・evIl angel







特待留学生だけが使う特別教室に机が一つ増えた。
二学期までの間だが年下のユベルは先輩四人からかわいがられていて、最近はもっぱら会話の中心だ。


「そっかぁ。学校ごとに課題は違うんだね」

今は留学先である童実野校以外の、自分の母校へ提出しなければならないレポートの話題。

「そうそう。俺のとこは比較的イージーだけど…ヨハンのとこは」
「言うなっ」

聞きたくないとばかりに耳をふさぐヨハンの机の上には課題に必要な本が何冊も積みあがっている。

「こっちの定期テストが2回あって…母校の課題が?歴史と文化と人権の違いについてそれぞれレポートか…
できないこともないんじゃない?」

「できるか!ひとつ8千字だぞ…!?こっちの勉強だって小テストや提出物があるし…
なにより俺は遊びたいんだっ!デュエルがしたいんだーっ!」

鼻息荒くヨハンは拳を振り上げて行き場のない不満を訴える。

「毎日やればできないことないよ」

「ほう、ユベルはヨハンとは出来が違うな」

「そんなに言うならお前手伝えよ」

「やだよーっ 僕だってレポートはあるし、短い間にたくさん遊んでおきたいんだもの」

「ちぇ、いいよいいよ。俺は絶対やり遂げてみせるからねっ」


泣きの入るヨハンが手の中の何かに小さくキスしたのをユベルは見逃さなかった。

「……何持ってるの?」

「ん?これ?プリズムっていうんだぜ。光を七色に分解して見せてくれる石。いいだろー」

ヨハンの笑顔なんて見慣れていたものだったが、頬に赤みが差し、はにかんだように笑うヨハンに
ユベルは今までとは違う何かを感じ取る。

「へぇ。初めて見るな。見せてよ」

「やだ」

ハッキリとしたヨハンの性格は知っているつもりだったが、ユベルはヨハンの言い方に少しカチンときた。
ムキになってしまうのはまだ彼らより年下だからなのか、負けん気の強いユベルは簡単には引き下がらない。

「ちょっとくらいいいじゃない。減るもんじゃないんだし」
「ヤなもんはヤなんだーっ」

ヨハンもよほど他人に触らせたくないのか、自慢したくせにそそくさとポケットにしまおうとする。
それに反応したユベルは阻止しようとヨハンに掴みかかった。

「ちょっ、バカ、危ないだろ!」

行儀悪く椅子を片側に傾けて座っていたヨハンは、ユベルの体重がかかると簡単にバランスをくずし、
周りが助ける間もなく二人は床に倒れこんだ。

「わっ」


ヨハンはとっさにユベルを守ろうとユベルを抱き込んで、ひっくり返ったものの自分の頭部も庇おうと背中を丸めたのでなんとか背中を打っただけで済んだ。
それでも二人分の体重だ。痛くないわけがない。

「大丈夫か、二人とも」

ヨハンが椅子から転げ落ちるのも別に珍しいことではないので、周りは至極冷静、呆れ顔だ。
最早手も貸してくれない。

「ヨハン…!大丈夫?」

衝撃が通り過ぎたユベルは慌てて起き上がり、ヨハンの顔を覗き込む。
ユベルの長い髪の先が頬をくすぐり、ヨハンは目を開けた。

「いってぇー…ユベル、ケガはないか」
「うん、ありがとう。君は…?」

俺も別段異常ない。とヨハンが返そうとした時だった。


「おーい、ヨハン!遊びにきたぜー!」


勢いよく教室の扉が開き、彼らのアイドル、遊城十代が元気よく入ってきたのだ。
学年行事の遠足以降(正しく言うと十代とヨハンがつきあい始めて以降)すっかり留学生たちと打ち解けた十代は
たまにこの特別教室にも顔を出すようになっていた。

今日はたまたま移動教室が近くだったので特に用事もないのに遊びに来たのだが、飛び込んできた映像は自分の恋人が別の男に押し倒されているという衝撃的な場面だった。

思わず息を飲んだ十代は顔面蒼白になり、動きが止まってしまう。

「十代!ヨハンなんかより俺と遊ぼうぜーっ」
「俺は新しいデッキを組んだ。俺とデュエルしろ、十代」
「…といっても休み時間はもう少ししかないよ?あとデュエルは校則違反だよ、オブライエン」

「あーっ、お前らっ十代から離れろっ!」

あっという間に留学生の他三名に囲まれる十代を見てヨハンは焦って起き上がり、十代とライバル達の間に割って入って、放心している十代にも気が付かずぎゃあぎゃあと言い合っていた。

体を起こしたユベルは遠くからその様子を呆れたように見ていたが、ふと自分の近くに転がっている小さな石に気付く。
みなの視線が自分に向いていないことを確認しながらそっと石を拾い、制服からホコリをはたくふりをしながらポケットにプリズムを放り込むとそ知らぬ顔でその輪の中に混じって談笑した。

やがてチャイムがなり、結局十代はヨハンとロクに会話することなく教室を後にする。




「あ、しまった。十代に言うの忘れた」

十代が去った後、ヨハンが一人ごちる。

「…どうしたの?」

「いや、あー。あ、そういやお前は屋上のこと知ってるんだったな」

本来なら誰にも言えないことだったが、運悪くこの後輩に秘密を知られてしまったことが今は功を奏した。

「十代にさ、今日の昼は屋上に行けないって伝えてくれないか?もちろん誰にも聞かれないようにな」

「………次は教室で授業だから、いいよ」

ヨハンの言葉にユベルはニコっと愛想良く快諾する。

「サンキュー。頼んだぜ」

ユベルの思惑など露ほどにも気付かないヨハンは、意気揚々と授業に取り組んだのであった。



そして、昼休み。



十代は空腹に何か栄養を入れろと叫ぶ腹の音に耐えながらヨハンが来るのを待っていた。

「なんだよー今日はおっせぇなヨハンの奴」

先に食べるか?いやもう来るかも…
さっきユベルと何をしていたのか聞こうか聞かまいか。
問い詰めるのも束縛してるっぽくてイヤだし。

目の前においたパンをさっきから穴があくほど見つめ、さっきからぐるぐると巡る思考回路。
その間にも貴重な昼休みは刻一刻と短くなっていく。

いや食べる、もー食べる!

と十代が耐え切れずパンに手をかけた時だった。
ガチャリと屋上の鉄扉が開く音がし、やっと来たかと十代が顔を上げるとそこに立っていたのはヨハンではなかった。

「やぁ十代」

「お、おう」

ヨハンにもう来るなと言われたはずのユベルがなぜここに来たのか、十代は戸惑って間抜けな声を出す。

「毎日ここにいるんだね」
「………まぁな。ここは俺が見つけた秘密の場所だから」

ユベルが何をしに来たのかはわからないが、ヨハンがやって来れば前のように殺伐とした空気が流れるかもしれないと、十代は内心ひやひやしていた。
ヨハンはああ言ったものの違反を黙ってもらってるのはこっちだし、あまり邪険にすることはできない。

「何しに来たんだ?昼はもう食ったのか」
「うん…………ここはよく陽があたるから、きれいに見えるかなって」

そう言ってユベルがズボンのポケットから取り出したものを見て、十代は目を見開いた。

「これさ、ヨハンに貰ったんだよね。いらないからって」

さらに続けられた言葉に、息が止まる。

「ヨハンが…?」

「あーーでも太陽の下じゃあんまり虹色にならないなぁー。範囲が広すぎるんだ」

十代の声をユベルは無視し、手の中のプリズムを覗きながら独り言のように喋った。


「つまんないの。こんな安い石」


そう言ってユベルは手を握りなおす。

「まっ………」

待て、と十代がユベルを止めようとしたが、間に合わなかった。


「いーらないっと」


ユベルの細い腕が円を描き、小さなプリズムは青い空に溶けて見えなくなった。







――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
next








































inserted by FC2 system