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 第一章 「光の音に導かれて」




 日本には梅雨というものがある。 東アジア特有の気候だ。 スコールのようなものではなく、柔らかい雨粒が長い期間降り続く。

「“梅雨”という言葉に「梅」の字が使われているのはなぜですか?」

授業の流れをまったく無視して自分の質問を投げかけたのは、特待留学生4人のうちの一人だ。
「…アンデルセン君、発言するのは手をあげてからね」
教員の鮎川は諭すように微笑んだ。

「梅雨の語源については諸説あります、梅が実を結ぶ時期であるとか、『毎日雨が降る』の『毎』から『梅』があてられたという説……」

教壇に立ち説明しながらも、質問をした当人がすでに心ここにあらず、窓の外を見ていることに鮎川は内心苦笑した。
彼らが4月に留学編入してから2ヶ月がたつ。 緊張が解け、そろそろホームシックになるころだろうか。
他の3人に比べ少しナーバス気味な緑の瞳の生徒を、鮎川は心配に思った。






「あー この雨、1ヶ月以上続くってほんとかよ?」

授業が終わった後の教室で、ヨハンは机につっぷした。
「冷たい気団と暖かい気団がぶつかり、前線が発生する現象だな。母国にいる時事前学習で習わなかったのか」
次の移動教室の準備をしながらオブライエンが言った。

「あー 雨嫌だな〜〜〜〜〜」
人の話を聞くというのがあまり得意でないヨハンは恨めしそうに窓の外を見た。
「走り梅雨、梅雨の走り、迎え梅雨……日本人は梅雨にはかなり関心を持っているようだな。梅雨冷、荒梅雨、帰り梅雨、なんてのもあるな」
「へぇー!インタレスティング!俺にもその本読ませてくれよ」
向学心の強い他の3人に背を向け、ヨハンは分厚い雲の向こうにある太陽を思った。
ただでさえ日本の風景は味気ないのに、雨が降り注ぐとまるで廃墟のような気さえして、鬱々としてしまう。

灰色の街、 灰色の空。
日本に来て、まだまだいろんなところに行ったり、勉強したりしたいのに、どうもこの雨に挫かれてしまう。

午後には晴れるかな……?

遠くに見える雲の切れ間から、光の階段が見える。
何か気分の晴れるようなこと、ないかな……








午後の授業が終わり、終礼の挨拶が終わると、十代は勢いよく教室を飛び出した。

「あ!兄貴!!!今日掃除当番っすよ!!!!」
「悪いな翔!俺急ぐからよー!」
「兄貴ィ〜〜!!!ズルいっすー!!」

同級生の悲痛な叫びを後ろに、十代は廊下を猛ダッシュしていた。
目指しているのは屋上。彼がいつも昼休みに過ごす秘密の場所だ。
最近は雨ばかりで屋上に行けてなかったが、今日は午後から雨が上がったのでひさしぶりに昼寝をしていた。
どうやらそこで自分の一番大事なものを忘れて来たらしい。 授業中に気づいてからは気が気ではなく、階段を駆け上がり、立ち入り禁止の看板をまたぐ。
錆び付いたドアの前で少し息を整えた。
古くなった鍵は、ちょっとしたコツがあればすぐに開けれる。 入学したばかりだというのにこの新入生は学校にもう自分の場所を見つけているのだ。

「デッキ、濡れてなきゃいいけど……」

そう一人ごちてドアを押した。 夕方に屋上にくるなんてのは滅多にないことだ。
頬をかすめた6月の湿気を帯びた風は、 雨のせいか少しひんやりしていた。 今にも雨を落としそうな雲が、紫色に染まっている。その隙間を、夕暮れの緋色の光が縫うように街を照らしていた。
屋上から見ると、まるで下界を見ているようななんとも幻想的な光景だ。

「……?」
誰もいないはずの屋上に誰かいる。 十代は目を細めた。
自分とは違う白い制服に通された長い手足、翠色の髪が緋色に透けて、輝いていた。 西からのオレンジがその輪郭をかたどって金糸のようだ。

あらゆる色が鮮やかに目に飛び込んで来て、十代は息を飲んだ。
その生徒がこっちに近づいているのに、一歩も動く事が出来ない。 幽玄なその風景の虜になって、その場に釘付けになった。

眼の前に立った恐ろしく綺麗な青年が口を開いた。
「これ君の?」
そう言って、見慣れた自分のデッキホルダーを差し出された。
「あ……ああ」
驚いて間抜けな返答しかできない。 ありがとう、とか、どうして屋上に、とかいろいろあったのに。
「君、カードゲームやってるんだね。俺もやってるんだ」
その言葉に俺は弾かれたように口を開いた。
「そうなのか!? じゃあ、今度決闘しようぜ!」
「ああ」
そう言って青年はニッコリと笑った。 透けたまつ毛が、目元で細やかに瞬く。
「いつも昼休みにここにいるから」
「そう。俺はヨハン。よろしくな」
「俺は遊城十代!」
「十代か」
そう言ってヨハンは手を差し出した。 握手だ。 握手なんてしたことのなかった十代は、照れくさそうにおずおずとその手を握った。
「じゃあな」
そう言うとヨハンは屋上を後にした。

一体、屋上で何をしていたんだろう?
少し冷たい、ヨハンの手。
その感触もすぐに消えてしまった。

まだ蒸し暑い六月の出会いだった。


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第二章 「高鳴るは胸の鼓動」



 「なあ、ヨハンて奴……知ってる?」

十代のささやかな質問に、隣の席の丸藤翔が唖然としたのは次の日のことだ。
「知ってるって兄貴……、ヨハン君を知らない生徒なんていないッスよ!」
「え、そんなに有名なのかよ?」
翔は入学してからその器に惚れ、自分の兄貴分と認めたことを後悔しだしていた。
「有名もなにも…始業式でみんなの前で紹介されてたじゃないッスか。特待留学生として、3年間僕たちの同級生ッスよ。4人だけ白い制服なんでめちゃくちゃ目立ってるのに……」
「ああ、それで白ランなのか」
「フン、白ランなんて下品極まりない。この万丈目サンダー様には黒が似合うのだ!」
「負け惜しみだね、万丈目くん」
「万丈目、さん、だ!!!何回言ったらわかるんだ!」

なんだかんだで いつものややこしいメンバーが集まってくる。
「で?他の3人は?」
脱線しがちな本題をなんとか十代が戻した。

「えーと、ヨハン君がA、オブライエン君がB、アモン君がC、ジム君がD組っす。といっても、4人だけの別教室もあるし、特別授業とかもあって、クラスの授業は半分くらいしか出てないらしいっす」
「へぇ、日本語の授業、わかんのかよ?」
「日本語が堪能であることが留学の最低条件なのよ」
さりげなくフォローを入れるのは、青のブレザーをかっちりと着こなす、天上院明日香である。
「ふーん。頭いいのな。で、なんで俺たちのE組にはいないんだ?落ちこぼれクラスだから?」
「落ちこぼれは貴様だろっっ!!!!」
サンダーが十代を上から怒鳴る。
「まぁこの前のテストはアレだったけどよ〜〜それだけだぜ?」
「それだけで充分だっっっ!!!」
無意識にさらに油をそそぐ十代を見かねた翔は話題をすり替える作戦を決行した。

「でもなんでそんなこと気にするんすか?」
十代には悪いが、エリートコースまっしぐらのヨハンとただの一生徒である兄貴とじゃ、どこをどうとっても結びつかない。 
「いや、どんな奴かな〜と思って」
「あの4人、女子の間じゃかなり人気よ。来てまだ2ヶ月なのに、ファンクラブとか親衛隊が出来たって…」
「うへえ、なにそれ」
苦手な話になりそうだったので十代はゲーッっと唸った。 せっかく見つけたカードゲーム友達がちゃらちゃらした奴だったら嫌だな…… 昨日の感じじゃそんな風に見えなかったけど、たしかにモテそうといえばそうだ。

「俺は天上院君のファンクラブを作るっっ!!!」
「あ、それ、僕も入りたいッス!!!」
「馬鹿なこと言ってないで、勉強しなさい」
明日香がぴしゃりと言い放ったところでチャイムが鳴り、おのおの席へ散らばっていく。
十代は窓の外を見た。 今日は晴れだ。 屋上に行ける。
果たして本当にくるだろうか……?

制服のポケットに入れた自分のデッキを軽く握った。





4人だけのために設けられた「海外文化交流研究室」という教室が校舎の3階の外れにあるが、一般の生徒が訪れることは滅多にない。

教室の半分くらいの広さで、生徒分の机4脚に黒板と教卓がある。後のロッカーやあまったスペースは留学生たちが自由に私物をおいてもいいことになっており、優遇されているだけあって居心地がいいものになっていた。


大人びた4人の中でもいつも話題を持ちかけるのはヨハンである。
「なあ、ユウ……遊城、ジュウ…代?て奴クラスにいる?」
基本的にアモンもオブライエンも、耳を傾けるだけで、返事をするのはジムがいない時が多い。
「十代だな、彼はEクラスだぜ。知らなかったのか?」
「?どういうことだ?……有名なのか?」
「オー、アンビリーバボー、少なくとも俺は彼と決闘できるのを楽しみに、この国に来たと言っても過言じゃないぜ」
「へぇ……」
 知り合って2ヶ月も経つけど、お互いまだ知らないこともたくさんあるもんだ。
「これを見ろ」
そう言って愛想のかけらもないオブライエンがヨハンの机の上に雑誌を投げた。
「お!デュエルマガジンじゃねーか。日本版?」
本国では再編集されたEU版を毎号買っていた。
「一番後ろのページだ」
「……??俺、漢字読めねーんだけど」
そう言いつつもヨハンはページをめくった。
「どれ?」
「これだ」
そう言ってアモンがある箇所を指差した。
「…えーっと、遊ぶ……?じょう……?」
「それで『ゆうき』と読む」
「へぇー、訓読みとかまだわかんねーや。あ、『十』はわかるな」
漢字の読み取りに忙しいヨハンは目的を失いかけていた。
「遊城十代は日本のランキング1位だ。ちなみに俺は北アメリカ1位だ」
「え!そーなの!!?」
「君ほどの決闘者が知らない方が驚きだよ。ちなみに僕は中央アジア1位さ、フッ」
「俺あんま他人に関心ないし……」
気軽に決闘の約束を交わした人物の名前が、雑誌の一番上の欄に、確かに書かれている。
「ヨハン、まさかそのジャパンのチャンプと知り合いなのか?ちなみに俺はオーストラリアのナンバー1だけど!」
「え……」
知り合いというか…… 気まぐれに行ってみた屋上でたまたま会っただけなのだが。
「もし知り合いだったら紹介してくれよ。今度の大会で闘う前に是非手合わせ願いたいものだ」

そうか…… 今度の大会、俺も出るし彼も出る。
デュエルモンスターズの中心である日本のチャンピオンだ。相当強いだろう。その手のうちを今から知っておけるなんて、大きなチャンスに違いない。
「いや、知らないぜ。名前を聞いたからひっかかっただけ。日本チャンピオンとはな〜〜〜通りで聞き覚えがあるはずだぜ〜〜〜」
かなり嘘くさい台詞をみんなが信じたかはわからないが、一応その場は治まった。

「トゥーバッド!残念!でも俺、彼を見かけたらすぐ決闘を申し込むぜ!」
「ジム、学校で決闘するならバレないようにするんだ。校則では禁止なのだからな」
諭すオブライエンも、十代と決闘する気満々のようだ。
ヨハンはみんなにすまない気持ちなぞこれっぽっちもなく、自分の幸運に感謝していた。

決闘王である武藤遊戯、デュエルモンスターズの発展を担ったKCの社長である海馬瀬人が通っていた童実野高校である。 自然と入学希望者も決闘者やファンが多く、学校の至る所でデュエルモンスターズが繰り広げられる事態となってしまった。
困り果てた学校側はデュエルディスクの持ち込みを禁止し、カードも見つかれば没収するという対応を取ったのだ。 これを受けてKCやアメリカのII社では、決闘者を育成する学校を作る話が進んでいるのだが、それはまだ一般には知られていない。

「遊城……十代か。楽しみだな」
窓の外は晴れ。 今日は雨は降ってくれるなと、いつもより強くヨハンは願うのだった。




「はい。やるよ」
そう言って差し出されたパンを、ヨハンは受け取った。
「ありがとな!うまそーだぜ!」
「購買のパンは全部食べたけど、エピフライパンが一番うまいぜ」
「購買かー、まだ行ったことないな」
「え!本当か!?」
「いつもは寮に戻って食べてるんだ。寮のおばちゃんが用意してくれたやつ」
「へえー じゃあ食ってから来いよ。おばちゃんに悪いだろ」
「今日はいいって言っておいた」
だからって何も食べないつもりだったのかよ……

二人は昨日の約束通り屋上で会った。 十代はいつもここで昼ご飯を食べつつ、デッキを組んだり、マンガを読んだりして過ごす。
昼メシはどうしたとヨハンに聞いたら何もないと言うので、内心泣きそうになりながら断腸の思いでエピフライパンをあげた。
「明日はなんか持ってこいよな」
「え!明日も来ていいの?」
「別に屋上は俺のもんてわけでもないしさ……」
ヨハンがあまりに嬉しそうなので、意味もなく照れてしまう。
「それ、飲んでもいい?」
そう言ってヨハンが腰掛けた二人の間にあるマミーを指さした。
「おー、いいぜ」
「サンキュー」
なんの躊躇もなく十代が口をつけたストローを使う。
「何これ…甘い……」
「マミーだから甘いに決まってるだろ。飲んだの初めてか?」
「うん。美味しいな」
「これも購買の自販機で売ってるぜ。余ったらやるよ」
「いいのか!? ありがとう!!!」
「…………」
外国人て、こうもオーバーリアクションなのか? 表情のくるくる動くヨハンに十代も楽しくなってきてしまう。
あまりに自然な会話に、ずっと前から友達だったような感覚になった。
「俺さ、決闘王の武藤遊戯に憧れてこの学校に来たんだ。絶対留学するって、両親の反対押し切ってさ」
「へー!俺と一緒だな!ま、俺の場合隣町だけど…… 入試もギリギリだったし、110位」
苦笑する十代を見て、でもデュエルモンスターズでは1位なんだろ、とヨハンは心の中で思った。
「あー、デュエルばっかりしていい学校があればなー。俺なんて、今日まで3回もデッキ見つかってトイレ掃除させられたぜ」
そう愚痴る十代にヨハンは吹き出した。 チャンピオンも楽じゃないな、と。
「なんだよー笑うなよ」
「ごめんごめん。今度は俺も一緒に掃除してやるよ」
「え……いいよ別に…悪いぜ」
十代は十代で、ヨハンのかなり気さくな感じに好感をもっていた。
「亀のゲーム屋はもう行った?」
「亀のゲーム屋って……まだあるのか!?」
「あるんだなーこれが。すっげー運のいい時は、遊戯さんが店番してる時もあるぜ!」
「まじかよ…スゴすぎるぜ……」
「行きたいなら今度連れてってやるよ」
「ほんとか!? 日本に来てよかったーーー!!!!」

……とまあこんな感じで会話に夢中になりすぎて決闘を始めようとデッキをカットしてる時にチャイムが鳴った。
「うわ!やべえ!遅れちまう!」
急いで立ち上がる二人。 階段を下りればすぐに別々になる。
別れ際にヨハンは言った。
「十代!」

知り合って、記憶したばかりの声で名前を呼ばれ振り返る十代。

「俺と会ってる事、秘密にしておいてほしい。いいかな?」
「…………?いいけど、別に」
「そっか!ありがとう!また明日な!」
前が開きっぱなしの白ランをたなびかせて、ヨハンは廊下を走っていった。
しばらく見送っていた十代も、意識をとりもどし慌てて自分の教室へもどった。

なんで秘密なんだろう……屋上が立ち入り禁止だから?
俺みたいな不真面目な奴と一緒って思われたくないのかな? まぁ別にいいけど。


 




めずらしく授業に遅れて来たヨハンは教師に注意されてもヘラヘラしていて、他三名に気味悪がられていた。
授業が終わり、ヨハンが飲んでる飲み物に注目が集まる。
教室にはティーセットも、コーヒーメーカーも完備されているからだ。

「ヨハン、それはなんだ?」
不思議そうにジムが寄って来た。
「知らねえの?マミーだよマミー。あげないからな」
「ちぇー」
「今度買って来てやるから。なっ♪」

最近は目に見えるほど機嫌が悪く、無気力にさえ見えたヨハンの雰囲気が明らかに変わったことに誰でも気がついた。

翌日、目立ちすぎる4人が食堂の自販機でマミーを買って行ったことが生徒の間で話題になっていたという…。






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第三章 「咲くのは光の輪」


出会ってから俺と十代は毎日屋上で昼休みを過ごすようになっていた。 あの日から軌跡的に雨は降っていない。 アモン曰く「梅雨の中休み」と言うらしい。

決闘したり、ただ喋ったり、アスファルトの影で昼寝して、二人で寝坊した時もあった。
他の3人や先生も、俺が沈んでた時よりもっと心配してるみたいだ。
でも、俺はわかってる。 今のほうが俺らしい。 毎日が楽しくて、勉強もめちゃくちゃはかどるんだ。
留学生以外のクラスメイトとも仲はいいけど、十代だけがどんどん特別になっていた。

時々日本語を教えてくれるのが嬉しい。
この前は「ガッチャ」って言う言葉を教えてくれたぜ。 挨拶みたいなもんらしい。

決闘もやっぱり一筋縄ではいかない。 俺は自分の手の内をさらさないために、天使族のデッキでいつも闘うんだけど、勝率は……低い。
十代のヒーローデッキはよく回るし、小細工が通用しないくらい強引に押し切られる時もある。 手札の消費が激しいのは狙いどころだな。
決闘しながら俺はデッキの対策を立てるけど、黙ってるのもだんだん後ろめたくなってきた。 他の3人にも晒したことはないけど…十代になら俺の宝玉獣デッキを見せてもいい。
そりゃ大会では勝ちたいけど、お互いフェアに、全力で闘いたいって気持ちが最近強いんだ。

昼休みという限られた時間だけしか会えないけれど、決闘を重ねるごとに、遊城十代という人物が手に取るようにわかる。 明るくて、前向きで、最後まで諦めない。 素直で、純粋で、どうにも惹き付けられる。
教室での彼は知らないけど、きっと多くの友人に囲まれていることだろう。
浅く広く、他人には深く関わらない俺が、誰かのことをもっと知りたいと思うなんてさ。

「俺、ずっと気になってたんだけど」
「? なにを?」
「初めて会ったとき……、ヨハンここで何してたんだ?」
十代に言われて、振り返ってみる。 10日もたたない最近のことだ。
「えーとあの時は確か……」
考え込むヨハンを十代が横から覗き込む。 顔が近いと思いつつも嫌じゃないので指摘しないでおいた。
「ああ、思い出した! 虹だ!」
「虹?」
「あの日は午後から雨が上がっただろ?だから虹でも見えないかなーって」
今考えるとかなり幼稚な行動だ。 虹が見たいなんて。 よっぽどナーバスになってたんだろうな。
照れ隠しに笑ってみる。
「ふーん、虹か。ちょっと待てよ……」
そう言って十代は制服のポケットに手をつっこんだ。
俺の少ない経験から言うと、十代のポケットには色んなものが入ってる。 カッターやドライバー、カードのプロテクターからデュエルに使うコイン、おはじき、鉛筆、ちぎった消しゴム……etc

「あーあったあった。いいものやるよ」
「???」
一体何が出てくるのかと俺は首をかしげた。 ぼとっと俺の手の中に落とされたのは、形の良い石だった。
大きさの割にはずっしりと重い。半透明の白い石。 キレイな楕円にカットされている。
「それで、覗いてみろよ」
得意げに十代が言うので言われるまま従った。
「…………おお!!!!すごいな!!!」
注意深く片目をつぶる。 その石を通して見た風景は、あらゆる角度から虹色の光を反射していた。
「プリズムってやつだ。虹とは見劣りするけど、虹が見たくなったらそれを使えばいいぜ」
そう言って子供っぽい笑顔で笑う十代から、俺はなぜか目をそらせなくなった。
まるで一枚の写真みたいにその場面が切り取られて、目の奥に焼き付く。

教室から帰る廊下で、何度も立ち止まっては手の中のプリズムを見た。
その度に、心臓の音が少しうるさい。
教室に戻ったら顔が赤いとかって保健室に行けと言われてしまった。
でもそのまま保健室には行く気になれなくて、また屋上へ行った。
十代のいない屋上。
またプリズムを透かしてみる。

虹だって、このプリズムだって、光がなければ輝くことはできない。

眩しい人。
太陽みたいに、俺を温めてくれる人。

手の中のプリズムに軽くキスをして、俺は一人で照れていた。






「兄貴〜もう授業終わったっすよ。いつまで寝てるんスかー」
そういって翔に揺り起こされ、俺は眠い目を擦った。
「ふぁ……?授業、終わっちまったのか?」
「のんきだな〜クロノス先生、すごい睨んでたよ」
あくびをしながら、背筋をのばす。
「だいたいなぁ、なんでうちの学校だけイタリア語の授業があるんだよ」
「う〜ん……なんでだろう? それより兄貴ぃ〜、今度の遠足楽しみだね!」
「遠足……? あ、」

話す翔越しに、ヨハンが廊下を歩いてるのが見えた。 例の留学生3人も一緒だ。
廊下でたむろしている生徒たちは嫌でも目立つヨハンたちに視線を送っている。 数人のクラスメイトも引き連れてたりで軽く人ごみになってた。
まさかこっちに気付かないだろうと思っていたけど、ヨハンがふいにこっちを向いて控えめに手を振った。 ウインクつきで。
俺には到底出来ない仕草だけど、外国人、つーかヨハンがやると妙に様になっている。 俺とヨハンが屋上で毎日遊んでいるのは内緒だけど、たまに廊下なんかで会うと、今みたいにいたずらっぽく目配せしてくる。

「兄貴ー?どうしたんスか?」
「いやなんでもない」
そう言って廊下から視線を外す。
「遠足、同じ班になろうね兄貴!海馬ランドなんて楽しみっス〜!」
「え……?!遠足、海馬ランドなのか?」
遠足なんてたいがい観光とか山登りとかそんなのだろうと想像していた俺は、急に気持ちが跳ね上がった。
海馬ランドなんて俺が一番好きな遊園地じゃないか!

「もー朝先生が言ってたじゃないスか。1年生は毎年海馬ランドに行くんス。ここだけの話、海馬瀬人が無料招待してくれてるらしいっすよ〜デュエル禁止にしといて、安い話には弱いんスねー先生たち」
「それって班行動?」
「そうッス。でも園外に出なければいいらしいッスから、みんな結構自由に友達とまわれるみたいッスよ」
「へぇ……」
そこまで聞いて、俺の頭にまっさきにヨハンが浮かんだ。 ヨハンと海馬ランドをまわったら…… めちゃくちゃ楽しそうな気がする。

会って間もない俺たちだけど、気が合うっていうか似てるっていうか……
感覚も感性も本当に近くて、一緒にいててとても楽で、昼休みだけじゃ話したいことが足りないって最近思う。
同じクラスだったら、とかヨハンが寮じゃなければ、とか何度思ったことだろう。
今日の昼、遠足はどうするのか聞いてみよう。







移動教室から戻った俺たちの話題は今度実地される「えんそく」って行事についてだ。
「えんそく?って何?課外授業?レポート何枚?」
俺は眉根をよせて嫌そうに言った。 勉強は嫌いじゃないけど、課題が増えるのはあまり歓迎できない。
「レポートの提出はない。現地集合、現地解散だ」
めずらしくオブライエンが応える。
「へ? 行って何するんだ?」
遠足の全体像がわからない俺がさらに疑問を投げる。
「集合場所で出欠確認、あとは班行動、解散は午後3時。帰ってもいいし、その場に留まってもいい」
「えーー?そんな授業聞いたことないぜ。それってさ、なんだか……」
「遊びに行くみたいだよな!」
楽しそうに俺の言葉を続けるジム。 彼は基本的に何事も楽しんで取り組める特殊効果を持ってる。
「だよなー」
俺の机に腰掛けるジムと目を合わせてウシシと笑い合った。
「行き先は海馬ランドだ」
「ほらあ!!!完璧遊びじゃないか!!」
「ジャパンのハイスクールはファンタスティックだぜー!!!」
はしゃぐ俺とジム二人。
無表情なオブライエンも、穏やかな笑みをたたえるアモンも、隠したってわかるぜ。
俺たちって根っからのカード馬鹿だ。 決闘者なんだぜ? 海馬ランドと聞いて浮かれないはずがない!!!

班行動か〜〜〜〜〜〜クラスの誰とまわろうかな〜〜〜〜〜
考える俺の脳裏に十代が浮かんだ。 無意識にポケットの中のプリズムを触る。 十代とまわれたら面白そうだけど…………

十代とまわれば、 3人にバレて、その場で決闘始まる、 閉園時間、楽しい遠足ジ・エンド…。
いくらなんでも海馬ランドで決闘しても教師は怒らないだろう。
この3人以外にも、十代と決闘したがっている奴がどれくらいいるのかも未知数だ。 決闘すれば誰だって十代のすばらしさに気づく。一躍有名人になったりして……

いや、今は表立ってないだけなのか??
十代のいいところは、俺だけが知っていればいいのに。
明るい笑顔も、優しい気持ちも、俺だけに注がれればいい。
特にこの3人は要注意だ。 こいつらが十代を好きになったら俺だって勝てるかどうか……

そこまで思考を巡らせて、はたと俺は止まった。
好き!? 好きってなんだ! こいつらが十代を好きになったからって俺がどう思うんだ!
そもそも男同士だし…… いや他の国では男同士でも割と一般的だけど、ここは日本だし…… でもこいつら、そんなの全然気にしそうにないし……

当日はこの3人をマークしておいたほうが無難かもしれない……

ぐるぐると思考を巡らせていた俺がその答えに至った時、次の授業はもう中盤にさしかかっていた。
俺はもう、大会のアドバンテージがどうとかすっかり頭になく、十代を独り占めすることしか考えてなかった。
薄々感づいてる。 自分の気持ちを……
でもなんとなく気づかないでいたい。すばらしい友情のために。
今は屋上での時間を大切にしたいんだ。






やきそばパンとブリックのコーヒー牛乳を持って、いつものように俺は浮かれ気分で屋上に行った。
この前寮の昼ご飯を断って何を食べてるんだと、おばちゃんに聞かれたので素直に答えたら小言を言われた。 おばちゃんには悪いが、屋上で気のいい友人と食べる昼ご飯は、どんな料理より美味いんだぜ。

屋上では十代が座り込んでデッキとにらめっこしていた。
あーでもないこーでもないとカードを振り分けている。
「お、デッキ崩すのか?」
覗きこむ俺に十代が振り返る。
「いや、サポートカード増やそうと思ってさ。何がいいと思う?」
「う〜んそうだなあ」
十代の背中にのしかかってデッキを確かめる。
「重い! 重いって!ヨハン!!!!」
「何がいいかな〜〜〜〜」
聞こえないふりをして俺は全体重をかける。もちろんすでに両足は浮いていた。
「ぐぎぎぎ……パンがつぶれる……」
「あ、ワリィ!! 俺のエビフライパン、大丈夫?」
「俺のだって!!!」
こんなやり取りはもう挨拶代わりみたいなもんで。 その日もいつものように楽しく過ごせると俺は思っていた。

昼飯を腹に入れたあと、屋上のフェンスによっかかりながら他愛のない話をしていると ふいに十代が話題を変える。
「ヨハン…あのさ」
なんだかあらたまった感じだったので俺も少し注意深くなった。
「今度の遠足、一緒にまわらないか?」
「え………」
まさか十代に誘われるとは思ってなかったので、俺は驚いた。
だからってわけじゃないけど……上手く断る文句一つ用意してなかったんだ。

「あー……」

口ごもる俺。 これはさ、俺と二人でまわろうってことだよな? よけいな工作せずに、素直に十代と過ごしたほうがいいか…… 俺の頭の中でカタカタと計算機が音をたてる。
「やっぱクラスの奴とまわるよな?ごめん。変なこと言って」
「いや……その」
フル回転する計算機はまだ答えを出さない。
「知らない奴に誘われて困ってたから、ヨハンがまわってくれたら嬉しかったんだけど……」

カタ、とそこで計算は止まった。
「知らない奴って……誰?」
「ヨハンと一緒の奴だよ。えーっとジム?だっけ、背の高い…… あと、オ…オブ……」
「オブライエン?」
「確かそんな名前だったな。あとメガネかけたやつ。デュエルは強いみたいだけど、あんまり話した事ないしさー」
そこまで聞いて俺の計算機はボーンと壊れた。
あいつら……ちゃっかり抜け駆けかよ!!!!! いやそれは俺も同じだけど……

予想もしてなかった事態に、俺はあせり出した。
出来るだけ冷静に……できたらよかったんだけど。
「だめだ!あいつらは駄目!あいつらとは俺がまわるから十代はクラスの奴とまわれよ」

頭ごなしに言ったのが悪かった。 って5分後の俺は思うんだけど、口から発してしまってからではすべて遅い。
「は? なんでヨハンがそんなこと決めるんだよ?ヨハンは俺とまわらないんだから、俺が誰とまわろうが勝手だろ!」
お互い声が荒くなってくる。 こんな言い合いになったのは初めてだった。

「駄目と言ったら駄目なんだ。とにかく駄目!」
「そんなんで納得できるかよ!留学生同士仲良くしたいならそう言えばいい」
「そんなんじゃない」
「じゃあなんだよ!!!わかるように説明しろよ…………!!」

言う事を聞かないその口が憎い。
「いいんだな!?言っていいんだな?」
「……!言えよ!!!!」

俺も完全に頭に血が登っていた。
すぐ手の届くところにあった十代の襟を乱暴に掴み、フェンスがきしむ音が響いた。




 




なんだかよくわからないうちにヨハンと口論になってしまった。
遠足でヨハンがやっぱり留学生たちと行動するつもりだったことがわかって、がっかりしたのもあった。
でもそれってなんかおかしくないか? 他の3人は俺を誘ってるのに、ヨハンは俺とはまわらないって……
それって、やっぱり俺と一緒にいるところをみんなに見られたくないから?
俺といると恥ずかしい?
俺が成績悪いから?
だからずっと秘密なのか?

ヨハンが成績や体裁を気にする奴じゃないってことは一緒にいてすぐわかった。 それがよけいに疑問を深める。
頭に来て問いただす俺の胸ぐらを、ヨハンが掴んだ。 押し付けられたフェンスが少し沈む。

殴られる……!!!

そう思って堅く目をつぶった。 でも、頬を殴られたわけでも、腹を蹴られたわけでもない。

口元に生温かい感触。

「……!?!?」

訳のわからない俺は目を大きく見開き、白黒させた。

キス……?!

じたばたともがき、やっと離れる瞬間、ヨハンの舌が俺の上唇を舐めた。

「俺が十代を独り占めしたいんだ」

切なそうなヨハンの顔が視界を通り過ぎたが、
俺は全速力で屋上を後にしていた。




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第四章 「答えは空の上」


いつもなら予鈴が鳴っても戻って来ず、午後の授業の本鈴ぎりぎり、遅れることもあるヨハンが今日はえらく早く帰って来た。
乱暴に引かれたドアが、また乱暴に閉まる。

「おいおい……ヨハン、どーしたんだ?」
ヨハンの様子に驚いたジムが声をかけた。
それが引き金を引いた。

「お前等なあぁ!抜け駆けしてんじゃねえーよ!!!遊城十代はなー そろいも揃ってお前等に声かけられて困ってたぞ!! クラスメイトとまわるって言ってたからもう声かけんな!」
「……てことは、ヨハンお前も彼を誘ったんだな?」
「うるせえ!!!当日はなー俺の宝玉デッキでのしてやるから覚悟しろよ!!!!」
そう言い放つと机につっぷして背を向けてしまった。 もう話しかけるな、という意味だ。

「……?なんだ?ヒステリーか?」
「今は声をかけないほうが賢明だろうな」
他の3人は呆れ気味に言った。 ヨハンの感情の起伏が激しいことはもうめずらしくない。
「今の聞いたか?自分から宝玉デッキ見せてくれるって言ったぜ?これは楽しみだな!!!」
ジムの意見は他の2人も同意した。

ヤケになったヨハンが貼った予防線通り、他の3人の興味はヨハンのデッキに移ったようである。 一方ヨハンは自分のしたことの後悔に包まれていた。
思い返すのもはばかれる。 今は何も考えられない。

窓に切り取られた外の風景は灰色一色だ。
また雨が降り出しそうだった。





屋上から出た俺は階段を駆け下り、人をかき分け足早に歩いた。
どこへ行くのか? それはわからない。
とりあえず誰もいないところ。 ヨハンのいないところ。

鈍感な俺でも考えなくちゃいけない時がある。 考えごとをする時こそ屋上なのだけど、今は無理だ。
予鈴がなり、本鈴が鳴る。
授業なんて受ける気分じゃなかったので結局保健室に行った。
保険医の大徳寺先生はなぜか問題児の俺を一目置いていてくれて、何かと便宜を図ってくれる。
今日も何も言わず、ベッドを貸してくれた。
学ランを脱ぎ、ベッドに横になる。とても眠れそうにないが、目だけ閉じた。

さっきの出来事を反芻してみる。
一瞬にして焼き付いたヨハンの表情。 あんな顔を見たのは初めてだ。
それにキ…………
思い出す俺の心境は複雑だ。 だって…初めてだったんだぜ。 それがあんなわけのわからないうちに奪われてしまった。
挨拶のキス……じゃ、ないよな〜〜 どう考えても。 つまりヨハンは俺とあの3人がまわることを怒ってたわけで…… 俺と海馬ランドをまわるのを断ってまで阻止しようとしてたってことだよな。

その心は…… 『秘めた心』

ヨハンは、俺にその気持ちを打ち明けるつもりはなかったんだろう。
無理矢理暴いたのは俺……
俺が自分で壊してしまったのか。

ヨハンの気持ちには応えることはできない。 もうあの屋上での時間は、失われてしまった……

「はぁ……」
大きくため息をはいて、俺は布団を被りなおした。

ふと雨の音に気づく。

雨か……ひさしぶりだな」
「十代君、何か言ったにゃ?」
カーテンのうすい影が動いて先生が話しかけた。
「いや、なんでもないぜ。先生」

明日も降ればいい。 そうしたら屋上に行けないから。
 降り続けばいい。
またいつの日かヨハンと楽しく決闘できる日まで……






次の日も朝からずっと雨だ。 俺は密かにほっとしていた。 今日はヨハンと会わなくてすむ。
ヨハンも今日は寮にもどっているだろう。
「兄貴、昼休みに教室にいるなんてめずらしいっすね!」
「あー、まぁ。たまにはな」
「万丈目君から海馬ランドのガイドブック借りてきたから見ようよー」
「んー…ああ」
今はあまりノリ気になれなかったが、特にやることもないので、楽しそうにアトラクションを解説する翔にうなずいていた。
「最初にデュエルスタジアム行って、順番予約してー、あーブルーアイズのコースターも人気っすからね。どうしよう」
「お、翔もデッキ持ってくるんだよな?デュエルしようぜー」
「もちろんッスよ!!!兄貴とデュエルなんて楽しみだなぁ!やっぱりソリッドビジョンだと迫力が違うッスよね!」

そうそう、 ヨハンと決闘したかったんだよな。ソリッドビジョンで。 ヨハンとは何回も決闘したけど、なんかしっくりこないっていうか、 違和感がある。 あのデッキはメインデッキじゃない、とすら思う。
伏せカード、読まれてると思うのにわざとひっかかったり。俺の戦術を試してる風がある。
かといって対策をしてくるわけでもない。 疑問に思ってはいたけど聞かないでいた。
決闘は決闘だ。  その勝負がすべて。
いつかヨハンが全力で俺と決闘すれば、言葉を介さなくてもわかり合えるだろう。 そう思って…… デュエルリングでやれば……なんて、のんきに考えてたんだよな。

「兄貴?もう、聞いてるっすか?」
いつのまにか独り言をくりひろげるハメになった翔が頬を膨らませていた。
「え、あ、ごめん翔」
「ごめんじゃないっすよー!」
翔をなだめながら俺は窓の方を見た。 空は暗く、雨粒が壁肌を伝ってゆっくりと流れている。
「なぁ、明日も雨か?」
「確かずーっと雨っスよ。明日も、あさっても、やのあさっても。来週の遠足の日は晴れてほしいッスねー」
「そうだな…………」

その時の俺の心境を現す言葉はとても見つかりそうになかった。








梅雨は息を吹き返したかのように攻防を繰り広げ、前線は活発に働きつつ、めでたく列島に停滞している。
ましになることもあったが、それでも雨は何日も降り続いた。

それが何を意味するかって、ずっと屋上に行ってないってこと。
それが何を意味するかって、ずっとヨハンに会ってないってこと。 あれ、あの、キス以来。

『俺はずっと友達でいたい』
そう伝えようにもタイミングを逃している。 雨を言い訳にしてはのばしのばししている毎日だ。
俺らしくないのはわかってる。 言いにくったって言わなければ。 なのに踏み出せないのは、ヨハンのあんな顔を見たくないからだ。 あの日から瞼の奥に焼き付いてる。

遠足の前日だった。 昼休み。
俺は購買から教室に戻る途中で。 目立つ白い制服、反対側の渡り廊下を歩くヨハンを見つけた。

そっちは……屋上に行く階段があるほうだ。
まさか。 まさかな。 今日だってじゃんじゃん雨降ってるし。
そう思いつつも俺の足は自然と屋上へ向かっていた。
柱の影から覗き見たりして、ストーカーかよ……

「やあ十代君、三年生の階にいるなんてめずらしいね」
急に背後から話しかけられて俺は飛び上がった。
「吹雪さん!」
おそるおそる振り返ると、吹雪さんとカイザーがいた。
吹雪さんは明日香の兄貴で、しょっちゅう俺のクラスにやってくる。 明日香に用事があるふうに装っているが、単に下級生にキャーキャー言われたいだけだって明日香が愚痴ってた。
カイザーは翔の兄貴で、何度か話したことがある。
三年生の首席、模範生としてカイザーもヨハンたちと一緒で白ランだ。 吹雪さんも白ランだけど……これといった理由はわからない。

「今屋上に上がって行ったの、留学生のヨハン君だよね?」
「た…たぶん」
かなり挙動不審な俺。
「物好きだよねえ彼、雨の屋上なんてさ。最近毎日見かけるよ」
「え……!?毎日? 雨の日も?」
俺がいない日でも来てるってことか……!?
「ねえ、亮?」
「ああ、俺も何回か見た。屋上には鍵がかかっているはずだがな」
「十代君は、ワケを知ってるのかな〜?」
この 笑顔につられてしまってはいけない。
「俺は知らないぜ。たまたまここを通っただけだから」
「1年生の教室は2階なのに?あ、ひょっとして僕に会いに来てくれたのかな??」
「…………」
「あれー?十代君?」
急に考えこんでしまった十代に、やれやれとカイザーと吹雪は苦笑した。

ヨハン、雨の日でも屋上に来てたのか。
俺を待って……… 俺と仲直りしたくて?
「吹雪さん!!」
「な、なんだい十代君」
急に大声を出した十代に吹雪も少し驚いた。

「友達を好きになってしまったとして……それが叶わなくったって、また友達にもどれるよな?」
「………………」
なんの脈絡もない質問に吹雪もカイザーも唖然とした。
妹と弟の同級生で、日本のランキング保持者だが未だつかみどころがない。
「十代君、それってまさか明日香のことじゃないよね?」
「違うって!」
「そう。ならまあ答えてあげるよ。この愛の伝導師、JOINが!!」
期待を隠すことのできない十代は唾を飲み込んだ。
答えはもちろん、「友達に戻れる」で、それを聞いたらそのまま屋上へ行くつもりだった。

「答えは、『NO』だよ。どちらかが好きになってしまったら、もう元にはもどれないんだ」
いつになく真剣な表情の吹雪の返答に、十代は冗談でない事を読み取る。
「………なんでだよ?」
「それは言葉よりも経験だね。いつかわかる時がくるよ」
ぶーっと十代はむくれた。全然納得がいかない。
「じゃあ、友達の好きと、恋愛の好きはどこが違うんだよ?」
「んー、難しい質問をしてくるね。誰かに恋でもしてるのかね?」
「してないっ」
慌てて否定するが吹雪は何か勘づいたかのようにニヤニヤしていた。

「たとえば、僕と亮は親友だけど、キスはできない――――――」
吹雪の発言に一瞬カイザーの表情が曇ったように見えた。 だけど元々表情の硬いカイザーの真意に十代が汲み取れるわけもなく。
「でも僕と十代君ならできるってこと」
「え!?」
そう言って吹雪は十代の腰に手を回し、すばやくその唇を奪うフリをした。
「うわあああ!!吹雪さん!冗談はやめろよっっ!!!」
さすがに何度も不意打ちを食らうわけにはいかなくて、十代は目いっぱい体を反らせてなんとか回避した。
「ほら、怖がらなくていいんだよ。僕に身をまかせて」
「は・な・せ・よ!!!吹雪さんてば!!」
力いっぱい腕をほどこうとするが、なかなか上手くいかない。
そんな時だった。
屋上から降りてくるヨハンと目があったのは――――――――――――。








ヨハンに気づいた俺は体が固まってしまった。
なんてことない男同士のじゃれあいだけど、ヨハンは俺のこと好きってことはこういうの見るのも嫌なのか? 俺の思いあがりかな?
どうしようと戸惑う俺に気づかない吹雪さんは俺の脇腹をくすぐりだした。
「わ、ちょ、うははははは!!!吹雪さん!!!!」
笑い転げる俺の側を、ヨハンがスッと通り過ぎていく。

ヨハン………!

くすぐられて涙目になりながら、廊下の向こうへ遠のくヨハンの背中を見送った。
そりゃこんな状態じゃ話しかけづらいかもしれないけどさ。
なんで無視するんだよ………

「吹雪、いい加減やめておけ」
「え〜嫌だよー 十代君てなんか柔らかくていい匂いなんだもの」
そう言いつつ解放してくれる。 笑いすぎて呼吸の整わない十代にカイザーが言った。
「十代、友情も恋愛も基本的には似ている。一緒にいると楽しいとか、その人を喜ばせたいとか。そういったことだ」
「カイザー………」
「ただし、恋愛になるといいことばかりではなくなる。独占、嫉妬、不安、孤独。負の要素と自分自身が向き合うことになる。わかるか?」
「………」
「逃げずにそれと向き合い、誰かを愛すことができれば、そして愛されることの喜びを知れば、人間的に成長することができる」
「亮…!かっこいいよ!」
「愛………」
好きがどういうことかすらわからない俺に、愛なんて言われてもまったくピンとこなかった。

「お前にはまだ早いかもしれんな」
そう言って自嘲気味にカイザーは笑った。
「明日海馬ランドに行くのだろう?体感デュエルの道具を貸してやろうか?フハハハ!」
「亮、それはちょっとしゃれになんないよ」
そう言いながらカイザーと吹雪さんは去り俺は一人廊下に残された。

ヨハンといて楽しいってことだけを求める俺。
俺のこと独占したいって…… 俺自身を求めるヨハン。
吹雪さんの言うように、もう一緒にはいられないのか?

雨は増々強くなる。
心に重くのしかかる憂鬱。

明日の遠足がちっとも楽しみに感じなかった。




・‥…━━━★゚+.*・‥…━━━★゚+.*・‥…━━━★゚+.*・‥…━━━★゚+.*・‥…━━━★゚



第五章 「私を見透かして」




「………だい、十代」
「ヨハン……キス、キスして」
「ん……ふ…、っっ、もっと……離れないでくれ」
「俺はどこにも行かないよ」
「ヨハン………! あ……」


けたたましく目覚ましのアラームが鳴った。

「!!?!?!!??!?!」

ばちっと目を開いた瞬間俺は飛び起きた。

「な……夢…!?」

思い返して、その信じられない内容に血の気が引いた。
自分からヨハンにキスをせがむ夢。 あれ、股の間に不快感………
「!!!!!」
布団をめくってさらに衝撃が走る。
俺は…ヨハンで夢精したのか………


 



空はこれ以上ないってくらい快晴だ。
今朝の出来事をひきずりながら俺は海馬ランドに向かった。
まさか朝からパンツを洗うはめになるとは……… 最近ヨハンのことばっかり考えてるせいだ。
それにしても、変な夢だった。
俺の潜在的な願望……? 違う違うっっ!!!
ヨハンにキスされて、悪影響を受けただけだ!!

「兄貴ぃ〜 朝から何百面相してんスか〜」
「あ、翔、おはよ」
指摘されて照れ笑いで誤摩化す。 入場ゲートの広場に童実野高校の生徒が集まりつつあった。
学ランだらけの黒のモザイクに、やっぱり白はひと際目立っていて。
「グッモーニング、十代!」
「おはよう。ジム」
「俺の名前覚えてくれたのか?うれしいぜ!!」
「え?ああ、まあな」
留学生のグループが十代たちに話しかけてきた。嫌がおうにも注目の的である。
「もしスタジアムで会ったらデュエルしてくれよな!」
「ああ!もちろん!超楽しみだぜ!」
「現日本チャンピオンとデュエルできるなんて光栄だよ。ちなみに僕は」
「うわ〜!兄貴、海外にも知られてるなんてスゴいっス〜!さすが僕の兄貴!」
「ふん、本当のチャンピオンはこの俺様だがな!」
「万丈目君、何言ってるの?兄貴に勝ったことないのに」
「サンダーだ! 黙れこの腰巾着!」
「なんだとぉ!!! 僕と勝負するッスー!!!」

いつものことだが十代の周りは自然と騒がしい。
ふと、留学生たち3人の後ろにヨハンもいるのを見つけた。 興味なさげに背中を向けて、用事が終わるのを待ってる感じだ。
十代は意味も無く赤面した。 今朝の夢のせいであることは間違いないが。

話かけないと。 みんなの前だけど、別にいいよな?
意を決してヨハンの方へ踏み出そうとした時だった。
「俺点呼報告してくるから。お前等も用事すんだら早く来いよな」
そう言うとヨハンは人ごみに消えてしまった。
俺と一度も目を合わせないで。 俺なんてまるで見えてないみたいに。
立ち尽くす俺にジムが言った。
「ソーリー。ヨハンは結構気分屋なんだ。いい奴なんだけど。気を悪くしないでくれ」

知ってる。 ヨハンがいい奴だってこと。
ヨハンからしたら俺は失恋相手なわけで、話したくないかもしれない。
元通りになるのは時間がかかるのか……


重く沈む心が、少し締めつけられた。



 




なんだかモヤモヤして俺らしくないので、とにかく今は海馬ランドを楽しむことにした。
翔、万丈目、明日香と4人でとにかくかたっぱしからアトラクションを攻めた。

「いつも思うけどさ、海馬ランドってブルーアイズばっかりだよな。もっとヒーローっぽいのも造ってほしいぜ!!」
「兄貴、それならカイバーマンのショーがあるよ」
「カイバーマンはなんか違うんだよな〜〜〜」
「兄貴カイバーマン苦手っすもんね。前に通り魔的にデュエルされて負けちゃったから」
「あれはかなりトラウマになったぜ。ま、落ち込んでた時だったから、あのデュエルがきっかけで浮上したけどな」

「おい、そろそろ昼にしないか」
「そうね、足も疲れちゃった。あそこのオープンテラスで昼食にしましょう」
「メシだメシだ〜!」 おのおの食べたいものを買って、心地いい風のふくテラスに席をとる。
俺はもちろん決闘王の遊戯さんが好きなハンバーガーを頼んだ。
「午後からはどこに行きましょう。お土産はやっぱり最後よね」
「明日香さん、解散時間になったらジュンコさんとモモエさんと合流するんスよね?」
「ええ。そのつもりよ。翔君は?」
「僕は…あの、口止めされてたスけど、お兄さんと吹雪さんが、学校終わったらこっちに来るって」
「兄さん……」
「僕はお兄さんとまわるつもりっす」
「あたしは兄さんを引き取らないわよ」
「俺様は、海馬ランドを視察に来る兄者たちを迎えにいくぞ!」
「誰も聞いてないよ。万丈目くん」
「貴様…いい加減にしろぉー!!!」
「べー」
「十代はどうするの?帰るのかしら。なんなら私たちと……」
「俺? あー、なんも考えてなかった。」
氷がたっぷり入ったコーラを吸い上げながら、またヨハンのことを考えていた。
ヨハンとカード買いに行きたいなー。 なんてさ。

「あ、留学生グループだよ。すごい人気だなあ」
翔の言葉に敏感に反応した俺は、すぐにそっちを見た。
テラスからも見える広場で、白い制服の4人が複数の女子に囲まれていた。 明らかに困ってる様子だけど、基本的にオブライエン以外は愛想がいいみたいで、写真なんか一緒に撮ってる。

「他校生もいるわ。めったに会えない各国チャンピオンだから、しかたないでしょうけど」
「ふん、ちゃらちゃらしよって!!!」
さりげなく流れてしまう会話だったけど、明日香の言葉に俺はひっかかった。
「ちょっと待て、チャンピオンって?」
「兄貴知らなかったの?留学生はそれぞれ出身国のチャンピオンなんだよ」
「それ……ヨハンも?」
「うん。ヨハン君なんてデュエリストの多いヨーロッパで1位なんだ。相当すごいよ」
俺は口に入ってたポテトを落とした。

それが本当なら俺が何回も勝つってのはおかしくないか? むしろ負けたことない。全勝だ。
ヨーロッパのチャンピオンに?
待てよ、他の留学生が俺の1位って知ってたんだからヨハンが知っててもおかしくない。
たぶん、 絶対知ってる。
ということは、手を抜かれていたってことか。 何のために………?

「4人とも、今度の大会でるんスかね〜嫌だなあ。僕、順位下がっちゃうよ」
「フン!やる前から負ける気でいる奴など出ないほうがマシだ!」
「なんだとぉ〜〜〜もう我慢できないッス!デュエルスタジアムでは僕とデュエルするッス!!!」
「叩きのめしてやる!!!!」
「大会………」
「十代、どうしたの?顔色が悪いわよ?」
気づかなかったのが不思議なくらいだけど、これですべてつながった。
ヨハンはずっとレベルを落としたデッキで俺と決闘していたのは俺のデッキを知るため……
おそらく、今度の大会でアドバンテージを得るために………

うちのめされた後に沸いてくる感情は、言い知れない怒りだった。 もちろんサーチされたくらいじゃ俺のデッキは崩せない。 負ける気はしない。
でも俺に対しての裏切りだ。  もしかしたら他の奴と決闘してほしくなくてあんなに怒ってたのかもしれない。
いや…まあキスはわかんねーけど。 そんなにまでして。 そんなにまでして大会で勝ちたいのかよ?! 女子と肩なんか組んでよ!!!デレデレ写真なんか撮って!!!

怒りで何に怒っているのか定かではなくなった俺は、空になったコーラの紙コップをぐしゃっと潰した。








「なんだか西の空が暗いっスねえ。雨が降らなきゃいいけど。僕傘持って来てないよ」
「そうね、天気予報では晴れだったのに… でも今から屋内だから幾分かはましね」

午後から4人はフリーデュエルができるデュエルスタジアムに来ていた。
だだっ広いドームに、リングがいくつもあって、ディスクをはめて好きに対戦ができる。
昼食以降急にふさぎこんだ様子の十代を翔と明日香は心配したが、決闘したら機嫌も治るだろうと目論んでいた。

ドーム内に入ると、すでに沢山の決闘者たちが思い思いに決闘を楽しんでいる。
「リングは二つ借りたっスよ、えーと、あそこかな」
「俺様は十代とやるぞ!!!」
「ダメっす!兄貴は僕とデュエルするんスー!」
「かかったな!では俺様は天上院君と対戦しよう!」
「あああ〜〜!!!!しまったッス!!!」
「十代とは私がするわ。あなたたち、さっきデュエルするって言ってたでしょ」
「天上院君…」
「明日香さん…」
ようやく対戦カードが決まりかけたころ、隣のリングに人がやってきた。 例によって例の4人である。

「ようやくギャラリーから解放されたぜー!」
「本国でもあれほど騒がれたことはなかったな」
「日本の女の子ってなんであんなパワフルなんだ?疲れちまったぜ」
「おいおいヨハン、俺たちの本番は今からじゃないか」

「ああ〜〜〜!!!留学生グループっス!!!」
翔の言葉にも十代は微動だにしなかった。 気がついたジムがこっちへやってくる。
「ヘイ!偶然だな!よかったら俺たちとデュエルしようぜ!ジャパンのデュエリストのお手並み拝見だ」
「フン、相手にとって不足はない。よかろう!」
「万丈目君、明らかにみんな兄貴が目当てだって」
「うるさい!うるさい!!!」
みんなから少し離れ、デッキを調整していた十代の前にオブライエンが進み出た。
「十代、俺とデュエルしろ。NOとは言わせない」
「抜け駆けはいけないな、ここは公平に、僕からということで」
「ガッデム!どこが公平なんだよ?!十代、俺!俺を選んで!」
「勝手に決めないで!十代はあたしと最初にデュエルするのよ!」
「俺様が」
「僕が」
約一名を除いて全員が十代を取り囲んだ。
「俺がデュエルするんだから、もちろん相手は俺が決めるぜ」
十代はデッキをディスクにはめ、起動させる。
全員が全員、自分が選ばれると思っていた。

だが、まっすぐに向けられた視線の先にいたのは――――――――――――。

「ヨハン、デュエルしよーぜ。お前の『本当の』力を見せてくれ」
一瞬ヨハンは迷ったような表情を見せたが、大きく息を吐き、目を閉じた。
「………いいだろう」
二人とも決闘者の目をしていた。
瞳に闘う者の輝きが差し込む。

さらに十代は続けた。
「アンティを提案するぜ。賭けるのは、屋上だ」
二人の間の空気がさらに張りつめたものになる。
「ああ、受けて立つぜ」
厳しい表情をしたヨハンも、ディスクを起動させる。
「?? 屋上って??」
周りはさっぱりなんのことだかわからず外野は置き去りのままデュエルが始まった。





・‥…━━━★゚+.*・‥…━━━★゚+.*・‥…━━━★゚+.*・‥…━━━★゚+.*・‥…━━━★゚


第六章 「愛の強さ故、優しき獣故」


デュエルリングで向かい合った俺とヨハンが、デッキをシャッフルするために中央へ歩み寄る。
今まで何度も決闘してきたけど、ヨハンのデッキに触った時、なんとなく感覚があった。 これがヨハンの本当のデッキだ。
シャッフルが終わる時、俺は言った。
「弱いフリまでして、大会で勝ちたかったのかよ?」
嫌味なんかじゃない。 ただ、確かめたかった。

「………否定はしない」
ふざけて、笑って、おどけたりとぼけたり、ヨハンのイメージはそんなのしかない。
初めて真剣なヨハンの表情に、俺も神経が研ぎすまされる。
「言いたいことはたくさんある。けど言わない。デュエルすればわかるから」
「ああ」

俺たちは背を向け合って、互いのフィールドに立った。

「デュエル!!!!!」


ヨハンのデッキは見た事のないカードばかりだった。
心の中ではめちゃくちゃワクワクしてたけど、ぐっとこらえて眼の前のデュエルに集中する。
初めて見る宝玉獣たちはそれぞれ特殊効果があって、専用カードも多く、1ターンで驚くほど回る。
でもモンスターそれぞれは攻撃力が高い訳ではない。
俺はEコールやエアーマン、ネオスペース・コンダクターで順調に手札を揃え出方を伺った。
宝玉獣は破壊されると魔法・罠ゾーンに永続効果として残る。 それが一体何を意味するかはまだわからないが、永続になるならフレア・スカラベだ。 その枚数分、攻撃力が上がる。

ヨハンの魔法・罠ゾーンに宝玉が4体と伏せカード1枚。 フレアスカラベの攻撃力は2500になって、守備表示のエメラルドタートルの守備力を越えた。
 が、バトルフェイズで攻撃宣言すると宝玉の祈りでフレアスカラベは破壊される。
魔法、罠、効果の応酬で、5ターン過ぎてもまだお互いのライフは1ポイントも減っていなかった。

お互い死力を尽くして闘っている。 少しの隙も逃すものかと、いくつもの戦略を巡らせて。
「……すごいわ。見てるこっちの息がつまりそう」
リングは2つ余っているのに他のメンバーは全員ヨハンと十代のデュエルを見守っていた。
「うん。さすがチャンピオンって感じっスね。でも……」
「でも?」
「なんか兄貴、全然デュエルを楽しんでないっス。こんな兄貴初めて見るよ僕」
「翔君……」
「ヨハン君となんかワケありっぽかったし。大丈夫かなあ」

外野の心配をよそに、ターン数は確実に増えていった。
ライフも少しずつ減っていくが、決定打には欠けている。
「奥の手を隠しているなら出し惜しみせずに早く使っておいた方がいいぜ」
「忠告どうも。十代も早く大好きなヒーローを呼んだらどうだ?」
「言われなくても見せてやるぜ!!!!来い!ネオス!!!」
十代のデッキのエースモンスター、ネオスが召喚される。ネオスペースの効果で攻撃力は3000に昇った。
「出たな…そいつに何度やられたことか」
そう呟きながらもヨハンは楽しそうだった。
「ラス・オブ・ネオス!!!!」
十代の攻撃が通る。
宝玉獣が破壊され、魔法罠ゾーンにまた1体宝玉が安置された。

「俺のターン!!ドロー!!待ってたぜ!!! 魔法・罠ゾーンの3体の宝玉獣を墓地に送り…、来い!!降雷皇ハモン!!!!!」
「なっっっ!!!! 降雷皇…ハモンだと!?」
ヨハンが高らかに宣言すると フィールドに禍々しい黄金を讃えた幻魔が現れた。
十代だけでなく、観ていた全員が息をのんだ。
「宝玉デッキに、、幻魔?!」
「ネオスに攻撃だ!失楽の霹靂!!!!」
ネオスが破壊され、ライフは1000減り、さらに効果「地獄の贖罪」で1000削られた。
ヨハンはさらにモンスターカードを一枚セットし、カードを1枚伏せた。

「やるな………!幻魔のコストを宝玉獣で補ったのか。だが、やられっぱなしってわけにもいかないぜ」
「ネオスペーシアン・グランモールを召喚!」
「やった!グランモールなら幻魔を手札に戻せるっスよ!幻魔だって、また召喚するには魔法カードを三枚揃えないといけない!」
そう言って翔が拳を振り上げて興奮していた時だった。
「リバースカードオープン!!!! 激流葬!!」
「なに!?」
激流葬はお互いのモンスターをすべて破壊するカードだ。 俺の場にあったアナザーネオス、グランモールは破壊された。 もちろん、ヨハンの場の降雷皇ハモンは墓地へ、伏せてあった宝玉獣は魔法・罠ゾーンへ送られる。
 「モグラには墓地で大人しくしててもらうぜ。一番やっかいなカードだ」
「ハモンはおとりだったってわけかよ………」
それは俺を欺いてまで手に入れた勝利への戦略だった。
「これが大会じゃなくて残念だったな。ターンエンドだ」
「大会とか、関係ないぜ。デュエルはデュエルだ」
その言葉には賛成だが、俺はムッとした。 ヨハンに言われたくない。

「十代、見ろよ。今破壊されたのが最後の宝玉獣、ルビーカーバンクルだ。これでフィールド、墓地に7体の宝玉獣が揃った」
来る……!ヨハンのキーカードが。
デュエリストの本能がそう告げていた。

「現れろ!究極宝玉神レインボードラゴン!!!」
フィールドから疾風が舞い上がり、まばゆいほどの7色の輝きが閃光を放つ。
あまりの圧力に皮膚がビリビリするのを感じた。
七つの宝石を持つ、二口の白い翼竜が現れ、周りの空気を振動させる。

「これが………!!!!」
「綺麗だろう?俺の宝玉は。こんなデュエルじゃなく、もっと楽しいデュエルで十代に見てほしかったぜ」
ヨハンは複雑そうな顔をしていた。 決闘の終わりを予感した俺は、たまらずに言った。
「これから……いっぱい楽しいデュエルしようぜ?できるよな?俺たちなら」

戻りたい。
たったの一週間、前に。

「黙っていたことは、悪かった。ごめんな。 十代のこと、本当に好きだから、一緒にいたらきっともっと好きになる。 だから俺はもう屋上へは行かない」
強い意志を持った言葉に、俺は首を横に振った。
「………なんでだよ!!!俺にはわかんねーよ!」
好きなのになぜ一緒にいられないのか。
俺の「好き」とヨハンの「好き」は違うから。

わからない、わからない、わからない。

初めて屋上で会った時、夕闇の中佇むヨハンのあまりの美しさに俺はたしかに見とれていたんだ。

『虹を見たかった』
ヨハンはそう言ってたけど、その極彩色の光景は、まるで虹そのもの――――――――。

ヨハンを失うのがこんなにも悲しい。
この気持ちが恋だと言うのなら、それでもかまわなかった。

「これで終わりだ十代。 オーバー・ザ・レインボー!!!」
ヨハンが攻撃を宣言し、レインボードラゴンから光弾が放たれる。
伏せてあったリビングデッドの呼び声でネオスを召喚し、ダメージを減らすこともできた。
墓地のネクロガードナーを除外し、攻撃を無効化することもできた。
でもしなかった。
俺のライフはゼロになり、フィールドのカードが消えていく。
決闘者として最低で、何もかもが最低の気分だった。
ディスクからデッキを抜くと、俺はカバンを持って駆け出していた。






スタジアムから出ると、土砂降りの雨がアスファルトの路面を叩きつけていた。
梅雨らしくない、スコールのように強い雨。
でもかまわず走った。
出口を目指して。
出口近くで見回りをしていた教師たちが止めるのも聞かず海馬ランドを後にする。
次は駅だ。
一体 どこへ?
とにかく家に帰るなりなんなり、泣いたってわめいたって平気なところへ行きたかった。
このままだと感情が爆発してしまう。

駅に着いて、やっと足を止めた。
制服はずぶ濡れで、髪もぺしゃんこで、靴も中まで水がしみ込んでいた。

切符を買わなくちゃ……
その瞬間、誰かに腕を掴まれる。
「十代!!! やっと捕まえた!!!」
振り向くとヨハンだった。
ヨハンもずぶ濡れで、息が上がっている。
反射的に腕を振りほどいて、きびすを返し繁華街の方へ走った。
「待てよ、十代!!!」
とにかく無我夢中で街中を走った。
振り向かなかったが、ヨハンが追って来てる気がする。
とにかく気が済むまで走って走って、 道の真ん中でヨハンに再び捕まった。

「はなっっ、離せよ!!!!俺とはもう会わないんだろ!?」
「そんな顔してる十代を放っておけるかよ!!!」
「放っておけよ!!!ずっと俺のこと無視して…見えないみたいにしてたくせに!!!」
「十代………」
「戻って他のやつとデュエルでも写真でもなんでもしろよ…!!」
 
雨音にかき消され、途切れ途切れに激情が吐露される。

涙か雨粒か、その頬を伝っていた。
「ヨハンのこと考えるの、もう嫌だ。苦しい。 だから俺も会わない。でもデュエルはしたい。本当は会いたい。 もう俺…何言って………頭の中…ぐちゃぐちゃ………」
今にも泣き崩れそうな十代を、ヨハンは強く抱きしめた。
十代も抗わない。
雫の溜まった瞳をゆっくり閉じた。

「全部、俺のこと好きだって言ってるんだろ?」




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最終章 「見果てぬ空の上」



「風邪ひくといけないから」
そう言って手を引かれ、ヨハンに連れて来られたのは。
「ヨハン!!!ここって………」
口にするのも恥ずかしくて、思わず口ごもる。
ファッションホテル……いわゆるラブホテルだ。
「風呂も入れるし服も乾かせるだろ?金なら俺持ってるし。一回入ってみたかったんだよなー♪」

言ってることはすごいが、以前のヨハンに戻って俺は嬉しくなっていた。
「でも制服のままで大丈夫かよ?」
「ま、そん時はそん時だぜ」
緊張しながら中に入ると、部屋の写真が並んだ大きなパネルがあった。
「うわーーー本当にこんなのなんだな。すげえ。あ、誰か入ってる」
平日の昼間だと言うのに、部屋はいくつか使用中になっていた。
「日本ってすげーよなー。こんなもんまであってさ」
「ヨハンの国にはないのか?」
「ないない。お、この部屋にしようぜー」
ボタンを押すと後ろにあったエレベーターの扉が開いた。
「すっげー!」
はしゃぐヨハンと、物怖じする俺。

雨に濡れて冷えきり、指先の感覚はあまりないけどさっきから手はつなぎっぱなしだ。
狭いエレベーターに乗り込んだ。
機械音だけがやけに耳につく。
なんだか勢いでこんなところに来てしまったけど…… ヨハンはどういうつもりなんだろう。
「そういうこと」をするつもりなのか……?
聞けない、 聞けないけど、俺はそうなってもいいと思ってる。
す……好きだから。

「寒くないか?」
そう言って、雨で顔に張り付いた俺の髪を耳にかけてくれる。
「大丈夫だぜ」
俺はなぜか照れくさくて下を向いた。
ひさしぶりにこんなに近くでヨハンを見たからだ。
たぶんそのせいに違いない。

床に落ちた雫を、足で踏んだ。


 



エレベーターを降り、狭い廊下に出て、部屋の位置を確認する。
出て来た人と遭遇したりしたら恥ずかしすぎる…… 廊下を歩きながら、いくつもの部屋を通り過ぎて行く。
この部屋一つ一つに、今まさにそういう行為をしている人たちがいるわけで。 変に心臓がドキドキしてくる。
早く部屋につかないかな。

「あ、ここだ」
部屋に着いてドアを開けるとパっと明かりがついた。
「おおー!」
ヨハンはさっきからこんな調子で、そんな雰囲気の微塵も出さない。 ほんとにただ来たかっただけなのかな?
それだったら俺だけ緊張して馬鹿みたいだ……
俺はぐっしょり濡れたスニーカーを脱ごうと靴紐と格闘していた。

「……やっと二人きりになれたな」
「……?ヨハン?」
入り口でつっ立ってるヨハン。 俺の手をとり、急に真剣な表情で俺をまっすぐ見てる。
「俺のものになってくれるんだよな?」
「!」

体は冷たいし、触れている指先も冷たいけど、俺は一気に自分が赤面しているのを感じた。
うなずくのが精一杯で、聞こえるか聞こえないか、小さな声で「うん」とだけ返事をする。

「やったぜー!夢みたい!!!!!」
皮靴をぽいぽいと乱暴に脱ぎ捨て、手放しで喜ぶヨハンは、すごい勢いで俺に抱きついた。
「わっ ヨハン!!!!下ろせって!!!」
そのまま抱きかかえられ、ヨハンは廊下を足早に、一気にベッドのある部屋まで行った。
「さー風呂に入ろうぜー」
そう言って俺の学ランのボタンを外していく。
「……楽しそうだな」
「そりゃなー♪ だってもう、無理だと思ったから」
「ヨハン…………」
「ずっと後悔してた。 もっと……」
カッターシャツのボタンをはずすヨハンの手が止まる。
「もっと?」
「もっと優しくキスすればよかったって」
「なんだよ、それ」
俺は苦笑した。 ヨハンて、こーいう奴だよなあ。
「こんなふうにさ」
唇が重なる。

わ……キスだ。
今度は逃げたりしないぜ。

温度のない、ヨハンの薄い唇の感触。

キスって……いつ目を開ければいいんだ?
口を合わせてるだけでなんか意味があるのか?

口を堅く閉じっぱなしの俺に、ヨハンは笑った。 離される唇。

俺、うまく受けれたかな?

「じゅーだい。あっかんべーして」
「? なんで?」
「いーから。 あっかん……」
意味はわからなかったが、つられるようにべーっと舌を出すと、 出した舌が、あっという間にヨハンの舌に絡めとられる。
「っっ……ん!!!!」
びっくりして反射的に逃げようとする俺をヨハンが少し力を入れて引き寄せる。 唇に比べて舌は温かく、熱いとさえ思った。
ヨハンの舌が深く俺の口内に入ってくる。
俺はどうしたらいいのかわからなくてされるがままだけど、とにかくいい知れない興奮があった。
ヨハンの口の味がする……
「んふっ…っっ んん」
口の中で響くいやらしい音がすぐに脳に届く。 いつ息をしたらいいのかすらわからなかった。
やがて少し長めのキスが終わる。

「はぁ…はぁ、ふう。びっくりした…何だよ今の……」
「だめだ…我慢できない」
「ヨハ…………わわっ」
学ランとカッターシャツを脱がされた俺は部屋の中央にあった大きなベッドに押し倒される。

ゆっくり部屋の内装を見る暇もないぜ。

ヨハンが邪魔くさそうに白ランを脱ぎ去って、再び俺にキスを落とす。

 そうか、口は半分開けてるもんなんだな。

肌が合わさっているところが熱い。 ヨハンがキスの角度を変えるたび、鎖骨が擦れあった。 上顎や歯ぐき、舌が刺激されて、だんだん気持ちよくなってきて、 うっすらと目を開けてみる。
あたりまえだけど、ヨハンの顔がこんなにも近い。
かっこいいと思ってしまうのは俺の欲目なんだろうか。
投げ出されてていた手で、ヨハンの背中を抱いた。
突き出た肩甲骨を触る。
華奢な体付きだけど、ごつごつしてて男っぽく見えた。

「あーーーーー ダメダメ!!」
急にヨハンが振り切るように体を起こして離れた。
「どうしたんだよ?」
何事かと驚いて俺も続いて体を起こす。
「十代が風邪引いてしまう。俺襲わないようにあっち向いてるから、風呂入って来いよ」
ヨハンなりの葛藤があることを俺は察した。
「わ、わかった」
素直にヨハンに従い浴室と思われるドアを開ける。
「制服、干しといてくれよ」
「わかった。俺も後から行くから」

まさか一緒に入るのか?!
そう思うと急にドギマギしていそいでドアを閉めた。


 想い人がいなくなり、ヨハンはベッドの上にあぐらをかいて一人ごちた。

「あーキスだけでイくところだったぜ……」

ヨハンはもう一人の自分がズボンの中で苦しそうにしていたのでベルトのバックルを緩めてやった。






「なんでも揃ってんだなあー」

ズボンを脱ぎながら、洗面台においてあるアメニティの多さに関心していた。 タオルももちろん2人分あるし、ガウンもおいてあった。 無駄にでかい鏡、やたら明るい照明に写る自分の裸が恥ずかしくて、そそくさと浴室に入った。
さすがにタイルは冷たく、俺はすぐに浴槽にお湯を張る。 熱いシャワーが冷えた手足に染み込み、生き返ったような気持ちになった。

キス…… 出来てしまった。

屋上でされたときも驚きはあったけど、嫌ではなかった。
今朝の夢の通り…… もっとしていたかった。

わーーーーーーっ 普段より念入りに体を洗ってしまう自分が嫌だ……っっ

泡をしっかり落とすと、まだ半分しかお湯の溜まっていない浴槽に飛び込んだ。 と同時にヨハンが本当に入って来る。

「わっ! ヨハン!」
急いで背を向ける俺。 別に男同士で裸とか普通だよな……? でもなんかまともに見れない…

自分も見られないように浴槽で体育座りだ。

「ちゃんとあったまれよー」
「お、おう」
なんだかすぐにでものぼせそうな気がした。
「こんなの見つけたから入れてみようぜ♪」
そう言って、蛇口から落ちるお湯の気泡に、透明なジェルを袋から破り入れた。
横目で何事かとうかがう俺の目線の先でみるみるそこから細かい泡が発生した。
「おーすげー!! 泡風呂だぜ泡風呂! このボタンはなんだ?」
壁のボタンをヨハンが適当に押すと、ゴボゴボっと浴槽内のジャグジーが動きだし、泡はさらに増え、水面が見えなくなるほどになった。

「すっげー! 俺、泡風呂なんて初めてだ!」
泡が体にくっついて、気持ちいい。これだったらお互いの体見えないし。
泡風呂にテンションの上がった俺はうっかりヨハンの方を見てしまった。
ばっちり目があって、 しっかり大事なところも目に入って、 俺は固まったのち、またすぐ後ろを向いた。

し、信じられない、なんでもう半分勃ってんの?

「どうしたー十代」
声が既に意地悪い。
「俺のレインボードラゴン、見た?」
「なっっっ」
あまりの下らなさに絶句した。
かけ湯をすませたヨハンがざっぱーーーんと湯船に乱入してくる。
「あー あったかい。風呂はいいよな」
「そう、だな」
二人で入ってもまだ少し余裕のある浴槽で、ヨハンは大きく足をのばしてくつろいだ。
俺は端っこで丸まってる。
「なんで離れてんの? こっち来いよ」
「え、うん……」

ぴちゃーーーーーーーん


雫の落ちる音が響く。
一ミリも動かない俺。
「もー俺にデュエルで負けたからって拗ねんなよー!」
「なっ! あれはなあ、ほんとは……」
まだ勝つ方法はあった。 と言いかけて止めた。 思い出してまた悲しくなる。

「わかってるぜ。だから追いかけたんだ」
「ヨハン……」
「やっとこっちむいたな」
後ろから抱きかかえられ、膝の上に乗せられる。
「ちょ…重いだろ?」
「水の中だから軽い」
重なる太ももに、ヨハンのお腹や胸を背中に感じる。
ああもう変な感じ。 くすぐったいような。
上半身だけ反転させて、俺からキスをした。
少し水の味がする。

吸ったり舐めたりする卑猥な音が、浴室に響いていた。
気が済むまでキスをした後、ヨハンが言った。
「…さっきのデュエルはさ、持ち越しってことにしないか?」
「ヨハン……」
ほんとにいい奴だと思った。
失わなくてほんとに良かったって、俺は感動していたんだ。
感動してたんだけど、俺のお尻に下から主張する何かがあたって、その気持ちは一気に薄れた。


 


露骨なそれの恥ずかしさに絶えきれなくなって、俺はそそくさと浴室から出た。
「お、待てよ十代。ちゃんとあったまったか?」
「大丈夫だぜ。ヨハンはもう少し入ってろよ」

バスタオルで体を拭き、着るものもなかったのでガウンを羽織ってみた。
どうしよう…… やっぱ俺が? 入れられる役だよな?
つまりあれが俺に…… やばい、のぼせたかも……

「おーい、十代? 髪乾かしてやるよ」
上がって来たヨハンはタオルを一枚腰に巻いて、ドライヤーとブラシで俺の髪をとかし始めた。
「いいって、自分でやるぜそれくらい」
「遠慮すんなよ」
「子供扱いすんなよっ」
「違うぜ。甘やかしたいんだ。好きだから」
「…………」
ずるい。 そんな風に言われたら断れないじゃないか。
楽しそうにドライヤーを動かすヨハンの気が済むまで俺は大人しくしていた。
洗面台の鏡に俺とヨハンが重なってる。
ああ、俺、なにやらしい事考えてるんだろ…… 放っておいたらヨハンの胸板とか、腰とか二の腕に目がいってしまう。
ついさっき芽生えたばっかりの感情が、 ヨハンを見るたび、ヨハンと触れ合うたび、好きだと言われるたび、どんどん膨らんでいくのがわかる。

ヨハンが好きだ。
その言葉を心に浮かべると、少し胸が痛む。
こんな気持ちでヨハンは俺を待ち続けていたのか。 雨の屋上で。

手始めに身体なんて捧げちゃって、二人の間を埋めたい。
俺のこともっともっと好きになって。
誰にもとられたくない。
つなぎとめたい。

「よーし、できた!ホワホワだー♪」
満足気に笑うヨハン。
「テレビでも見るか?あ、ゲームもあったぜ」
「いい」
俺は首をぶんぶん横に振った。
「あーじゃあマンガは、、あったかな。それかデュエルでも……」
「ヨハン」
覚悟を決めた俺はヨハンにずいっと近づいた。
「な、なんだよ」
「やるぜ」
「む……無理すんな」
なぜか足取りの重いヨハンの手をひいて、俺はベッドまで戻った。

こーゆー時って… 何をきっかけで始めればいいんだ? キス? あーもうわっかんねーっ
「よし、来い!」
息巻いて俺は言った。
「あのなぁ、人に馬乗りになって言うセリフかぁ?」
ヨハンはあきれ顔だ。 思い通りにいかなくて、俺はふくれてみせる。
苦笑したヨハンが俺の頬に触れた。
「俺は十代と想いが通じただけで嬉しいんだ。あせらなくていいぜ?身体に負担もかかるし」
「身体のことなんて……求められないほうが不安になる」
俺は泣き出しそうな顔をしていたかもしれない。
ヨハンがさっきしてくれたみたいに、今度は俺からキスを落とす。
慣れなくても、一つずつ、気持ちを込めて。

好きだ……
好きなんだ、ヨハン……

「十代……」
ヨハンの引き締まった腹の上で、俺の先端から溢れた液が轍を作っていた。
「いいんだな」
まじめな目をしたヨハンが体を起こし、俺にキスをする。
「うん」
「俺は嫉妬深いぜ?」
「知ってる」
笑い合って、またキスをした。

なしくずしに押したおされて、ヨハンからの深い口づけを受ける。
舌のざらついた感覚を確かめながら、混ざり合う唾液に、唇の感触。 いくらでもしていられる気がした。
下肢で擦れ合うお互いの高なりがじれったく、 ヨハンが二人のを一緒にしごき始めた。
「んっっ…ああ……」
ぬめる二つの性器は堅さを増し、早々と俺の限界は近づいていた時ふいにぴたっと、ヨハンが動きを止める。
下半身へ移動するヨハンが何をするつもりなのか、俺には見当もつかなかったが、てらてらと淫猥に光る俺自身に、ヨハンはキスをする。
「熟れた果物みたいだな…美味しそうだぜ」
「?」

まさか…… 俺の予想が追いつく間もなく、ヨハンは躊躇なく俺の屹立を口に含んだ。
「あ……っっっんう……そ…だろ……っ」
巻き付く舌、口内でかけられる陰圧に、中の血液が駆け巡る。
手よりも数倍の快感が、体の中心から一気に脳まで届いた。

「んはああっっ…それ…めちゃくちゃ……気持ち、いいっっ」
体が勝手に刺激を求め大きく脚を開き、腰まで浮かせてしまう。 我慢したいけど、そんな抵抗はできるはずもなく、俺はあえなく降参した。
「ヨハン……よは…ん、出る……出ちまう……っっって」
荒げる息に、射精する直前の身震いが交じる。

このままじゃヨハンの口の中で出してしまう…
そんなこと……っ
「んん……ああっっ」
吐き出す直前に俺は体をしならせ、なんとかヨハンの口内で出すのは回避できた。
できた……んだけど……
当然っちゃ当然だけど、外で飛び出した白濁の液は、ヨハンの顔面を濡らした。
そんなに多くないけど、それでもヨハンの白く丸い頬を伝う。
「わ…ごめん!」
余韻で下半身はまだびくびくしていて、俺はろくに動けない。
そうこうしてる間にヨハンは雫を指でぬぐい、それをペロっと舐めた。
「なっっ!何してるんだよ!」
あまりに驚いて俺は起き上がってしまった。
「十代の、おいしいと思うぜ」
そう言ってヨハンは無邪気に笑う。 なんでもないってみたいに。
あっけにとられた俺にふつふつと沸いて来たのは、負けず嫌いの対抗心だった。

「俺もする」


自然と口から発していた。




 




行為がしやすいようにって、ヨハンがベッドに腰掛け、俺は股の間に座り込んだ。
床は絨毯だから冷たくないけど、眼の前につきだされたヨハンの屹立を前に、唾を飲んだ。

「無理しなくていいんだぜ?」
俺の髪をなでながら、ヨハンが心配そうに言った。
「大丈夫。ヨハンにも気持ちよくなってほしいんだ」
「じゃあ、遠慮なく」
おずおずとヨハンの猛りを掴むと、ドクドクと脈打って、今すぐにでも解放してくれと言わんばかりだ。
意を決して、舌先で亀頭に溜まった雫をすくってみるとすっと透明な糸を引くのが見えた。
口の中で転がしてみる。 少し苦い感じがした。
これがヨハンの味……
喉の奥までくわえ、ヨハンがしてくれたように、俺がされて気持ちよかったように、動かしてみる。

「…ん……っ」
俺をなでていた手が動きを止め、眉根をよせたヨハンが、くぐもった声を出す。
少しは感じてくれてるのか……?
手と口で側面や裏側を吸い上げるように舐める。
「あ…やばい…、よすぎて……」
しまいにヨハンは後ろに手をついて、俺の与える刺激に身を震わせていた。
その様子はたまらなく色っぽくて、俺のもまた堅くなりつつある。

してあげるんじゃなくて、せずにはいられないんだ。 ヨハンのために出来ることなら全部したい。
ヨハンも同じ気持ちでいてくれてるのかな。
俺が夢中でしゃぶっていると、ふいにヨハンが俺を抱き上げた。 ベトベトになった俺の口元を気にもせず、深くまた口づけられる。

「?まだイってないぜ?」
きょとんとしてる俺の耳元でヨハンが囁く。
「早く十代の中に入りたいんだ……いい?」
「…………うん」
俺を抱えたまま、ヨハンは空いた手でローションの蓋を開けその手の平に注いだ。
「気持ち悪いかもしれないけど……我慢してくれよ」
「何をするんだ?」
 「俺と十代が一つになるための準備」
透明な液体を手のひらに広げ、俺の敏感な裂け目に差し込まれる。
「うひゃあ! 冷たい……」
急な刺激に、俺はヨハンにぎゅっとしがみつく。

「ごめんな……俺も初めてだから、上手くできるかわかんないけど……」
「ぬるぬるして変な感じ……」
ぬるぬるはさらに押し広げられ、蕾みの周辺をほぐすように塗り込まれていった。
「十代、ほら、力抜いて?」
「わっ…かんねーよ…くすぐったくて……無理」
泣きの入る俺に、ヨハンがまたキスをしてくる。
ほんともう、今日何回キスしたかもうわからない。 キスの甘さに夢中になる俺とは別に、ヨハンは下で手を動かし続ける。
やがて蕾みの入り口にヨハンの細い指が侵入し、中を広げ、その本数を増やす。
「ん…うう………」
慣れない異物感に、ひたすら絶える。 しまいにはキスすら上手くできなくなって、だらだらと唾液を漏らした。
双丘の間に、ヨハンの熱いものがあてがわれる。 蕾みをかすると気持ちよくて、自分からこすりつけたりして。

「さ……もういいかな。つらいと思うけど、息をちゃんと吐くんだぜ?」
「わ、わかった」
枕に顔を沈め、下半身を高くあげてうつぶせた。
こんな格好はめちゃくちゃ恥ずかしいけど、そんな感覚はもう麻痺していた。
ヨハンなら自分を全部さらけだせる。受け止めてくれる。
だからヨハンから与えられるものなら、例え痛みであっても、俺は受け入れる。

俺の背中にヨハンが重なり、腰に手が添えられた。 くすぐったくても、今は我慢我慢。
ヨハンが体重をかけ、俺の中に入ってくる。
「……っっ…い……痛……」
慣らされたといっても、指とはちがう圧倒的な質量に体が悲鳴を上げた。

「ん………だ、大丈夫か?」
「あ…ああ、なんとか……っっっんん」
「十代いきまないでくれ…キツい…っ」
「そんなこと…言わ……れたって………」
どんどん出る唾液が、枕に染みをつくっていく。 上手く息ができない。

「かは……っああ……い……つ……」
「やっぱ厳しいな…… 一回抜くぞ?」
「ダメだ……っ抜かないでくれ…大丈夫だから」
「無理だったらちゃんと言ってくれよ……これ以上は、俺だって……押さえがきかなくなっちまう」
「大丈夫……大丈夫だから俺にもっとねじ込んでくれよ………」
少しずつ受け入れながら、大きく深呼吸して、ヨハンの形を覚えていく。

「好きだ… 十代好きだぜ。全部俺にちょうだい」
甘い 言葉が耳をくすぐって、また体を震わせる。 後方位じゃヨハンの顔が見えなくて、俺は泣きそうになった。
なんとか体をねじって顔を振り向かせると、ヨハンがすぐキスをしてくれる。
陰部はつながったまま、正常位になって、お互いの境界がなくなるくらいくっついた。

「んん…ふ…はう……んんんっ」
キスをしながら、少しずつヨハンが動きを加える。 極部は熱を持って、俺は下半身から溶け出してしまいそうだった。
しとどに濡れたヨハンの額ににじむ汗と、快感に顔をしかめる様子がとてもかっこよく見えて。
俺は淫らに叫ぶだけ。
真っ昼間からこんな行為にふける背徳感、 猥雑な空間で貪欲に交じり合う俺たち。
何もかもが高ぶって、揺さぶられるたび、貫かれる度、体ひとつひとつが生まれ変わっていく感じがした。

「十代、、も…限界……いくぜ……」
ヨハンの律動がいっそう激しくなった。 何度も腰が打ち付けられ、体の中心からバラバラになるほどの痛みと快感が流れる。
「ん……あああッッ…もっと…!もっと来てくれ……」
最後は気が違えたようにお互いの名前を呼び合って、やがてヨハンの熱い精液が俺の体の奥で
放たれたのがわかった。

汗ばんだ体が重なりあい、ベッドに沈み込む。
荒くなった息も、徐々に治まっていった。

「大丈夫?ゴムつけなくてごめんな…。 最初は絶対、生でやりたかったんだ。十代を全部感じたかったから」
「平気。よくわかんないけど……よかったと思う」
「大好き」
ヨハンがちゅ、と軽くキスをくれる。 
「俺も」
「……最高の気分だ。天に昇っちゃいそう」
そう言ってヨハンが俺の髪をかきあげながら微笑んだ。

「虹も飛び越えられそうか?」
「十代と一緒ならな……」


 



「おー晴れたなー」
悪びれも無くホテルから堂々と出てきた俺たちは、うってかわった晴天を喜んだ。
せっかく乾かした制服がもう濡れなくてすむ。

顔をなぜる風に、夏のにおいがまじっていた。

「もうすぐ夏だな……」
「ああ、俺と十代の、初めての夏だ!日本の夏は暑いだろうなー 楽しみだぜ」

「海に、プールだろ、お祭り行って、山に行って、、スイカ食ってアイス食って、ワクワクするぜーっ」
「海で青カンするだろ、祭りでは着物でエッチするだろ、山では星を見ながらエッチするだろ」

「な……なにバカなこと言ってるんだよ!エロいことばっかり考えるなー!!!」
ポカポカと殴りかかる俺の腕をヨハンが掴んだ。
「嫌なのか?」
「う……嫌じゃないけど」
「かわいい」
「なっ」
「行こうぜ、海馬ランドにもどってデュエル再戦だ」
「……おう!!!!」

歩き出した俺たちの手は、しっかりつながれていた。
空の上にうっすらと虹が見えたけど、俺だけの秘密にしておこう。
だって、キラキラしたヨハンの瞳を独り占めしたいから。

これからいろんなことを二人で乗り越えるんだ。
不安でケンカすることもあるかもしれない。
寂しくて泣くこともあるかもしれない。

その時は今日の虹を思い出そう。
この虹が、俺とヨハンの架け橋になればいい。





「あーでも回転するベッドとかさ、鏡ばりの床とか、プール付きの部屋とか、期待してたのになあ」
「あのさ、そういう知識、どこで覚えてくるんだ?」
「今度はコスプレできるところに行こうぜ♪」



ちょっと不安が残るけど……






fin

 



 







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