・音のない部屋








「………あ…っ、ああ……っ」

薄暗い部屋にぴちゃ、ぴちゃ、と水音が響いている。
暗がりに浮き上がる遊戯の白い太腿が持ち上げられ、その付け根の潤んだ秘部を外気にさらしていた。

樹皮から染み出す甘い蜜を吸うようにアテムは一心不乱に舌を動かし続け、遊戯の愛液を味わう。
独特な匂いが鼻腔をくすぐると、それに反応する本能が唾液を分泌し、遊戯のものと混ざり合う。
とめどなく流れる様は自分の愛撫を悦んでいる証であり、益々愛しさが込み上げた。

半覚醒状態のままの彼女は抵抗もせずアテムにされるがままに身体を明け渡しており、陰唇を捲り上げ、遠慮がちに勃起した小さなクリトリスを親指の腹で押しつぶせばさらに腰が跳ね、遊戯はいい声で鳴いた。
何か別の感覚に支配されているかのように愛撫にも敏感に反応を見せ、とてもではないが初めてだとは思えない。
アテムはいくつかの疑念を抱いていたが、とにかく今は遊戯を達かせることに集中していた。

「んはぁ…っああっ……ああぁっ」

遊戯の声は一層大きくなり、過敏な身体を押さえつけておくのも困難になりつつある。
乱れる遊戯の痴態を目で犯しながらもアテムは舌をぐいぐいと中に押し込むと、出し入れを繰り返した。
舌先で感じる膣内の襞は細かく吸い付くようで、ここに挿入できたのなら一体どれほどの快感が待っているのだろうかとアテムの切ない野望に火をつける。

「はぅ……っああっ、あ……っ!!」

やがて遊戯が全身を引き攣らせ、絶頂をむかえたことを告げた。
それでもアテムは溢れた液を一滴も漏らすまいと拭うように舐め続ける。

「ん……あ……あれ……?ボク…………」

一気に脱力した遊戯は次第に意識を取り戻し始める。

見慣れない天上に、無機質な部屋の感じ。
さっきまで抜けるような青空を見上げながら、心地のよい情事に溺れていたというのに…

「アテム……?ボクは………」
「ずいぶんと気持ちよさそうだったな」

ぼやけていた視界が徐々に焦点が合い始め、自分の股の間に顔を埋めているのが夢の中の人物と限りなく近い別人だということに気付く。

「なっ……!?ボク………何を……」

遊戯は慌てて身を起こすと、いつの間にか乱されていた着衣とベッドの下に落ちているジーンズと下着が目に入り、頭は一瞬にして混乱を極めた。

「…………遊戯がしてくれって頼んだんだぜ?」
「え!?」

もちろんこれは記憶が曖昧な者に対するちょっとした悪戯であったが、アテムは遊戯が特異な夢を見ていたことなど知るよしもない。
ましてやそれがいつも同じ世界の夢で、遊戯が強く影響されていることなど。

「うそ…………」

アテムの言葉を聞いて遊戯は全身の血の気が引き、青ざめた。
意識を手放した時の前後はあまり思い出せないが、ついに自分はやってしまったのだ。
夢と現実の境を失くし、夢での行動をを実際に取ってしまった…
しかも名前を呼んだり、会話をしたりするレベルではない。よりによってタイミング悪くアテムと結ばれる夢を見ながら、現実でも身体を開いていたのだ。
全く無意識のうちに………

「…………………」

遊戯はアテムにされたことも気にならないほどその事実に打ちのめされていた。

自分と、夢の中の自分…

ゆっくりと、しかし確実に侵食されていくような恐怖が遊戯の中を走った。現にこんなことをされたというのにアテムに対しての怒りや嫌悪が全くない。
むしろ身体はまだ悦びの後の余韻に震え、あまつさえ浅ましくまだアテムを求めているのだ。

「遊戯…?」
「ボク………ボク…………」

目を見開いたまま遊戯は歯奥をカタカタと鳴らした。

「……………すまない、今のは冗談…」

今度こそビンタ程度では済まないだろうと思いつつもアテムは遊戯の尋常ではない様子をいぶかしんだ。

「違う……違うんだアテム………ボクは」


好き。
君が大好き…………


遊戯は今にも発声しそうなその言葉を必死に飲み込んだ。

でもこれはボクじゃない。ボクの気持ちじゃないんだ。


「遊戯………………」

大きな瞳に涙が滲むと、まるで鏡のように光を反射する。
これは身体を共有していた前世において、まだ弱く未熟だったときの遊戯がよく見せていた、つらくてつらくてどうしようもない時の顔だ。
涙がこぼれてしまわないよう、嗚咽の口火を切ってしまわないよう、懸命に耐えている。
そんな表情をさせてしまっているのが自分なのだと思うとアテムはひどく胸が軋んだ。

触れたい。
でも傷つけたくない。
もっと愛して守りたいのに。

順序を踏めと言う理性と、このまま遊戯を抱けと命令する欲望が葛藤し、アテムを動けなくする。

「……………………」
「……………………」

時計のない部屋に沈黙の秒針だけが刻々と進む中、アテムは腕を伸ばし遊戯の目尻を親指でなぞると、留まっていた涙の雫が指を伝い、自分の手首に流れた。
そのまま頬に触れ、軽くなぜる。

今必要なのは慰めの言葉か、謝罪の弁か、素直な心か…


遊戯に拒絶の色は見えなかった。

「アテム…………」




小さく開く遊戯の口元に吸い寄せられるように唇をよせた。

キスまで、5ミリ。


その時だった。


『Ri――…n』


部屋に電子音が鳴り響く。
遊戯が驚いて目を開くと、邪魔をされて不機嫌そうに眉間に皺を寄せるアテムが目に入った。
アテムは呼び鈴など鳴らなかったかのように無視し、遊戯の肩を抱きなおすと顎先を人差し指ですくう。

「………………いいの?」
「いい」

このマンションにおいてブザー音は二種類ある。
マンションの下のエントランスからのものと、ドアの前から直接鳴らすものだ。
今のブザーは後者のパターンだとアテムは気付いていたが、それでも腕の中に遊戯を抱くこの瞬間よりも優先させるものなどあるはずがない。

何度も鳴らされるブザー音に遊戯は戸惑いを見せていたがアテムは構わず強行することにした。
漏れる吐息を唇で塞ぎ、もう一度甘い声を聞くために。
遊戯から目を逸らさないまま自身の薄い唇を舐め、しめらせる。
そのあまりにも艶やかな様子に酔わされるように遊戯も再び目を閉じかけた時だった。

ついに呼び鈴を押し続けていた主が痺れを切らし、声を荒げた。

「おーい、アテム!!いるのはわかってるんだぜ?早く出てきやがれ!
ったく、勝手に入っちゃー悪ィからこーやって待ってやってンだろーがよぉ」

その声にさすがのアテムも停止する。
突然の大声と、友人の一人である城之内並の口の悪さに遊戯は驚き、部屋に充満していた甘い空気が一気にかき消えた。

声の主はわめくだけでなくガンガンと扉を蹴り、アテムもこのままにしておくわけにはいかず、ため息をついた。
腕の力を緩め、遊戯を解放するとアテムはベッドから降りた。

「あ…」

急にアテムがいなくなり、遊戯の手がその温度を名残惜しそうに空を泳いだ。
そしてそれを耐えるようにぎゅっと握りしめる。

「……………遊戯………」

そんな様子に気付いたアテムは再びベッドに手をつき前かがみになり、物言いたげな上目づかいの遊戯の頬に軽くキスをした。

「すぐにもどる。ここにいてくれ」

「ん…………」

アテムの熱の痕跡を探すように触れられた頬を撫で、閉まる扉を見送って遊戯はため息をついた。

「ボク………」

今、アテムになら何をされてもいいって思ってた。
ううん、それどころか………

一つになりたい、なんて……


夢の中でユウギはアテムに抱かれていた。
それだけではない。
ユウギは求められる幸せと、人を好きになる喜びを知って行為中感動のあまり涙を流していたのだ。

その感情だけが強く強く自分の脳裏に焼きついて、遊戯を支配していた。

人と交じり合うということは、あんなにも心が満たされるものなのか。

知りたい。
…知りたくない。

怖い。


少なくとも、その相手は『アテム』ではない……・
ただ夢に引きずられているだけなのに。

「何やってるんだろ……、もう、頭ん中ぐちゃぐちゃ…………」


遊戯は少し泣いた後、服を拾い上げ帰る決心をした。







「ったくよぉ、お前が家出同然で飛び出したりするからお前ンとこのオッサンに問い詰められて大変だったんだぞ!?
イシズもマリクも絶対それを見越してお前に同行しただろ。俺を陥れやがって…」

「…………………」

「でもま、あいつらが帰って来たから押し付けてやって来たけどよーケケケ」

「………で?」

「なんだよ、機嫌悪ィな」

アテムは心底歓迎しない客人を招き入れる気など毛頭なく、不機嫌さを隠さず腕組みをして玄関で用件を聞いていた。

「ま、つーことで俺が今日から警護につくからよ。一応お前は次期当主サマだからな。オッサンたち相当怒ってたけど、まぁ何かあってからじゃ遅いってことはわかってんだろ。最近内外も不穏な動きしてるしな…」

「『外』に対してはやりようもある。問題は『内』だ…身内ほど厄介なものはない。あと何人来るんだ?」

「あと一人くらいじゃねぇ?まぁ俺サマがいれば十分だろ。じゃ、ちょっと上がらせてもらうぜ」

「帰れ」

苛々が募り眉を寄せるアテムはもはや一秒たりとも無駄にしていたくないといった様子で端的に吐く。 

「防犯のチェックするだけだろうが……まぁ、お楽しみのところ悪いとは思うがよ」

そう言って浅黒い肌の来訪者は玄関に並んでいた女物のデザインのスニーカーに目をやった。

「にしてもお前もう女がいんのかよ。手が早ぇなぁ…………」

そう呟きながら近代的なネオ童実野シティには不釣合いな赤いマントを羽織った人物は、拒否されたのもお構いなしに上がりこむと廊下で玄関の靴の持ち主と鉢合わせた。

「…………!?」

話し声がする方をうかがってはいたものの、突然人が目の前に現れて遊戯は驚いて体を硬直させた。
ただでさえその人物は体格がよく、服のすそから見える筋肉質な体躯、色あせた白茶色の髪に日に焼けた肌、
なにより萎縮してしまうのは真っ赤な血のような瞳の色と右頬に大きく刻まれた切り傷の跡だった。

遊戯はあまりの迫力にたじろぎ、男にまじまじと見られるはめになる。

「へぇーーー遊戯かよ!?お前女なんだってなぁ!こりゃケッサクだぜ」

「!!?」

格好や肌の色からアテムの国の出身だろうかと予想はついたが、自分の名前が知られていたことに遊戯は驚き、
おまけに必要以上に顔を近づけられて、恐怖のあまり今にもしりもちをついてしまいそうだった。

「俺はバクラ。バクラ・イシュタールだ」
「ば…、バクラ!?」

遊戯が真っ先に浮かんだのは懇意にしている同級生だ。
変わった苗字ではあるが、この男の場合は名前…

「………その反応だと、了を知ってるな?」

無関係かと思いきややはりあるようで、名前まで言われてしまうと素直に答える他選択肢はない。

「ボクの学校にいるけど」

「へぇ。あいつなんだかんだ言ってお前らのこと気に入ってたからなぁ」

「ば、獏良君を知ってるの?」

「まぁーーーーーな」

バクラと名乗った青年はこれ以上は聞くなといった様子で背を向け、ずかずかと室内に入っていってしまった。
遊戯はその背中を呆然と見送りながらも玄関に向うと、アテムが立っていた。


「アテム………ボク、帰るね。また、学校で」

「……………ああ」


何か言われるかと思ったが、アテムはすぐに道を開け遊戯を見送った。

「今日はありがとな。気をつけて…」

「うん…」


お互い物言いたげな目線を絡ませながらも、何かを断ち切るようにその場を離れたのだった。








「バクラ。遊戯が…、相棒が家に着くまで見てやってくれ」

遊戯が出た後、アテムはリビングで盗聴器の類を探していたバクラに声をかけた。

「そんなに心配なら自分で行きゃーいーのに」

「……………」

「………まぁお前が言葉につまるなんて珍しいから行ってやるよ。
未確認情報だが、何人か本国の人間が入国したっていう情報もある。油断はできねぇ。窓は全部閉めておけよ」

「ああ、頼む」



アテムは寝室に戻ると、きれいに整えられたシーツを見てため息をついた。

さっきの出来事は夢だったのではないかと…
遊戯の体温が思い出せずに、唇を噛んだ。









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