De-L-Ta
・Raid
on
mind
童実野高校の屋上は一般生徒の立ち入りは禁止されている。
「………はぁ、………んん…………ヨ……ハン………」
しかしその
屋上から見える風景はとても見晴らしがよかった。
「十代………も………そろそろイくぜ………」
なので古びた鍵の開け方を抜け目なくみつけた一部の生徒が、こっそり昼休みに忍び込み、そこで昼食を食べ、
デュエルをし、しまいにはイタしてしまったりしていてもなんら不思議はないのである。
「ヨハン……!…ん…あっ、…あっ、っ………」
「……くッ…………………」
仲良く律動していた二人の動きが止まる。
後ろから俺の腰を抱えていたヨハンは、射精が全部終わるまで堅く抱きしめていた。
最深部まで届くよう排出すると やがて一気に脱力する。
俺は抜き取られる瞬間の感覚にぶるっと震えた。
この感覚だけはいつまでも慣れそうにない。
壁に手をついていた俺は、手のひらについたアスファルトの汚れを制服のズボンで払った。
「十代、イかなかったんだな。ごめん。手でしようか?」
直視できないほどだらしない下半身とは裏腹に、本人は憎らしいほどすっきりした顔をし、目尻が下がっていた。
「……そろそろ予鈴鳴るし、いい」
「そう…?悪ぃ」
衣服を整えて散らばったままのカードを拾い上げ、ため息を一つついた。
デュエルの途中だったのに…
ヨハンに曰く、ムラムラくる、らしい。
俺も体を合わせるのは嫌いじゃないし、拒むほどじゃないんだけど、そればっかりってのもなぁ…
五月雨の季節に、俺たちは出会った。
その後怒涛のごとく想いが通じあって俺たちはつきあいはじめたんだけど、ヨハンは寮生なこともあって、付き合う前とさほど変わらない生活だ。
昼休みに会って、放課後は都合が合えば少しでかけたり、寮までの道を一緒に帰ったり。
そんなのもまだ数回しかしてないけど。
限られた時間だからこそ会っているときはヨハンは常に俺の体に触れたがったし、求められる感覚もくすぐったくて、悪くない。
けど…
「えーーーー!つきあったその日にエッチしちゃったの!?」
「もう!声が大きいわよ!」
廊下で話してる女子の会話がグサリと突き刺さった。
あの時は不安で、夢中で、俺が持ってるものは全部ヨハンに捧げたい一心だった。
後悔は、ない。
けど…
早まったのかな?
なんだか二人が一番に考えるものが違ってしまってるような気がする。
今日も結局会話半分であんなことになったため、授業が始まってしまった。
デュエルを途中で放棄するなんて、俺にはありえないことなのに。
放課後は一緒に帰る約束だし少し話してみようかと、俺は教室から見える青い空を見上げた。
いつものように下駄箱で待ち合わせた俺たちは生徒の雑踏の中、自転車置き場へ向かった。
隣の市から来ている俺は自転車通学だ。
ヨハンの寮は学校から1キロ以内にあって俺の通学コースからはちょっと回り道だったが、二人乗りをして送っていく日もあった。
「十代はさ、街中に電線が多いことをどう思う?」
「…え?電線?別にいいんじゃねーの」
「欧州のほとんどの国じゃ、地下に埋まってるんだけどな。もったいないと思うよ。景観いいのに。あ、それよりさ、
今日オブライエンがさ、先生に寿司が回るのがどうとかって質問してたんだぜーおっかしーだろ。寿司が回るわけないっつーの」
「いや、回ってるところもあるぜ」
「ええええ!?そうなのか!?」
初夏の夕暮れ、夕焼けにはまだ早い明るい空。
衣替えをして夏服になった。
放課後ともなるとボタンをはずして中のTシャツを見せびらかすように着崩して、すこし下げたズボンにスポーツバックを肩からかける。
アイスでも買い食いして帰りたいような、じとっとした暑さを感じる時間帯だった。
駐輪場へ向かう途中、ふいに一人の生徒に眼がいった。
なぜかって私服だったからだ。
白いシャツに、紺のベスト、グレーのスラックス。
シンプルだけど初夏の着こなしにしてはめずらしく、知らない先生に付き添われている。
外国人だ……
そう気がついた時、その生徒がこちらを見た。
偶然に驚くと同時にヨハンが口を開く。
「ユベル!」
発せられた恋人の声にさらに言葉を失った。
ヨハンの知り合いなのか?
「ヨハン!ひさしぶりだね」
ユベルと呼ばれた青年は付き添っていた先生に一言声をかけると、こちらへ向かって歩いてきた。
俺は一歩下がってヨハンに半身を隠しながら、まじまじと彼を観察する。
俺より少し背の高い、ほっそりとした体。
濃紺の細い髪がさらさらと揺れ、光の加減で夕闇の紫に変化していた。
尖った目尻が涼しげで、瞳は翡翠のような煌めき。
生暖かい風が俺たちの間を走りぬけると、青年は口端を上げ少し生意気そうに微笑んだ。
「お前も、まさか特待生で?」
「ああ、一つ空きがあったままだっただろ?アークティック校がゴネてもう一枠できたってわけ」
「でもお前中等部じゃないか」
「そうそう。だから留学じゃなくてショートステイなんだ。倍率高い試験受けたってのにさ、割にあわないよ」
「短期?」
「うん。だからいるのは夏休みが終わるまで」
「へー、まぁいいんじゃないか?日本にこれただけでもさ」
俺の頭上で全く理解できない言語が飛び交う中、しびれを切らした俺がヨハンのシャツをひっぱった。
「コイツ、誰だよ。ヨハンの知り合い?」
「あ、ゴメンゴメン。こいつはユベルっていってー俺の母校の後輩なんだ。二学期まで日本にいるらしい」
「へぇー、俺は遊城十代。よろしくな!」
できるかぎりの歓迎の笑顔で一歩進み出て俺は手を差し出す。
俺はヨハンをはじめ他の留学生と仲良くなったおかげで外国人と接することにもなんの抵抗もなくなっていた。
なにしろここに留学できるってことは日本語が通じるということ前提だし。
「…………遊城十代…。日本ランクトップだよね。よろしく。」
少し警戒を帯びた瞳で俺をまじまじと見た後、ゆっくりと手を握りニッコリと笑う。
まるで精巧な人形のように形のいい輪郭が柔らかくなり、まるで少女のように華やかだった。
「俺のこと知ってるのか?」
「もちろん。有名人だよ」
「デュエルはする?」
「ああ」
「やりぃ!じゃあ今度やろうぜ!」
「ぜひ手合わせ願いたいね」
初対面だってなんだってデュエルをするならもう友達。一度決闘すればお互いが理解できる。
国境も年齢も関係なし。
俺がカードゲームを愛する理由の一つだ。こういう時実感できる。
「お前今から寮?」
「ああ。もう先生に挨拶は済んだしね」
「んじゃ俺と帰ろうぜ。近道とか色々教えてやるよ」
ヨハンの言葉に俺は驚いた。おいおい、俺と帰る約束は?
「え…いいのかい。十代と帰る約束なんじゃ」
ほら、初対面の人に気を使われてるじゃないか。
「十代はチャリだから、3人だと乗って帰れないだろ?」
「…チャリって?」
「自転車って意味ースラングだぜスラング」
「へぇ」
得意気に先輩風を吹かせるのはかまわないが、俺は一方的に決められてムッとした。
「じゃ、俺は帰るわ」
ほんとは自転車押して3人で帰ったっていいのに。
俺に気を使ったのか?
いや、たぶん何も考えてねーんだ。ヨハンのバカバカ。
少し素っ気無くしてみたけどこの鈍感男が俺の気持ちなんか気付くわけがない。
「ああ。また明日な!」
ほらみろ。満面の笑顔が憎たらしいぜ。
ユベルは少し俺を気にしてすまなさそうに手を振っていた。
俺は彼が気にしないでいいようサワヤカな笑顔を残すと自転車にまたがって力いっぱいペダルをこいこぎ出す。
ユベルがいるからいつもするサヨナラのキスだって出来やしない。
それより俺、ヨハンと話をするつもりだったのに…
まぁ話はいつだってできる。いつだって。
屋上に行けばさ。
俺は並んで歩く二人の背中の残像を振り払いながら、汗が流れるのもかまわず夕闇の中を走った。
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