十代の第一声はとんでもないものだった。 「何が不満なんだよ。」 「うるさい。へたくそ。」 十代はヨハンに背を向けると、寝る体勢に入ってしまう。取り付く島もなかった。 「ああそうですか。下手で悪かったですね!」 十代が正気に戻るまでの間に処理は済んでいるから、不貞寝しても問題ない。
「ヨハン。明日の会議の資料どうなってる?」 「できてるよ。後で目を通しておいてくれ。」 「わかった。」 至って普通の会話だが、そこに漂うのは冷たい空気。いつもの温もりはない。
「だってお前、十代と長いだろ?」 ヨハンが相談相手に選んだのは、万丈目だった。万丈目は十代の幼馴染で、本人曰く腐れ縁だ。 「まったく…。一体何があった。」 やっぱり万丈目はいいやつだ。そう思いながらヨハンは事情を説明した。 「なぁ。十代が今まで付き合ってきたのってどんなヤツだった?そんなに上手いヤツだったのか?」 「知るか!」 「なんでお前まで怒ってるんだよ。」 「何が悲しくて同僚の下事情を聞かされなければいけないんだ!」 「聞いてくれたのは万丈目だろ?」 「事細かに話す必要がどこにある。」 「だってさ…。」 もしかしたら、十代が好きな体位とか感じる場所とか、そんな話をしたことがあるかと思ったのだ。 「お前の話はただのノロケだ。」 「どこがだよ。十代の機嫌がよくないことはお前だって分かってるだろ?」 「話し合え。それで解決だ。」 「ちょっと待てって!」 引き止めるヨハンを振り払い、万丈目は行ってしまった。 「話し合え…か。」 十代が話し合いに応じてくれるか分からない。だが、そうする以外ヨハンに道は無かった。
「探し物か何かですか?」 「いや、聞きたいことがあってね。」 わざわざ人目のない所で話さなければならない事など、十代には検討もつかない。 「何でしょう。」 「うん。ヨハン君と何があったのかと思ってね。」 「べつに…何も無いです。」 「そうかい?力になれるんじゃないかと思ったんだけど、迷惑だったかな?」 十代とヨハンの関係は社内でも半ば公認である(らしい)が、十代たちの口からはっきりと伝えたのは極少数で、彼はその内の一人だった。 「その、よ…るの事なんですけど。」 「よる?ああ、夜ね。うん。仲がいいのはいい事だね。趣味の相違か何かかな?ヨハン君が変態的なプレイでもしてきた?」 「ち、ちがいます。そうじゃなくて…。」 あっさりと乗ってきた事にドギマギしながら、十代は慎重に言葉を選ぶ。 「ヨハンが…じゃなくて、えっと、ヨハンと、その、してると、頭ん中がぐちゃぐちゃになって、何も考えられなくなって、 「おやおや。十代くんは、もっと落ち着いてしたいと?」 「…はい。」 「そうできないのは、ヨハン君が下手だからと思うのかい?」 「下手だから…じゃないんですか?だって、あんなに苦しいのに。」 十代の辿り着いた答えとは違う答えを、吹雪は持っているのだろうか。 「十代君はヨハン君以外と経験した事あるかい?」 「いえ、ない…です。」 恋愛に興味のなかった十代は、ヨハンが初恋の相手で始めての相手だった。 「僕としてみるかい?」 「……。…はい?」 「僕をヨハン君の代わりにしてみないかい?自分で言うのもなんだけど、上手いよ? 「あの、それになんの意味が。」 吹雪が近づいて来たから条件反射のように後ずさるが、すぐに机にぶつかり距離を縮められた。 「大丈夫。ちょっと気持ちよくなるだけだから。」 下半身を優しく撫でられ、十代は身体を硬直させた。 「大丈夫力を抜いて。」 十代の背に回された手はゆっくりと宥めるように背中を撫で、もう片方の手は的確に快楽を引きずり出していく。 「そう。リラックスして。」 「…ん…っ。」 気持ちがいい。 「十代君。目を閉じて。」 「目…を?」 「そう。いい子だね。その状態で、今、十代君に触っているのはヨハン君だと思ってごらん。」 「なん…で?」 「いいから。ほら。君に触れているのは彼だ。君のここに触れているのも、全身をまさぐっているのも彼。」 「俺に…触れてるのはヨハン…。」 触れられているのを感じながら、それをヨハンと思い込む。 「ひぁっ…ぁあっ…なん…で…ぇ。あぁっ。」 霞がかかったように意識が散漫としてくる。 「答えは見つかりそうかな?」 「あ…の…。」 「あぁ。でも、このままじゃあ辛いよね。ちゃんとして上げるね。」 問い返す間もなく十代は机に押し倒された。 「遠慮しなくていいんだよ?」 「そうじゃ…ないです。」 「ヨハン君以外には触れられたくない。かな?」 「…はい。ヨハンじゃないと…ダメです。ヨハンじゃないと、ヨハン以外じゃ、俺は…。」 ヨハンが十代にもたらしていたのは、過度な快楽だった。 「こんな事させてすみませんでした。」 「気にしなくていいよ。いいものが見られたしね。」 「いいもの?」 「うん。ヨハン君を思いながら感じていた君は、とても色っぽかったよ。ちょっと本気になりそうになっちゃった。あはは。僕もまだまだだね。」 快活に笑う吹雪を見て、十代も笑った。 「十代。いる……か…。」 入ってきたのはヨハンだった。 「どういうことですか。俺と十代が付き合っているのは知っていますよね。」 聞いた事がないくらい冷たい声を出したヨハンは、ゆっくりと扉を閉めると室内に入ってくる。 「安心していいよ。服の上から触っただけだから。」 「これから触るところだったと?」 「まさか。もう終わるところだったさ。人払いしておくから、資料を汚さない事と掃除する事を条件に好きにしていいよ。じゃあ、ごゆっくり。」 堂々と立ち去る吹雪を、目だけで見送ったヨハンは、扉が閉まったのを確認すると鍵をかけに扉へ向かう。 「ん…。」 全てを奪うような口付けに、十代の身体に熱が回る。 「吹雪さんは上手だった?吹雪さんは十代の望むように触ってくれた?十代のをこんな風にできるぐらい良かった?」 ゆっくりと扱かれて十代は吐息を漏らす。 「あの人の前でこんな風に乱れたのか?どこまで触らせた?十代のいいところも触れさせたのか?」 「ひぁああっ。やっ、よはっ。」 「俺にはもう触られたくない?俺とはもう寝たくない?俺と…別れたい?」 愛撫が止んだ事にほっとしつつヨハンを伺えば、痛そうな顔をしていた。 「…っ。ぅ…ん…ん……。」 ゆっくりと舌を差し込まれ、伺うように絡み付いてきたそれに舌を絡ませると、優しく吸われた。 「怖いんだ。」 「怖い?」 「ヨハンとしてると、意識が朦朧としてきて、何をしてるか分からなくなって、ヨハンだって分からなくなって、苦しくて。」 「ずっと痛いのを我慢させてた?気持ちいい振りをしてくれていた?」 「ううん。気持ちよすぎて、苦しかったんだ。さっき分かった。でも、何が何だか分からなくなるのはやっぱり怖い。」 「十代。」 ヨハンの纏う雰囲気は柔らかくなっていた。 「俺が抱きしめていてもダメ?十代がどんな風になろうと、俺が十代を受け止める。」 「でも。」 「俺は十代に乱れて欲しい。めちゃくちゃに感じて乱れて欲しい。俺を感じてで気持ちよくなって欲しい。」 ヨハンは十代の同意を待たずに愛撫を開始した。 「ヨハン?俺はもう平気…」 「後ろからじゃなければ怖くないんじゃないかな。十代の身体のこと考えてバックでしてたけど、こうすれば。ほら、俺にしがみ付いて。」 十代はヨハンを見上げた。 「ん…く…っ…ぁ。」 いつもと違って苦しい。でも怖くはなかった。 「俺、こっちの方が好きかも。十代の顔見ながらするのって、すっごく気持ち良いや。」 「俺…も。これなら怖くない。」 「じゃあしばらくは、ずっとこうして向かい合ってしような。」 「しばらくは?」 「うん。バックはバックで気持ちいいから、たまにはさせて欲しい。」 「う、うん。」 エロい声で懇願されたら断る事などできない。
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