・Sweet Home

 

 



 



 

 

頬を刺すような冷気が空を見事な青を映し出していた。
まさにスカイブルーという言葉がぴったり。

雲は高く、白く、晴れた太陽を反射して輝いている。

 

空港から出て天を仰いだ十代は目を細め、
生まれて初めて降り立ったトロントの透き通った早朝の空気を吸った。


今は、2月。

ウィンターリゾートの本場であるカナダは都市部といえど厚い雪に覆われ、
ロータリーは多くの観光客で溢れていた。


寒さを見越して裏起毛のミリタリーコートに、ブーツ。
赤いチェックのマフラーをグルグル巻きに厚着した十代は、
白い息を吐きながらポケットからなんとかクシャクシャになった紙切れを取り出す。


そこには英語で書かれている住所が書き付けられていた。


十代は空港のコンセルジュまで戻り、そこにいた少しふくよかな女性の案内員にその紙を見せる。


「Hi.」


そう言ってニッコリ笑うと、向こうも笑って返してくれる。
目尻に寄るシワは深く、年季の入った笑顔であることがわかった。


「ここに行きたいんだけど、どうすればいい?」


発音などお構いなしのベタベタのカタカナ英語。
これでも大分使い慣れてきた方だが、100%伝わるかどうかは怪しいものだった。


「40分後に長距離バスがございます。南のロータリーの●番乗り場に行ってください。チケットの売り場はここで…」


そう言って丁寧に構内の地図のパンフレットに印をしてくれ、十代に手渡してくれた。


「サンキュー!」


十代はまだ母校にいるであろう購買の女主人を思い出しながら、
国境人種言語関係のない笑顔で感謝の意を述べると、女性も笑顔で手を振ってくれる。

 

 

広い空港をボストンバッグ一つで闊歩し、行きかう人々を目で楽しみながら新しい風景を脳にインプットしていく。


十代はチケットを買い、時間までカフェで時間をつぶすことにした。
ハムとチーズのホットサンドと、ホットミルク。
お腹も落ち着いたらバスの中で食べるお菓子やジュースの買い出し。


「あ、そうだ。チョコだチョコ」

これを買っておかなければここまで来た理由がない。


手にいっぱいのビスケットやガム、飴を落とさないようにしながら適当に目に入ったチョコを指でつまみ、
そのままレジへ持っていった。

パッケージの文字は当然すべて英語なので、包装紙と写真で選ぶしかないのだ。
味はこの際どうだっていい。


自分が食べるわけじゃないし、と十代は軽い気持ちでカバンに詰め込む。

 


そろそろ時間だ。

 

 

十代は停留所へ行き、すでに停車していた青い大型バスに乗り込んだ。

運良く窓側の席で、ブランケットをひざに乗せ、
ちゃんとたどり着けるのかという少しの不安と、早く市街の景色を見たいという期待に目を輝かせていた。
さっき買ったキャラメルを頬張り、座席に深く腰をかけ出発の時を待つ。

バスの中は温かく、十代は寒暖差に少し瞼が重くなってくる。

 

 

 

 

十代は数時間前ニューヨークにいた。


アメリカに留学中の明日香や、たまたまプロリーグの試合をしていた万丈目と久しぶりに会い、
名所を観光し、夜はニューヨークらしいスタイリッシュで感じのいい日本料理屋で盛大に食べ、大いに語らって友と有意義な時間をすごした。


次の日、暗いうちからホテルをチェックアウトし空港に向かった十代は、
日本行きの便がすべて“canceled”になっていたことにしばし呆然とした。

世界中を旅して、卒業からちょうど三年たつからと一旦日本に帰ろうと思っていたのだ。


そんな時ふと、彼のことを思い出した。


思い出したと言っても前の晩電話で話したばかり。

ただし電話の最後はお互い罵声交じりに切りあった状態だった。
そうつまり喧嘩してしまっていたわけで……

 

十代はターミナルの電光掲示板を眺め、“Toronto”の文字を見つけた。

NYから数時間で行けてしまうことに驚き、
ますます気持ちがトロントに近くなる。

 

入国審査は面倒だけど、突然行って驚かせてやろうか。
昨日の電話で「行かない」と言ったばかりだけど……

驚いた彼はうっかり仲直りしてしまうに違いない。

 

理由を聞かれたら………

そう、バレンタインだからと言ってしまおう。


まだその日には数日あるけど、仲直りするためだなんて素直に言えるはずもない。

 

大体、喧嘩の原因は向こうにある。

いかにNYが楽しかったかということと旧友の近況を話していたら、
突然機嫌が悪くなり、つんけんした物言い。

当然それを流せるほど大人ではない十代は食ってかかり、

「怒ってる」

「怒ってない」の押し問答が1時間ほど続いた。

 

 

 

 

 

「………………ヨハンの馬鹿」

 

 

バスの窓ガラスに額を預けながら、十代はつぶやいた。


もちろんこの数年間、電話越しに喧嘩したことは何回もあった。

そういった時は決まってしばらく電話しなくなるが、
いつもヨハンが喧嘩のことなど忘れたかのようにあっけらかんと普通に電話してきて、そこで喧嘩は終わり。

平穏が戻ったかと思いきや、十代には理解できないヨハンの逆鱗はたびたび火を噴く。

今回も放っておけばまた自然と修繕されることはわかっていたが…


近かったから。

ただそれだけの理由。

 

バレンタインだから。

何かあげたことなんてなかったし。


卒業式で渡されたヨハンの家の住所のメモがたまたまカバンの奥底に残っていたから。


それだけ……。

 

 


いつの間にか動きだしたバスは速度を上げ、街の景色を流しだす。

無意識にビスケットをバリバリ頬張りながら、
十代は古い欧州風の家々や、近代的な建設物が通り過ぎる窓の外を眺めていた。

 

 

 

 

 

都市部を抜けると風景はあっという間に白銀の世界が広がる。
夏には大きな農場地なのだろうが、今は雪を受け止めるだけの大きなシャーレと化していた。

遠くに見える山やカエデの木もすべて白い綿帽子を被り木の枝をもたげている。


乗客は愛する故郷の景色に目を細め、穏やかに笑っていた。
車のエンジン音さえ真っ白な景色に吸い込まれていきそうな、そんな昼下がりだった。

 

主要の駅で降り、さらにそこからバスを乗り継ぐ。


今度は街の人たちがたくさん乗り込んでいて、小さな子供や老人、買い物帰りのカップルなど客層はいろいろだ。

各駅で停車し、バスはさらに雪の深いところに進む。
しだいに乗客が減っていき、十代一人になった時、ついに目的のバス停に着いた。

 

滑らないように気をつけながらステップを降りると、目の前に一軒の家があった。
周りには家もない。

ただ広大な雪景色の中に、木でできた家がポツンとある。
軒先に縛られた薪と、雪を被った屋根、レンガの煙突。


本当に彼はこんなところに住んでいるのだろうか…?

 

表札もなかったが十代は雪を踏みしめながら家の呼び鈴を押した。

 

ZiZiZiZiZiZiZiZiZiZiZiZiZiZiZiZi………

 

電子音が家に響くが反応はない。

 


「留守………?」


はぁはぁと白い息が空気に溶けていく。
バスを降りて間もないというのに寒さはすぐ手先や足先に訪れた。

物音すらしないのと、ガレージに車がない。
真新しそうな轍の跡。


どうしよう………町に戻ろうか。

それともすぐ帰ってくるかしら……?

 


悩んだ末、待ってみることにした。
町に戻ろうにもバスが来る時間はまだ大分ある。


玄関先の雪を払って、階段に腰かける。
冷え切った石が冷たいが我慢した。

 

十代はカバンから残ってるお菓子を取り出し、ポツポツと食べ始める。

 

 

その間に……

この何年かを思い返していた。


思えばいろんな国に行った。
パスポートにはもうスタンプを押すページもない。


暑い国、寒い国。
宗教の違う国、砂漠の国、雪の国。

都会も田舎も、海にも山にも。


たくさん出会い、たくさん別れ、
思い出はもうカバンにいっぱいだ。


どこに行こうがカードは共通言語だったし、
決闘したデュエリストは数え上げればキリがない。

もちろん全てが順調だったわけではない。
バックパッカーの真似事をしてユースホテルに泊まれる日もあれば、
寝袋一つで駅で寝て、公園の水道で顔を洗ったり、空港で足止めを食らって何時間も目的地にいけなかったり。

こちらもまた、キリがない。

しかし時間にしばられない十代は何でもポジティブに変換する術を身に付けていたし、
同じようなトラブルは2回目以降要領よく回避できたりと成長していた。

必要な時には携帯電話を起動させ、
ボタンを押せば彼が、ヨハンが話を聞いてくれる。

 

 

 

楽しかった学生時代の終わり。

卒業式に彼はプロになってカナダに住むと告げた。

 

「……なんでカナダなんだ?」

「別荘があってさ。小さいころよく行ったんだ。すごく大好きな場所だ」

「ふぅん………」

「十代は?」

「俺は世界中を見てまわるぜ。色んなデュエリストと闘いたい!」

「そっか……」

 

これ、と新しい家の住所のメモを書き、その後携帯の番号を教えてくれた。

今までは必要のなかったもの。

 

同じものを食べ、
同じものを見、
同じものに怒って、
同じもので涙する。


毎日一緒にいて、毎日笑いあって……

 

ヨハンの連絡先のメモを受け取り、
なんとなく慣れない感覚に、ぐしゃっとポケットに無理矢理つっこんだ。

 

 

「じゃあ」

 

「じゃあ、な」

 

そんな言葉で別れてしまった。

 

 

 


『十代、元気だったか』

『ヨハン、ひさしぶり。そっちは今何時?』

 

電話でいつも話しているのに、
あんなに簡単に言っていた「好き」という言葉もいつの間にか言えなくなってた。

 


遊びに来いというヨハンの誘いを濁し、
他の人とのことを楽しそうに話すと機嫌が悪くなることはわかっていたが、
それでもしてしまう。


いつだって気持ちを確かめたくてしかたないのに、
試して、怒るヨハンの心が狭いとため息をついて。

 


ヨハンに内緒で彼の母国にも立ち寄ったこともある。

彼がどんなものを見て育ったのか知りたくて。

 


でもこの国に来る気にはなれなかった。


寒いだの、遠いだの何かと理由をつけていたが
本当はわかっていた。

 

会ってしまえば…


きっと、離れられなくなる。

 


もう他の国どころか、家どころか、1秒だって肌を離れることができなくなってしまいそうで。
それが怖かった。

そんな自分にはなりたくなかった。

 

 

でも………
旅にはもう疲れてしまって………


懐かしい顔を見て日本に帰りたくなったのだ。


帰るつもりだった。
羽を休めに。


最後に勢いで来てしまったけれど。

 

 

 


「………………」

 


ふと、頭が重くなっていることに気がついた。

どれだけの時間考えに耽っていたのか…………


首を傾けるとドサっと雪が頭上から落ちた。
気がつけば目の前は白い大粒が風に舞い上がって吹雪いているではないか。

 

「やべぇ………」

 

立ち上がると、さらに服に積もっていた雪が落ちる。

 

ブーツといえど防水が完璧なわけではなく、手足の先の感覚が失われていた。

 

 

 

こんなに吹雪いているのではバスが運行を停止していてもおかしくない。

いつの間にか厚い雲で覆われた空は、太陽の位置すら教えてくれなかった。

 

「ヨハンの野郎……どこ行ってんだよったく……」

 


ここまでくればお手上げである。
知らない土地で、慣れない気候で。


窓ガラスを割って部屋に入るか?

 

 

急に襲ってくる眠気。

 

寒い時に寝たらヤバイって聞くけど………

体が重い。重すぎる。

 

 

いつかヨハンがもどってきたとき、
倒れている俺をみたらうっかり抱き寄せでもしないかしら。


喧嘩したことを後悔して、涙なんか流したりしないかしら。


そんなお前の腕に抱かれるのなら、死んでしまってもいいかななんて。

 

 


あー……ほんと、やばい。

 


感覚のない手を動かし、ポケットに残っていた最後のチョコレートを取り出す。
ヨハンのために買ったのに、暇にかこつけてついつい手を伸ばしてしまった。

 

一片なんとか口に運ぶが、もう舌を動かすことすら億劫で。

 

口内も冷え切っているせいかチョコもうまく溶けなくて。

 

 

 

ヨハン………

 

 

 


素直になれなくてごめんな………

 

 

 

 

 


降り積もる雪は十代の体を次第に隠したのだった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

ひどい一過性の吹雪が去った後、ヨハンはやっと自宅に帰ることができた。

町に買出しに行き、
季節の名産であるメイプルシロップを目踏みしていたらついつい遅くなってしまった。


吹雪のせいで店で足止めされ、
プロリーグに精通する店主とついつい話しこんでさらに時計が回る。


買い込んだものをトランクに詰めると、
ヨハンはスタッドの付いた自動車を走らせた。


次の雪かきはいつするかとか、
次のプロリーグの対戦相手のことや、
マネージメント会社の呼び出しだとか考えることはこの積雪のようにたくさんあるのに、
だだ広い景色を車で突っ切りながら、ヨハンは好きな人のことを考えていた。

自宅に戻ったヨハンはガレージに車を止め、玄関に向かう。

 

 


「…………………」

 

暮れかかった我が家の玄関用ライトの下に照らされる、氷像。


しかも好きな人に似ている。

 

「なんだぁ?誰がおいてったんだよ」

 

そう言いつつも雪の中から抱き上げてみる。

 

顔は…ちょっと白すぎるかな。というか青い。

彼は太陽みたいな小麦の肌だし。

少し細い顎に、大人びた目尻。濡れた後凍った髪。

長い睫毛に降りた霜は透明に輝き、神秘的だ。
真っ青な唇が不憫に思えて、唇を寄せる。

 

「……………ん……」

 

チョコの味がする。
なぁんだこれ、誰かが作ったチョコだったの。

落ちてるんだから、持って帰ってもいいよな。

 


「………ヨ……ハ…………ン?」


言葉を発した無機物ではないそれに、
ヨハンはにっこりと笑って抱き寄せた。


「こんなに冷えて、どうしたの。てっきり俺だけの氷の像ができたと、喜んでしまったじゃない」

「ひさしぶり……遅かったな」

「遅いって言われてもなぁ……
馬鹿な十代………電話一本してくれればよかったのに」


抱きしめる力は、少しずつ強くなって。

「俺から電話なんてできるかよ………喧嘩してたし」

「ああそうだ。俺たち喧嘩してたんだったな。いつまでも俺のものにならないその口をもう一度塞いでしまおう」

 

こんな冷たい舌にキスをするほうは嫌だろうとどこか客観的に思いながらも
十代は舌先からゆっくり伝わる熱に、目を閉じた。

口はまだチョコが溶け残っていて。

 

 


ふわりと体が浮いて、家の中に運ばれる。

 

毛布でぐるぐる巻きにされ、ソファーに放り投げられるとヨハンは急がしく室内を動き回った。

部屋の中はまだ冷えていて、白い息が出る。
十代はガタガタと震えていた。

 

空調が入り、暖炉で揺れる火をぼーっと眺めていた。

 

遠くで水音がする。

 

 

「十代、とにかく風呂であったまって」

 

べろんと毛布を剥ぎ取られると、あっという間に服を取り去られてバスタブに放り込まれた。


「あっ、つうーーーーー!!!」


体温が極端に低い状態では、どんなぬるま湯でも熱湯に近い。

あわてて出ようとする十代の頭をヨハンがぐぐぐと押さえこむ。


「だーめ!!!すぐに慣れるから。凍傷になっちまうぞ」

 

「熱い、熱いってば………っ、」

 


再度塞がれる唇は大分色を取り戻していた。

 

 

「……んぅ…………」

 


十代がおとなしくなると唇は離され、ざぁっとシャワーが振りかけられる。

 


「ずるい………」

「ん?なんか言った?」

「別に」

 

「好きに使っていいから、ちゃんと温まること!」


ビシ!と人差し指を立てて念押しすると、ヨハンは浴室から出て行った。

「はぁ……」

十代は体中の力を抜くと、目もとまで沈み、ぶくぶくと泡を立たせる。

 

 

どうやら死なずには済んだようだ。


それにしてもヨハンって……

 


顔を見たのは3年ぶりだ。

あの時と違っていて当たり前なのに、大人っぽくなったヨハンにとまどってしまう。


自分も少し変わっただろうかと水面に顔を映すが、
乱れた波紋では確認できなかった。

 

適当なところで上がって、
バスタオルで体を拭いたら用意されていたバスローブに腕を通す。


少し大きい。


裾を引きずりながらも再びリビングに戻った。

 

 

 

 

レンガ造りの暖炉でパチパチと火は勢いよく燃え上がり、
ヨハンが薪を火箸で引っ掻くとキラキラと火の粉がはぜる。

 

「やぁ、体は大丈夫?ソファーへどうぞ」


暖炉の灯りに照らされるヨハンは、色濃く陰影のついた笑顔を向けた。

その笑顔だけは、いつまでたっても変わらない。

 

十代は言われるまま腰掛けた。
日本製の家具に比べどれも一回り大きい。
柔らかい皮でできたソファーに羊毛でできた敷物がかけてあった。

手触りがよく、深く腰掛けると床に足がつかない。


足をバタつかせて十代は慣れない空間への緊張をごまかしていた。


「はいこれ。今年の初物だぜ。しかもエキストラライト。店主からこっそり分けてもらえたんだ」


そう言って白いマグカップを手渡す。
覗き込むと底にどろりとした液体が入っていた。

黄金のような、オレンジのような煌めき。

 

「あーんして」


隣に座ったヨハンがスプーンで掬い取り、十代の口に運ぶ。


従順に口を開いた十代は、運び込まれた甘美な雫に目をぱちくりさせた。


「…………うまい」


「だろ?ホットケーキとかワッフルにかけるとうまいんだぜー」


あと果物にかけてもおいしいし、ヨーグルトに入れてもいいなと続け、
ポットからマグカップにお湯を注いだ。


「あたたまるよ」


おずおずと一口飲んでみると、
甘い香りのシロップが口中に広がり、冷え切っていた喉に染み渡る。


ほう、と十代は幸せそうなため息をついた。


「相変わらず甘いものは好きなんだな」


「悪いかよ」


「ううん。安心する」


「…………」


視線を手元に落とす。
カップから立ち上る湯気でさえ頬にかかると温かさを感じた。

 

「さ、また冷えてしまったら大変だからベッドルームを貸すぜ。来客用でいい?」


「他には何があんの」


「俺の寝室」


「ぶっ」


「夜這いオッケーだぜ?」


「……………」


どこまでが冗談で、どこまでが本気なのかわからない。
こんな軽口は電話でも茶飯事だったが、実際目の前にいる今返答次第で状況は変わってしまうだろう。


十代はどうすることがいいのか、
自分がどうしたいのかわからずにいた。

 

「クス……いつもみたいにバカヤローって怒んないの?」


「別にいつも怒ってるわけじゃ……」


「そうなんだ?」


カップをテーブルにおいて、空いた十代の手をヨハンが包みこんだ。

 

「………まだ冷たいな」


「そう?俺は熱いけど。じんじんして、燃えるんじゃないかって思う」


「縮まってた血管が開いてたくさん血液を送ってるのかな。
でも今日はそんな寒い日じゃなくてよかった」


「…………」


その言葉に十代はかなり深い疑惑の目を向けた。


「もっと寒い日もあるもの。体感温度で…マイナス30度くらいの日もないわけじゃない。
ほんと運がいいぜ!」

 

「そう……?」


十代は垂れた鼻水をズビ、とすすった。

 

「それとも、もっと温かくなること、する?」

 

「………………」

 

来た、と十代は少し身を硬くした。
もちろん予想してなかったわけではない。


承知の上でやってきたのだ。

 

「その気がないなら、ちゃんと振りほどいてくれないと俺、わかんないから……」


そう言いつつ指を絡めてくる。

 

「…………………」


なんだか今更照れてしまう自分も悔しい十代は、
指を握り返した。

ただでさえ熱く、むくんだ感じのする指先は感覚が研ぎ澄まされているようで。

 

「黙ってると抱いてしまうよ?そうしたらもう離さないから。
この家から出れないようにして、一生を俺のものにするよ?」

 


ヨハンの声色は少し切羽詰っているようで。
この3年間彼がどんな思いをしていたか垣間見える。


「…………………チョコ………」

 

「チョコ?」


「チョコ買ってきたんだ。ヨハンに」


何を唐突に、とヨハンは思った。


「でも食べてしまった」


それでも残していた最後の一片も。


「……どうして俺に、チョコを?」


「バレンタインデーだから」


「……………?」


つながらない関係性に、ヨハンは頭をひねった。
そういえば日本では2月14日にチョコを贈る習慣があったような、なかったような。

 

「つまり?」


「チョコを食べてしまった俺を食べればいい」


暖炉の灯りのみの薄暗い室内でもわかってしまうくらいに顔を真っ赤にした十代は、
ヨハンとは視線を合わせずに言った。

これはもう、OKサイン以外の何物でもない。


「………………」


ヨハンは何かを聞き間違えたのかと思った。
それとも十代を思うあまり自分の都合のいいように聞こえてしまう病気になったのかと。

 

「チョコ、おいしかったぜ?キスした時まだ味がした」


「そう……最後の一つだったからな」


「すごく、夢中になる味。チョコより甘くて、シロップより懐かしい」


ヨハンは手を伸ばし、十代を自分の胸にすっぽりと包んだ。

近くなった唇に、まるで花の蜜を吸うように丁寧に口付ける。


入り込んだ舌は一滴も漏らすまいと十代の甘い唾液を求め、深く深く絡められた。

 

「……………はぁ…………ん……………」

 

暖炉の火は次第に小さくなりいつの間にか室内は暗く火花も細やかに囁くばかりで、
ちゅ、ちゅ、と猥を帯びた水音が十代の脳内に鮮明に響いた。


「ヨハ…………ン…………んふ………ぁ……………」


もつれながらソファーに倒れこんだ二人がキスをやめる気配はない。

十代はぞわっと背後を駆け抜ける感覚に、身をよじらせた。

 

「もう俺……我慢できないぜ?」

 

「………………んぅッ………あ………」

 


「……最後まで抱くよ?」

 


「ふぃ……んんっ、あっ、……あぁ…………」

 

「ねぇ返事を……しておくれよ。この行為は俺だけのものではないと、確信したいんだ」

 

はぁはぁと短く息を弾ませる十代は、キス以外にも次々と与えられる愛撫に返事をする余裕さえない。

 

「俺が十代に許されるのではなく……十代も俺を求めてくれなくちゃ」

 

不安なんだよ、とヨハンは消え入りそうな声で続け、舌で首筋にラインを引いた。

 

その刺激が脳に伝わり、十代は堅く目を閉じる。
開いた口で喘いでしまわぬよう、息も絶え絶えに十代は訴えた。

 

「ヨハン………俺………怖いんだ………」

 

話し始める十代に、ヨハンは動きを止めた。

 

「お前とまた……抱き合ってしまえば………あの時に……学園にいた時に戻ってしまいそうで……
そうしたらこの3年間のすばらしかった思い出が……紙より軽くなってしまいそうで……」


十代は自分でも制御できずに涙を流していた。
めったに本心を晒すことのない十代だが、ヨハンの前ではそれが不可能になる。

キスをして、混ざり合ってしまえば心の壁はチョコのように簡単に溶かされてしまうのだ。

 

「十代…………」

 

ヨハンはずっと十代の頬をなぜていた。
寝付けないとき母親が小さな自分にしてくれていたように、髪を梳いて、繰り返しなぜる。

 

「嬉しい………」


「その言葉で、この3年間空っぽだった気持ちがいっぱいになってしまったよ」

 


ニッコリ微笑んだヨハンは十代のうなじに口付けると、
乱れたバスローブを整え、十代を横抱きに抱えあげた。

 

 

「……十代ちょっと重くなった?」

 


「なっ、………俺だって成長してるんだぜ!?身長だって5センチも伸びたし!!」

 

「どうりで重いわけだ。あ、俺は8センチ伸びたから。俺の勝ちな」

 

降りる、と暴れる十代をなだめながらヨハンは寝室へ向かった。

 

 

 

「でもさ、会いにきてよかった」


「なんで?」


「電話じゃやっぱ、わからないこともあるんだな。身長もだけど、ヨハンちょっと大人っぽくなってるし」


「そりゃそうだ。あっちの方も成長してるかもよ?」


ニヤニヤと笑うヨハンは、こういうことを言うことによって十代がどういう反応をするのか楽しんでいるのだ。


「…………ほんと、そーいうモノの言いだけは変わらないよな」

 

「安心するだろ?」

 

「…まぁな」

 

 

ヨハンの寝室は薄暗く、空調が効いていた。

大きなベッドに寝かされ何重にもブランケットをかけられると、
最後に被さったヨハンに流星群のようにキスを降らされたのだった。

 

 

 


「んぁ………ああッ………ヨハン……!」


失っていた時間は肌を合わせた途端まるで昨日のことのように克明に甦った。

ヨハンが次にどうするか自分の体が記憶していて、
その先に触れられるであろう場所につい意識が集中してしまう。


そこを辿って行けば得られるであろう快感が待ち遠しくて、焦れる。


懇願するように十代はヨハンの名を呼び続けた。

 


最初こそ気遣ってかけられていたブランケットも一枚、二枚と床に落ち、
木綿の波紋の中心には一糸纏わぬ二人がお互いを分け合う行為にふけっていた。

 

「十代……寒くない…?」


「ううん………もう……あつくて………なんとかしてくれよ…………」


「俺が内臓から暖めてやるよ」


うつぶせになり尻を高くあげる十代の胸をまさぐり、ヨハンは胸の突起を摘むように触れた。


「………!」


きゅう、と痺れるような痛みに近い快感に十代は我慢することなく喘ぐ。

もう片方の手でヨハンは十代の下半身のそれを断続的に擦りあげると、
先走りの甘い蜜はパタパタとシーツに落ち、丸い大小のシミを作っていた。


「あぁっ………ぅん………ヨハン………あっ、あっ…………」


首筋にかかるヨハンの吐息は熱く、次第に荒くなってくる。

さっきから太ももに感じるヨハンの屹立はすでに硬く、
十代の中を待ちきれずに擦りつけることでなんとか平静を保っていた。

ヨハンは下肢に移動すると両親指でその蕾を広げ、
その薄く長い舌で入口を執拗に舐めまわした。


「…あ、…ああっっ!!!あぁ、ふぅ…っ、んんんっっ…!」


十代は枕に顔を埋め、
喘ぎっぱなしの口端からだらだらと流れる淫らなシミが布の色を変えていた。


汗などかくはずはないと思われるこの雪に閉ざされた空間で
二人はすでにこめかみや背中にしとどに水滴を垂らしていた。

丁寧に門渡りまで上下に何度も舌をなぞらせるヨハンに、
十代は我慢できずに無意識に腰を上下に揺らしている。


入り口が大分ふやけてくると、ヨハンは口の周りについた自分の唾液を拭いながら言った。

 

「十代……そろそろ、欲しい?」


「ヨハン………もう俺………限界……今すぐ……早く………」


ニヤ、と笑ったヨハンは十代の腰をしっかりと掴み、
双丘の割れ目に沿うように自分の屹立をあてがった。


「はやく………はやく…………」


焦らされる十代はふるふるを身を震わせ、今か今かと待ちわびえている。


「ずっとここに留まると、約束してくれる?」


「なっ………っ」


その言葉に驚いた十代が振り向こうにも、
ヨハンは体重をかけて組み敷いているので簡単にはいかなかった。


ヨハンが一突き、腰を動かす。


ただしその先はまだ蕾ではない。


「ひあ……………」

十代の秘部に、ヨハンの屹立の側面が擦りつけられる。


「俺と買い物して、一緒に食事して、家事もして……ドライブもして…
試合の時はついてきてくれる?」


「ず……ずるい………今そんなこと言うなんて……」


入り口だけにむずむずとした快感を与えられ、十代は涙目になっていた。


「うん………ずるいよな………わかってるよ」

 

「俺……ヨハンとずっと一緒にいる………!ここで………ずっと………」

 

「……………ありがとう」


「――――――――――――っ!!!」


先端が少しめくれた花弁に押し付けられたかと思うと、
その茎は一気に挿しこまれた。

一瞬息の止まる思いをした十代も、経験からすぐ深呼吸して受け入れやすい角度まで腰を高くする。


「………う…………」


ヨハンは根元まで咥えこまれると、絞られる快感にぶるりと身を震わせた。

いつだってこの瞬間だけは何物にも代えがたく、病み付きになってしまう。


十代の中を確かめるようにヨハンは腰でゆっくりと円を描き、
締り具合を確かめる。


「ふぁ……あ……ヨハン………何して………」


「ここは……まだ俺の形を覚えててくれてみたい」


「……も……バカ言ってないで………早く……しろよ………」


さっきまで渋っていたくせに、とヨハンは口には出さなかった。
愛しい人の望みを叶えるべく、その中に浅く、深く律動を加える。

 

顎先から落ちた雫が十代の背中に伝わった。


十代は、あぁ、とか、う、だとか呻いたり喘いだりして自分のいいように頂点へもっていく。

 

そう、何度も、何度も繰り返されてきた行為。
お互い、どこ、いつ、どのようにすればいいか知り尽くしていた。

 

肌がぶつかりあう音が部屋に響き、
その間隔は徐々に短くなっていく。

 

「十代………幼かった俺たちだけど……
愛し合ったあの時の時間は……けして無意味ではなかっただろう?
だから…怖がらなくていいんだよ………」

 


ヨハンの声も途切れ途切れに、
やがて絶頂を迎えた十代は意識を手放した。

 

 


疲れ果てた体は柔らかいベッドに沈み込み、
十代は本当に長い間眠り続けた。

 

その寝顔は、旅の果てにたどり着いた安息の地であるかのように穏やかで。

 

 

温かい毛布にくるまれ、隣には愛しそうに彼を眺める恋人がいた。

 

 

 

 


 

 


キーンと響くような冷たい朝がやってくる。

 

陽はまだ低いというのに、雪に反射した光が窓に差し込み十代のまぶたをくすぐった。

 


「ん…………」

 

起き上がると布団から肩が出、その寒さに震える。

傍にあったバスローブを着て、近くにあったニットの厚手のガウンを勝手に着た。

 


知らない部屋に、一人きり。

傍にいるであろう人は姿がなく、布団をなぜてみてもぬくもりすら残っていない。

 

まだ覚醒しきらない頭で十代はベッドを抜け出して家の中を歩き回った。

 

ダイニング、リビング、書斎らしき部屋、ガレージ…どこを探してもいない。
どうやら外出しているようだ。


どうしたものかと頭を掻いた十代は、
リビングの窓から遠く雪の中を歩くエメラルドの影を見つけた。


ヨハンだ。

 

何をどうしようというわけではない。
待っていればすぐ帰ってくるかもしれなかったが、
十代は深く考えず掛けてあった外套やズボンや靴を拝借して外へ出た。


扉を開けるとふわっと白い息が景色に溶ける。

 

道なき雪原を、ヨハンを目指して歩いてた。
一歩一歩が雪の中に大きく沈んで、なかなか思うようには進めない。

ただその目線はヨハンから外されることなく、まっすぐ向けられている。


急ぐ足並みもむなしく、
ヨハンは常緑樹林帯の近くで見えなくなってしまった。

 

それでも歩き続ける。

 

足先は冷たいのに、息が上がり、
マラソンを終えた後のように体の芯が暑い。

 

 

なんとかヨハンが消えた辺りまで辿りつくと、
目の前に突然大きな湖がひらけた。

 

「すげぇ…………」

 

その水面はすべて凍っている。


まるで一瞬で凍らされてしまったかのように、波の形に凹凸のある氷面。


山に囲まれたその湖はいろんな音を反響するように、耳の奥に届くキィーンとした音を鳴らしていた。

 

「音の正体は……これか」

 

遠くの山を見上げる。
灰色と空色が混ざった朝模様。


冷たい風が吹きぬけ、髪を揺らめかせた。

 

 


「………十代、何していんの」

 


湖畔にたたずんでいた十代に、驚いたヨハンが声を掛けた。

 

「散歩」

 

十代は景色に見とれたまま、視線を移さない。

 

「奇遇……俺の散歩コースなんだ。ここ。」

 

「………いい場所だな」

 

「うん。秋には紅葉がすばらしいよ。
何もかもが輝いて、人々の心を豊かにする。
夏はすごしやすいし、移民たちの季節ごとのパレードも楽しいぜ」

 

「そうだな………ここなら、やっていける気がする」

 

「十代………」

 

ヨハンは十代の手を取り、はぁ、と息を吹きかけた。


「手袋してこないと……霜焼けになっちまう」


そう言って自分の手袋を片方取り、十代にはめた。


裸のままの内側の手をつなぎ、一緒に白銀の山を見上げる。

 

「昨日のことは、気にしなくていいぜ。言ってくれただけで、十分。
十代はまた自由に飛べばいい。ちゃんとわかってるから」

 

「ヨハン…………」

 

「でもね、覚えていて。俺はいつだって十代のために住みよい家を用意しているから。
お前が疲れたら帰ってきたくなるような家をさ。
俺の願いは、十代の帰る場所になることなんだよ」

 

「………………」

 

「泣かないで……涙が凍ってしまう」

 

「ごめん…………でも、ありがとう」

 

ヨハンはいつだって、十代が一番欲しい言葉をくれる。

 


十代が旅をしているのは、帰る場所がないから。

 

 

「十代の涙は、いつも温かいな」

 

 

さぁ家に戻って、朝食をとろう。


特別なシロップを白いパンに塗って、バターも溶かして、
温かいココアと、ハムエッグと、サラダ。

 


そこは愛しい、愛しい我が家。

 



 

Home,sweet home.

 

'Mid pleasures and palaces though we may roam,
Be it ever so humble, There's no place like home.
A charm from the skies seems to hallow us there,
Which seek thro' the world, is ne'er met with elsewhere.
Home! home! sweet sweet home;
There's no place like home,
There's no place like home!

An exile from home splendor, dazzles in vain;
Oh! give me my lowly thatched cottage again;
The birds singing gaily, that came at my call:
Give me them with the Peace of mind, dearer than all.
Home, home. sweet, sweet, home!
There's no place like home,
There's no place like home.

 

楽しみながら、素晴らしい家々を訪れ、旅して歩くこともあろう。
しかし、たとえ粗末な家でも、我が家ほどの場所は他にない。
空の美しさが我が家では心を清めてくれる。

世界中で捜し求めたもの、それはけっしてどこか他の場所で出会えるものではないのだ。

我が家、
我が家よ、
温かい我が家よ、

我が家ほどの場所はない。

我が家ほどの場所はない。

 

我が家から離れ、華やかなものに目が眩んでしまった。
虚しいだけだった。

ああ、もう一度みすぼらしいわらぶきの田舎家を私にお与えください。
鳥は楽しげに歌い、私が呼べば来てくれた。

それらを私にお与えください。


何物にもまさる貴い心の安らぎと共に

我が家、
我が家よ、
温かい我が家よ


我が家ほどの場所はない。


ああ、我が家ほどの場所はない。

 

 

(讃美歌 第2編147番)


 

 

 

 


なぁ十代、世界で一番素敵な場所をみつけたら教えてくれよ?

 


なんで?

 


そこに俺たちの家を作るからに決まってんじゃん。

 

うーん、一つに絞れねぇよ……

 

じゃあ、たくさん建てよう。
それくらいの蓄えはあるし。プロランキング1位を舐めんなよ。

 


一年で周りきれるかな?

 

…そんなにあるのか?

 

バルセロナだろ、モナコだろ、エクアドルのキトもよかったし、リオだろ、
フランスのリヨンもいい街だったなぁ…

 

ちょ、待って待って

 

南アフリカの国立公園もよかったぜ、あとエジプトだろー

 

さすがにそんなには…

 

あとデンマークとー

 

デンマーク?なんで俺の国?

 

 

あ………

 

 

 

 

 


happy valentine,,,,,,,,,,☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 








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