●静かにきいて。
海賊ネタ一番好きな色をあげたい。の続きです ヨハン女装ネタ(にょた十男装) written by 月成美柑
「おーい、十代。そこ終ったら、メシにしようぜー!」 「わかったー、すぐ行く!」 デッキの掃除をしていた十代は仲間の呼び声に応えた。
十代がヨハンの船に助けられてから、ひと月近くが過ぎた。 最初のころは客人として扱われていた十代だったが、数日で十代のほうが退屈してしまい、仕事の分担を申し出た。 お姫様育ちの十代に務まるのかと周囲は不安を募らせたが、意外にも十代はすぐに仕事を覚え、今はもうすっかりこの船の一員である。
ドレスでは動きにくいので、十代は普段男の格好をしている。 ほっそりしている十代は男の服を着ると、水夫見習いの少年にしか見えなかった。
十代が女に戻るのは、一日の仕事を終え、ヨハンとともに過ごす夜のひと時だけだ。 ドレスを纏い化粧を施し、妻としてヨハンを待つ。 それは十代が初めて手に入れた女としての幸せだった。 ヨハンに抱かれるとき、十代は最大限に女の悦びを感じる。 愛する喜び、愛される喜び、それは、生涯手に入れることなど出来ないものだと思っていた。
母が死んで、父の屋敷に引き取られてから、周囲の冷たい視線に耐えながら生きてきた。 隣国の領主に会った時、嘗め回すように十代を見つめる好色そうな視線に全身が嫌悪のため泡立った。 そして、その直後に、その男の元へ嫁ぐように父に言い渡されたときの絶望感は忘れられない。
父は私を売った、愛した女の産んだ実の娘を小金と引きかえに厄介払いしようとした。 自分は実の父にさえ愛されていないのだと知ったとき、もう生きてなどいたくない、と思った。 何よりあの男に触れられるくらいなら死んだほうがましだとも。
それゆえ、十代は海賊の襲撃に乗じて海に身を投げた。 意識を失う直前、十代は天使を見た。それはエメラルドのような瞳を持つ、まだ年若く美しい青年だった。
ああ、天使が迎えにきたんだ。 こんなきれいな天使に導かれるのなら幸せだ、悔いはない。 そう思いながら、十代は意識を手放した。
意識を取り戻して、天使だと思っていた青年が海賊の首領だと知り、十代は絶望した。 助かったことが父に知れたら、またあの男のもとへ行かされる。 それなら、海に捨ててくれたほうがずっとマシだ、と思い、彼にそう告げた。
だが、彼の返答は意外なものだった。 彼は「妻になれ」と言ってきたのだ。慰みものにするための女ではなく、生涯の伴侶として十代を求め、その証に素晴らしい青玉をくれた。 そして、十代にはそれ以上の価値があるのだと言ってくれた。 十代にとって、初めての、そして生涯で唯一の恋の相手、それが、ヨハン・アンデルセンだった。
「敵の襲撃だー!」
突然の声に十代の回想は途切れた。一気に緊張が高まる。 周囲を威嚇するような蛇の旗印。最近、このあたりを荒らしまわっている海賊の一団だ。 ヨハンたちとは違い、狙った船は何も盗るものがなくなるまで奪いつくし、女は陵辱し連れ帰って売り飛ばす、男は皆殺しという、非道な集団だ。
ヨハンの場合、抵抗さえしなければ相手に危害を加えることはなく、一度などはこの集団に狙いをつけられた船を救ったことさえある。 だが、そのことでヨハンは恨まれていると聞いた。 自分もヨハンの船の一員として、この船と仲間たちを、それに何より、船長であり、夫でもあるヨハンを守らなければ、たとえこの命に代えても。 十代は強くそう思い、ヨハンのもとへ急いだ。
何人もの敵に囲まれながらも、ヨハンは少しも怯むことなく対峙している。 鮮やかな剣さばきはこんな時だというのに思わず見惚れてしまうほど華麗で美しかった。
「十代、下がっていろ!」
ヨハンが叫ぶ。 その一瞬の隙をつき敵のひとりが切り込んできた。 ヨハンが危ない!十代は無我夢中でデッキブラシで敵の脚を払った。
「この餓鬼!」
血走った目で相手が十代を睨む。 身の危険を感じ十代が後ろに下がろうとした時、
「デンマークだ!デンマーク海軍だぞ!」
誰かの声がした。
「チッ!ずらかるぞ!」
敵が一斉に引いていく。 自分たちも危ないが、とりあえず目の前の危険は去った。そう思い、ほっとしてヨハンのもとへ駆け寄ろうとした時だった。
いきなり、何者かに腕を掴まれた。 振り向くと、ヨハンの倍はありそうな体格の男だった。瞳には残忍そうな光が宿っている。どうやら敵の首領らしい。
「十代!」
ヨハンの顔は青ざめていた。その様子を見て相手はニヤリと笑う。
「この餓鬼は預かった。返してほしくば、お前がひとりで来い。いいな」
言うがはやいか、敵の首領は十代を抱えて、自分の船に飛び乗った。
「十代、十代、十代!」
ヨハンの声に応えたくなる気持ちを十代は必死で堪えた。 いかにヨハンが強いといえど、一人で乗り込んできたりしたらなぶり殺しだ。かといって、皆で攻めこめばヨハン側にもかなりの犠牲が出るに違いない。 何よりも仲間を大切にするヨハンのことだ、そんなことは耐えられないだろう。
自分はあの時死ぬはずだった、命など惜しくはない。 たまたま拾った娘のことなど、これきり忘れてくれればいい。 次第に遠ざかるヨハンの船を見ながら、十代はそう思っていた。
「ここに入っていろ!」
十代が押し込められたのは狭くて暗い部屋だった。じめじめしていやなにおいがする。十代は思わず顔をしかめた。
「ふん、女ならともかく、人質がこんな坊主とは、つまらん・・」
見張り役の男はぶつぶつ言っている。女だとばれたらただではすまないだろう、十代は男の姿のときに襲撃に遭ったことにほっとしていた。まさに不幸中の幸いだ。 もし、女だとばれてこの身を穢されそうになったら、そのときは今度こそ海に身を投げよう、十代はそう決心していた。
いつの間にか、うとうとしてしまったらしい。
十代はにわかに辺りが騒がしくなったのを感じて目を開いた。 見張りの姿はない、十代がドアの傍に寄りノブを回すと、あっけないほど簡単に扉が開いた。 間抜けなことに男は鍵をかけずに出ていったようだ。よほどの事件でもあったのだろうか、もしかして、ヨハンが・・・。 だが、それにしては緊張感がなさ過ぎる。
十代は部屋を抜け出し、音のする方角へ向かった。 そっと広間を覗いた十代は仰天した。場の中心、例の首領のそばに、美しく着飾った女がいる。 彼女はうっとりするような美貌の持ち主、なのだが。似ている、似すぎている。まさか、そんな・・・。 ヨハン?!
「あ、この餓鬼、いつの間に」
さっきの見張りの男が振り向いて叫んだ、まずい。
「あら、かわいい坊やだこと。そこのあなた、意地悪しないで入れておあげなさいな」
彼女がにっこり笑うと男はだらしなく笑った。首領が頷いたのを見て、男は十代を招き入れた。 座はかなり乱れている。どうやら皆かなり酔っているらしく、足元がおぼつかない者も多い。 首領も同様だが、好色そうなまなざしで、ヨハン、によく似た女性を見ているのが十代には不快だった。
「こっちへいらっしゃい。皆さんと楽しく飲んでいるところよ。でもあなたはダメ、まだ早いわ」
女性に声をかけられ、十代はどぎまぎしながら彼女の横に座った。 すごい美人だが見れば見るほどヨハンにそっくりだ。いや、どうみてもヨハンだ。どうしてみんな気付かないんだろう。
「そんな餓鬼より、俺の相手をしろ」
首領が彼女の肩を引き寄せる。
(何するんだ、私のヨハンに)
十代は首領を睨みつけた。
「そろそろ、部屋に・・・」
うふふふ・・・、と彼女は妖艶に笑った。
「せっかちなひとね。でも、それは無理よ」
言うなり彼女は首領を突き飛ばし、十代を抱き寄せた。
「十代は返してもらうぜ!」 「何、お前はまさか?!」 「あいにく俺は男の伽をする趣味はないんでね」
ヨハンはそう言うと十代に向き直った。
「大丈夫だったか?」
ヨハンに頷き返す。 今すぐにでも縋りつきたい、でも、これだけの人数相手に一体どうするつもりだ。十代の胸に不安が募った。
その時、 「お頭!十代!無事か?!」
ドアが音を立てて開き、仲間たちが駆け込んできた。
「おう!こんなところに長居は無用だ、帰るぞ!」 「か、帰るぞって」
こんな大胆なことをして無事で済むはずがない。きっと大変な犠牲が、いや・・・。 皆飛びかかろうとしているのだが、誰ひとりとして立ち上がれない。 よほど酔っているのだろうか、否、それだけではなさそうだ。
「旨かっただろう、俺の持ってきた酒は。何せ特性の痺れ薬入りだ」 「な、この・・・。お前も飲んだはずなのに、どうして?」 「あらかじめ解毒剤を飲んでおいたのさ、うちには優秀な医者もいるんでね。」
ヨハンは高らかに笑い、悠々と船室を後にした。
ヨハンは船に戻るとすぐに出航した。敵の船が遠ざかる。 まだ皆薬が効いているのだろう、追いかけてこないことを確認すると十代はようやく胸を撫で下ろし、ヨハンに寄り添った。 しっかりと肩を抱かれると安堵の涙がこぼれた。
「どうした?怖かったか、俺のミスだ。心配で気が狂いそうだった」 「ううん。私はあの時死んでいたはずだし、怖くはなかった。でも、もし女ってことがばれて身を穢されるようなことがあったらどうしよう、って思って・・・。」 「十代・・・」 「私はヨハン以外の男に触れられるなんて耐えられない。 だから、もしそんなことになったらその前に今度こそ、海に飛び込んで死のうって」
「十代!」
ヨハンは、十代の両肩を掴むと真剣な表情で彼女を見つめた。
「頼むからそんなことを言わないでくれ。」 「ヨハン・・・?」 「十代、静かに、俺の話を聞いてくれ。俺にとってお前はかけがえのない宝だ、どんな財宝にも替えられない。 他のすべてを失ったとしても、お前だけは失いたくない、だから・・・」
ヨハンは十代を強く抱きしめた。
「もう二度と死ぬなんて言うな。汚れたのなら磨いてやる、壊れたのなら直してやる、傷ついたのなら癒してやる。 だから、何があっても生きて俺のもとに戻ってこい」 「ヨハン、ヨハン、ヨハン・・・」
十代はヨハンの胸に顔を埋め泣きじゃくった。生まれて初めて本当に自分の居場所を見つけた気がした。 ヨハンはそんな彼女をいつまでも優しく抱きしめていた。
「そういえば、あいつら薬の効果が切れたら追ってくるんじゃ。今回のことでまた恨みかっただろ。すごくしつこそうだったし・・・」
不安そうに言った十代に、ヨハンは笑いかけた。
「心配するな、大丈夫だから」 「だって・・・」
もし、また狙われてヨハンが危ない目に遭ったら、そう考えるだけで心配でたまらなくなってくる。
「あそこの海域には、もうすぐデンマーク海軍が警備に来るのさ。しばらくは薬が効いていて船を出せないから、きっと一網打尽だぜ」
十代は目を見開いた。 そこまで計算していたのか、自分のところからは一人の犠牲も出さず、敵を葬り去る戦法。 この若さで海賊の首領たるヨハンの力量を見せ付けられた気がした。
「ヨハンってすごいな。それに・・・」 「ん?」 「すごい美人だ、びっくりした」 「ああ、すっかり忘れてた。しかし、我ながらよく化けたと思うぜ」
あははは、とヨハンは快活に笑った。
「でも、中身はちゃんと男だぜ。今から証明してやる」 「証明って、わっ!」
ヨハンは十代を抱き上げた。 どんな姿をしていようとヨハンは男で十代は女、愛し合う夫と妻だ。 十代はヨハンの首に腕を回し、その唇にそっと口付けた。
静かにきいて
この世で一番かけがえのないもの、それは十代、お前だ。 だから、どんなことがあっても決して離さない・・・。
END
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