●一番好きな色をあげたい。
(海賊ヨハン) written by
月成美柑
「ターゲットだ!」 広い海原を見つめ、ヨハンは呟いた。 水平線の彼方にはまだ、何も見えない。 だが、ヨハンは確信していた。この海の向こうから、すごいお宝がやってくる。 未だかつて彼の勘が外れたことはない。それが、このまだ年若い青年を海賊の長たらしめている所以でもある。 ほどなく、彼の言葉を裏付けるかのように、一隻の船が現れた。 「行くぞ!」 ヨハンの声とともに、海賊たちは、次々と標的となった船に飛び移る。うろたえ騒ぐ人々をかき分け、ヨハンたちは船倉へ向かった。 無益な殺生はしない、狙うのは積荷だけ、水や食料には手をつけない、それがヨハンたちの矜持だった。
今回は大した抵抗もなく、あっけないほど簡単に襲撃は終った。まずまずの収獲といえるが、思ったほどではない。 勘が狂ったかな、とヨハンが思っていた時。 船室から一人の少女が現れた。深紅のドレスを着たその少女に、ヨハンの目は釘付けになった。 (見つけた・・・) 思わず心の中で呟く。この船で、いやこの世で最も美しく価値の高いもの。それはまさしくこの少女に他ならなかった。 少女は、ヨハンの方を見ようとはせず、デッキの端に駆け寄った、そして。 あっと思う間もなく、少女は海に身を投げた。 「なっ・・」 考えるより先に体が動き、ヨハンもまた、海へと飛び込んだ。このあたりの海域はヨハンにとっては庭のようなものだ。潮目などはすべて体が覚えている。 ヨハンはすぐに少女に追いついた。落下の衝撃で気を失っている少女の腰をしっかりと抱え浮上する。 「お頭、早く!」 降りてきたロープにつかまり、少女を抱えたまま甲板に上がる。さすがに息があがった。 「その娘は?」 「さっきの船の衣装箱を俺の部屋に運んでおけ」 そう言うとヨハンは少女を抱えたまま、船室へと向かった。
部屋に入るとヨハンは少女を長椅子に座らせ、軽く揺すった。すぐに気を失ったのがかえって幸いし、ほとんど水は飲んでいないようだ。
「う・・ん・・」 少女は軽い呻き声を上げるとうっすらと瞳を開いた。琥珀色の瞳がヨハンを見つめる。胸がざわめいた。 「気がついたか?」 「なぜ助けた」 「え?」 「私を助けたところでメリットなぞないぞ。人質にとっても、父は金など払わないから、さっさと捨ててきたほうがいい」 少女は投げやりに言った。 「そんなつもりはない!」 ヨハンは思わず叫んでいた。何故この美しい少女が自ら海に身を投げることになったのか、その理由が知りたかった。 少女は驚いたようにヨハンを見た。琥珀の瞳に、真剣な表情のヨハンが写っている。 「俺は、ヨハン、東海のヨハンだ。お前は?」 「十代・・・」 「じゅうだい、珍しい名だな」 少女は、うっすらと微笑んだ。その表情にヨハンは魅せられる。 「母がつけてくれた。母の国の名だ。」 「どこの国だ?」 「日本。世界の東の果てにあるという、美しい島だ。母はその国で攫われて奴隷に売られた。 父は母の美貌に目をつけて妾にし、私が生まれた。母は私が10のときに病で死んだ。最後まで、国に帰りたがっていた。」 「東の果ての島、ジパングか」 「そうだな、このあたりではそう呼ぶらしい」
話には聞いたことのある、東洋の美しい島。黄金の島、と呼ばれている。この少女、十代は、その国に所縁があるのか。 「なぜ、海に身を投げたりした?」 十代は唇を噛んだ。 「母が亡くなって、私は父に引き取られた。だが、妻の手前もあり、私は厄介者だった。それで私は嫁に出されることになった。小金を持っている領主の後妻だ」 ヨハンの胸がずきりと痛んだ。十代を誰にも渡したくない、自分のものにしてしまいたい、強くそう思った。 「お前は、その男が好きなのか」 思わず声が尖る。 「まさか」 十代はふっと笑った。 「父より年上で、妾が6人いる。たまたまうちの屋敷に所用があって訪ねてきたときに私を見かけて、父にその話を持ちかけたらしい。 父にとっては好都合だ、すぐに話しがまとまり、豊富な支度金と引き換えにそこへ向かう途中だった。 海賊の襲撃で見張りが逃げ出したので、やっと外に出られたが、私には行き場所などないと気づいた、それで・・・」 「ここにいろ!」 十代はヨハンを見上げた。不思議そうな表情だが、不愉快そうではない。 「ここにいて、俺の妻になれ」 十代はくすっと笑った。 「酔狂な、私が欲しければ、抱けばよかろう。飽きれば海に捨てるなり、どこかへ売り飛ばすなり、好きにすればいい」 「そんなことはしない!」 ヨハンの口調の激しさに、驚いたように十代はヨハンを見上げた。
ヨハンは十代の顔を両手で包み、そっと唇を重ねる。 十代は一瞬目を見開いたが、瞳を閉じてヨハンの口付けを受け入れた。 唇を離すと十代は潤んだ瞳でヨハンを見つめていた。本能的に押し倒したくなってしまうが、ヨハンはその衝動に耐え、立ち上がった。 十代が欲しい、どうしても欲しい。だが、体だけが欲しいわけではない。それをなんとかしてわかって欲しかった。 ヨハンは、引き出しから何かを取り出すと、そっと十代の掌に乗せた。
「開けてみろ」 十代が掌を開くと、そこには今まで見たことのないほど見事な青玉があった。 「こ、れ?」 「俺が今まで見つけた中で、一番、価値のある宝玉だ。青は俺の一番好きな色だ。それをお前にやる」 「な、なんで」 十代が目を丸くする。その口調が柔らかくなったことに、ヨハンはほっとした。 「それ以上の宝を見つけたからさ」 「それ以上って?」 「鈍い奴だな、お前は」 ヨハンはそう言うと十代を抱きしめた。恐る恐る、という感じで十代の両腕がヨハンの背に回される。 「十代、俺が見つけた最高の宝はお前だ。俺はお前が欲しい、心も体も、すべてが。今まで見つけたすべての財宝を引き換えにしてでも」 「ヨハン」 十代の瞳から、涙が一筋こぼれた。それは十代にとって生まれて初めての喜びの涙だった。 「十代、俺の妻になれ。一緒に世界中の海を旅しよう。そしていつかお前の母の国にも行こう」 十代はこくりと頷いた。ヨハンの腕に力がこもる。 「ただし、絶対に一生離さないから、覚悟をしておけ、いいな、十代」 十代はにっこり笑った。その笑顔はヨハンが今まで見てきたどんな宝よりも美しく、価値のあるものだった。
一番好きな色をあげたい。
この世で一番大切な、お前に・・・。
END
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