・光の召集
港近くにあるクロウの棲家は、家と言ってもコンテナとコンテナの間の空間にガラクタともつかないジャンク品を運び込んで勝手に居ついたものだった。
「ホントにすまねぇ……鬼柳。恩に着るぜ」
クロウは傷ついた体でろくに動けず結局鬼柳にベッドまで運んでもらい、
生き延びた安堵と、情け無い自分への自己嫌悪にさいなまれながらも、感謝の意を伝えた。
「いいってことよ。それより早く体を治すことだな」
鬼柳がその辺に転がってたランプに火を付け、腰を下ろした。
「お前…今日寝るところねぇんだろ…?こんなとこですまねぇが、よかったら使ってくれ」
「ああ。助かる。なに、俺は雨風さえしのげればどこでも寝れるんだ」
笑い声の鬼柳の声が響き、見上げた低い天井にランプの光がゆらゆらと揺れている。
手当てもしないままだったが、体はまだ休息を必要としていた。
しかし、眠る前にクロウには聞いておかなければならないことがある。
「……………お前が俺を見つけた時……俺は………」
言葉を続けられなかったのは肋骨が痛むせいだけではない。
たしかに意識を失った時点では、クロウは男たちに回されて捨てられているのが予想される結末だった。
しかし、そうならばあるはずの痛みが。
体を真っ二つにされそうなあの、下半身の痛みがない。
「…………お前がどーにかされる前にちょうど俺があの廃工場を通りかかったんだよ。
だからお前は傷モノにはなってねぇ」
傷モノ、か…
鬼柳の言葉に、クロウの渇いた笑いが漏れた。
「俺は大勢でよってたかってっつーのが大嫌いなんだ。ああいう奴らは反吐が出る」
「だからってお前………何人いたと思って…」
「リーダー格の奴にデュエルを申し込んだのさ。まぁ、多少は暴力も振るっちまったが」
「勝ったのか…」
「ああ。口ほどにもねー奴だったぜ」
奴らにデュエルできるほど知能があったのか、とクロウはぼんやりする思考の中思った。
もう少し口が立って狡賢ければ挑発してデュエルに持ち込めたかもしれない。
「そうか……俺の仲間もデュエル強ぇーんだぜ。明日紹介してやるよ」
「仲間……」
「…?どうかしたか」
「いや、このご時世に『仲間』なんて呼べる奴がいるのかと思ってさ」
「……ただのクサレ縁だが…そうだな。仲間には違いねぇ」
クロウは無愛想な紺髪のメカマニアと、偉そうにすることだけは才能を発揮する長身金髪自称デュエルキングを思い浮かべて顔が少し緩んだ。
強張っていた筋肉が緊張から解かれ、硬い床に張り付いたように沈み込む。
鼻をくすぐる灯油の匂いがどこか懐かしく、クロウは穏やかな気持ちでゆっくり目を閉じた。
「クロウ、どうした.。誰にやられたんだ!」
「…あー…」
次の日。
傍目からは外傷があることはわからないよう上手く自分で手当し、まだ残る痛みも気付かれないようクロウは振舞っているつもりだった。
だが同じように孤児として育ったこの幼なじみには一発で見抜かれてしまい、苦笑する。
「相変わらず、お前は人の痛みに敏感だな」
同じ施設で暮らし、やがて独立した3人のうちの一人、不動遊星はかつては地下鉄の路線だった場所に住んでいた。
住む要素よりは彼の趣味、いやもはや生活の一部と言っていい機械いじりをするための要素が多く、地面には工具や配線、ゴミ山から拾ってきたジャンク品で埋め尽くされていて、歩くたびにボルトやネジを踏むはめになる。
「運悪くB地区に迷い込んだときによー、ちょっとヘマしちまったんだ。
でもよ、そん時に俺を助けてくれた奴がいてさ、お前に紹介したいんだ。ジャックも呼んである」
そうしてクロウに呼び出された二人が鬼柳京介という男に会ったのは、三人の住処のちょうど真ん中にある崩れたビルだった。
鬼柳は軽く挨拶をし、三人をまじまじと見た後話し始める。
「俺はサテライトのあちこちを見てまわったが……どこもひでぇ。
デュエルが強い奴が中心になって徒党を組んでいくつかチームが出来てるが、無理矢理デュエルを仕掛けては負けた相手に暴力を振るったり金品を奪ったり、強盗まがいのことをやってる」
鬼柳の言葉に三人はうなずいた。
同じような状況は彼らの周辺にも起りつつあり、少なからず周辺の人々も被害を受けていたからだ。
「で、俺はある結論に辿り着いた。そーいうろくでもない奴らを排除して、正しい心を持ったやつがこのサテライトのトップになる。そうするとサテライトは平和になるてわけ」
鬼柳は自信に満ち溢れていて、その目には輝きがあった。
もはや演説に近いそれを三人はフムフムと聞いていたが―――――。
「…………俺たちで、やらないか?」
続けられた言葉に三人は顔を見合わせる。
「俺たち、って……俺たち?」
クロウは軽い気持ちで二人に紹介するつもりだったのに、鬼柳が突然サテライトをどうにかしてしまうような理想を語り始めて驚いた。
確かに生活を脅かすゴロツキどもをどうにかしたい気持ちはあったが、具体的にどうしていけばいいのかなんてわからなかったし、日々の食料確保や資金調達に追われて手いっぱいなのが実情だ。
他の二人だってそうだろう。
しかしそれなりにデュエルの腕には自信があって、まだ血気盛んな年頃の三人はどこまで通用するのか試したい気持ちがくすぶっていたのも本当だ。
人間は生きるために生き続けることなどできないし、
人生には喜びと、輝かしい未来への夢が必要なのだ。
…たとえ生まれた場所が荒廃した衛星都市だったとしても。
クロウは戸惑いながらも、鬼柳の言葉に希望を持ち始めていた。
なんにせよ昨日のように襲われる心配がなくなるのなら、それだけでもやってみる価値はある。
「お前たちの目を見て確信した。こいつらなら背中を預けられる。チームになれる、ってな」
初対面の人間にこれほど言える人物が果たしてどこまで信用できるのか。
口先だけならなんとでも言える。
だが鬼柳の言葉は妙な説得力があり、心を揺さぶられるものがある。
クロウはだんだん自分たちにも出来るような気になっていた。
チラと遊星を横見すると、彼もまた無表情ながらも目は輝いていて鬼柳に釘付けになっている。
が、
「フン、いきなり現れて大きな口を叩いているが、俺は俺より弱い奴とは群れん」
腕を組み無意味にふんぞり返っていたジャック・アトラスは憮然として言い放った。
「ジャック!」
この唯我独尊男の性格を考えればこういう反応も充分予想がついたが、少なくとも鬼柳はまだよく知りもしない自分たちを見込んでこう言ってくれているのだ。
あまり無碍に拒むのは鬼柳に悪い、とクロウと遊星は非難するようにジャックを見た。
「まぁそれもトーゼンだわな。ごちゃごちゃ言っても仕方ねぇし、決闘するのが一番早ぇー」
そう言って鬼柳の表情が少し変わる。
さっきまでの理想を語る青年とは別の、闘う者の目だ。
「三人いっぺんにかかってきな。変則タッグデュエルだ。」
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