴だ――――。


初めて会ったのは中学の頃。
大規模なデュエルの大会だった。

決勝リーグに勝ち進んできただけでも相当の実力者だということはわかったが、実際にデュエルをしてみると、内気そうな印象からは想像もつかないほどの気迫で、臆することなく自分に立ち向かってきた。

そのくせデュエルスタイルは柔よく剛を制すといったもので、力押しが得意な自分のデッキとは心底相性が悪く、
1時間以上死力を尽くして闘い、本当に僅差で自分が勝利をおさめたものの、認めざるを得なかった。
目の前のこの小学生のような少女が自分を脅かす決闘者であること。

言い知れぬ畏怖が体を駆け抜け、勝者であるはずの自分にとってそれは屈辱以外の何物でもなかった。


そればかりか決闘の後、おずおずと歩み寄ってきた少女は握手を求めてきた。
まだ決闘の余韻に囚われていた自分は殺気立っていたにもかかわらず、
「楽しかった」などと言い、柔らかく笑ってみせたのだ。

その少女が同級の、しかも同じクラスだったと知ったのは後のことだった。
そのことは今だに文句を言われる。

「そりゃボク、クラスで目立ったりしてたわけじゃないけど…ひどいよ」

そう言って拗ねたように頬を膨らます様子は海馬の心の奥底にある征服欲を満足させるのだが、
遊戯本人は本気でがっかりしていた。

海馬にとって自分と関わりのない人間は同じクラスであろうが街中ですれ違う人間と同等なのだが
その大会以降、武藤遊戯という名前は海馬瀬人にとって特別なものとなる。


高校に上がってからろくに学校にも行ってなかった海馬は、ひさしぶりに見たライバルの寝顔をまじまじと見つめ、
あまりに心地よさそうな表情につい自分も眠気に襲われた。
二人にかけてやった毛布に自分ももぐりこむと、普段から浅い睡眠がたたってかすぐに眠りに落ちる。





しばらく時間がたち、静まりかえった部屋を心配して使用人が様子を見に来た時、
モクバを囲むように眠る三人がまるで家族のようにほほえましく、再びそっと扉を閉めたのだった。




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