・世界






生まれつき色素の薄い前髪を朝日に透かしながら、弾む息も構わず通学路を走っていた。
鞄の中で教科書やノートが上下し、左右にバランスをくずしながらも少女は一心不乱に校門をめざす。


ここはネオ童実野シティ。
デュエルモンスターズが世に生み出され、ごく一部の、限られた人々によって邪神ゾークの復活から守られた時代から数十年後の世界である。
科学技術は飛躍的に進歩し…、などと一言で済ますことができないほど人々の生活をより効率的かつ利便性のあるものにしていた。
新しいエネルギーの発見とともに、それを管理する治安維持局の設立。
町名の改変前、「童実野町はカイバ・コーポレーションの城下町」とまで言わしめた世界屈指の企業であるKCは、今やその資産、開発技術の利権をネオ童実野シティに提供、共有し、もはや一企業の枠を越え市民生活に欠かせない存在となっていた。
町の中心にそびえる高層ビルの下、人々の生活だけが時代を変えても息づいている。

また生活基準の向上に伴う弊害として所得格差による居住空間の住み分けなども実地され、階層社会となっていた。

人より少し変わった髪形の武藤遊戯が通う童実野高校は、シティの中流階層にある。
一般的にセレブだとか高額所得者と呼ばれる人々の住む区域をトップス、
シティで犯罪を犯した者や身分の低いとされる人々が住む海を挟んだ孤島をサテライト、(ただし最近サテライトとシティに大規模な橋が架かり、サテライトという概念そのものがなくなった)
そしてどちらにもあてはまらないごく普通の生活を営む人々が住むのが中流階層であった。

もちろんこの区域にも住宅地など比較的安全なところもあれば、出所した犯罪者(セキュリティと呼ばれる警察機関が管理するためのマーカーがある)たちが多く住む危険な地域もある、が、自分から進んで行かない限りは踏み入れることのない世界だった。



「はぁ、なんとか間に合った」

先生が教室に入る寸でですべりこみ、本鈴と同時に自分の席に着席することができて安堵の息を吐いた。
朝から全力疾走して眠気は飛んだものの、だらしなく机に突っ伏す。

HR後数人の同級生と挨拶を交わしながらも、「例の人」の席にその人がいるか確認した。

今日は、休みらしい。
途中から登校してくることもあったが、とにかく今はいないようだ。
一先ず胸を撫で下ろす。

あんな夢を見た後ではどんな顔をして会えばいいのかさっぱりわからない。
しどろもどろになって、うまくしゃべれずまたあの冷たい目で呆れられることは容易に想像できた。


半分国営化し細分化したとはいえKCはまだまだ企業として展開していて、代々その実権を握ってきた海馬一族の次期社長として海馬瀬人は普通の学生には到底及びつかないような日々をすごしているという。

最低限の出席日数を確保するために高級外車で学校に乗りつけたかと思えば、必要な試験をあっという間にこなしていく。学校行事に参加することなど皆無で、在籍してるのみと言っても過言ではない。
そもそもトップスに住む彼がなぜ一般の高校に通っているのかすら謎であった。


「おい、武藤」
「は、はい!?」
「また海馬のところに、プリントを届けてくれ」
「え……わ、わかりました……」


不意をつかれ声が裏返る。
こちらの事情などおかまいなしの先生の無情な一言が響いた。


先生もわざわざトップスに行くのははばかれるのは理解できたが、なぜ海馬への用事を遊戯が頼まれるのか。
その理由は至極単純で、遊戯と海馬は出身中学が同じだったからだ。
入学したての頃、教室でよく海馬と遊戯が話をしているのを先生も知っている。

だが背も高く顔も良く、成績優秀、おまけに将来KCの社長ともなれば憧れている女子も多く、
遊戯はそういった一部の女子から目をつけられていた。


皆がいない時に言ってくれればいいのに…


遊戯はがっくり肩を落としながらもプリントを受け取った。










「あら武藤さん、またそんな雑誌読んでるの?」


……ほら、言わんこっちゃない。


昼休み。
じーちゃんが買ってきてくれたデュエルマガジンを抜け目なく学校に持ってきていた遊戯の机の周り三方を
クラスの女子が取り囲んだ。



「うん………面白いよ。読む?」

「読むわけないじゃない。そんなの」


海馬絡みで絡まれることは少なくなく、できるだけ穏便にかわさなければいけないことを
何回か行われた女の決闘の末、すでに学習していた。
たとえ大好きなデュエルを貶されても、だ。


「あなたプロにでもなる気なの?」
「アハハ!こんな成績の悪い子がプロデュエリストなんて無理じゃん?」
「海馬君に取り入ろうとして必死なのよ」
「それって身の程知らずって感じー」


口答えはせず、ただ彼女らの気が済むまで愛想笑いでやりすごす。
そんな手段しか持ち合わせない自分が情けなくなるが、反抗して事態が好転したことは一度もない。

ぐっとこらえ、雑誌のページに指を立てそうになっていた時だった。


「やぁ遊戯クン、今日も元気にいじめられてるねぇ〜」


さりげなく通りかかり、遊戯に言うには少し大きめの声で助け舟を出す人。


「やだ、獏良くん。私たち、楽しくお話してただけだもの。ねえ?」
「そうよそうよ。そんな風に言うなんてひどぉい」


口々に何か言いながらとそそくさと彼女たちは去り、遊戯は緊張の糸がほぐれて、はぁ。と息を吐く。

目があった獏良了は笑顔で手を振っていた。
「助かったよ」そう感謝の意を込めて手を小さく振り返す。

獏良了はクラスで変わり者で通っていたが、美しい銀髪に端正な顔立ちは一目置かれていて、
彼に悪い印象を持たれて喜ぶ女子はいない。

彼とはあることを共有していてよく別の場所で話すのだが、遊戯の状況を良く知っていて教室では一定の距離を保ってくれているのだ。
そんな友人の気遣いに感謝しながらも、つくづく同性の友達ができない自分に落ち込んだ。

中学までは真崎杏子という幼なじみがいて、どんなに虐げられても励ましあい、常に心を強く持つことができていたがそんな彼女も夢に向かって高校進学という道を選択しなかった。
もちろんそんな彼女を応援したいと思っているし、いつまでも誰かに頼っているわけにはいかない。

高校に上がってからは海馬一人になったものの、中学の時は海馬よりさらに人気のあった城之内とも仲がよかったため、遊戯は絡まれるどころではなく本格的ないじめを受けていた。
城之内が目の届かないところで執拗で陰湿ないやがらせを受け、城之内が庇うとそれを受けてさらにひどい仕打ちを受けた。
その時期に比べたら、今くらいのレベルいじめとも言えないくらいぬるいものだ。
海馬もあまり学校にこないし、彼女らの攻撃も気まぐれにやってくるだけ。
高校生活は比較的平和であったが、遊戯はどうしても同性に対して警戒心を持ってしまうのであった。



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