大キライ!




あまり好き嫌いのない俺だけど、この世に一人だけ大嫌いな奴がいる。
そいつのどこが嫌いって、いつも見かけるたび違う女の子と歩いてるとことか、嫌味の無いさわやかな笑顔とか、誰にでも調子いいところとか、無駄にいい容姿、何気に引き締まった体や、さらさらの髪の毛に、青い目。デュエルが強いところも嫌いだし、タッグを組んだら誰よりも頼もしいところも嫌いだし、傍若無人、八方美人、それ以上、自信過剰。
とにかくアイツの何もかもが俺をイラつかせる。

そしてそんなヨハンが大好きな自分が一番大嫌いだ。





「おーい、十代」
授業と授業の合間、移動教室だった。
たまたま一人だった俺はヨハンに呼び止められる。
 「ヨハ…」
笑顔で振り向こうとした俺は、視界に入った見知らぬ人物に表情が固まった。
また新しい女の子連れてる…
ブルー女子の制服をかっちり着込んだ清楚でかわいらしい感じの女の子がヨハンの隣をきっちりとキープしていたのだ。
俺には目もくれず、ヨハンに好意的な視線を送っているのが一目でわかった。
「よぉー、ヨハン。次何の授業?」
「俺はconstructionだ。腹減ってると頭回らないよなぁ」
少しだけ憮然としてみる俺のことなど気づきもせず、相変わらず人懐っこい笑顔で話すヨハン。
「じゃあまた昼休みに、な」
「ああ」
他愛の無い挨拶だ。廊下ですれ違えば話す。無視する理由もないし。
そして昼休みに屋上でデュエルする。 それだけが俺とヨハンの共有する時間だった。
俺は再び廊下を歩きだす。

今ヨハンの隣にいた子や今までに見てきた女の子が、ヨハンの彼女だとかヨハンとどこまでの関係なのかわからない。 たまたま一緒に歩いていただけかもしれないし、セックスまでした仲なのかもしれない。 そんなのどこまででだって想像することができる。
ヨハンのモテぶりは異常だったけど、愛想のいい性格が女子受けがいいのも当然だった。
俺はヨハンへの気持ちが叶わないことも十分わかっていたし、気持ちを打ち明けるつもりもない。
でもあんなに露骨に女の子をはべらされたんじゃ、ちっとも面白くなかった。
日ごとに変わる女の子に俺は呆れて、なんとなくイライラして、だけど特定の女の子が出現しないことに少し安心もしていた。
それが俺の、ほんのかすかな望みだ。
叶わなくったって、願うことくらいしてもいいだろ?


 


朝ご飯と晩はそれぞれの寮で食べるデュエルアカデミアだが、昼食は校舎の中にある食堂で食べる。 もちろん購買で買って教室で食べてもいいし、生徒は授業や予定に合わせて好きなようにできるのだ。
「あ、兄貴ー!ここの席空いてるよ!」
週に何度かしか利用しない食堂だが、今日は運悪くドローパンが売り切れ。
Aランチをトレイに乗せて運んでいた俺は、翔と剣山を見つけて長テーブルに座ることができた。
「あー僕もAランチにすればよかったかなぁ」
「丸藤先輩、モノ欲しそうに覗き込むなんて意地汚いドン」
「翔のコロッケと俺の唐揚げ交換しようぜ」
「ええ!いいのー?兄貴!」
「兄貴、じゃあ俺も煮物と交換してほしいドン!」
「それはやだ」
「えー!」
 他愛のないいつものやり取りだ。そのうちに他のメンバーも集まってくるだろう。
「ヨハン君、こっちこっち!」
「あーズルいわよぉ!ヨハン君の隣はあたし!」
「早い者勝ちだもんねーっ」
雑然とした食堂でやけに黄色い声のする一角がある。 わざわざ確認するまでもないが、ヨハンとその取り巻きの女子がソファー席を陣取っているのだ。
すでに食堂では見慣れた光景だった。 キャッキャする女の子に特にデレデレするでもなくヨハンは終始にこやかに昼食をとっている。
そんな態度だから男子生徒の妬みもあまり買わないようだった。それ以前にこの学校でヨハンにどうこう言える人物なんて限られてるけど。
「…なんか相変わらずすごいッスね、あの空間」
会話がひと段落ついて、翔もソファーの集団に目が行ってたようだ。
「なんか今日はいつもより多くないかドン?」
「ヨハン君、さっきの構築の授業すごかったのよ」
「明日香さん」
Bランチのトレイをガシャンとおいた明日香は、不機嫌そうに会話に参加してきた。
「先生の用例のさらに上を行く解答をすらすらーっと言っちゃったの。先生青ざめちゃうし、女子は騒ぐし、最後は授業にならなかったわ。」
「へぇーさすが向こうの学校で首席とるだけあるドン」
「ボク今度勉強見てもらおうかなぁ」
いつの間にか増えるメンバー。今度は後輩のレイだ。
「レイちゃん、やめときなさいよ。周りの女子が怖いわよ」
「そんなの関係ないもーん。もしかして明日香さんヨハン君のこと好きなの?」
「馬鹿なこと言わないで」
明日香は氷のような目で冷たく言い放っていたが俺は会話の流れにだんだん耐えれなくなっていて、 まだ大分残っていたご飯とおかずを一気に口に放り込む。
「あ、兄貴、そんな無茶しないで…」
豪快な食べっぷりに周りを唖然とさせながらも俺は最後に水を飲み干し、
「じゃーな、また後で」
逃げるように席を立った。
いつもより少し早いが屋上へ向かう。
急にきつくなったお腹をさすりながら、俺はためいきを一つついた。
いつもはヨハンのことなんてあまり話題にならないのに、正直ああいった話はキツい。
俺がヨハンを好きでいる限り、ずっとこんな思いをしなくちゃいけないのか…

卒業して離れ離れになるまで?

卒業してもプロデュエリストにでもなってるヨハンの情報を、俺はきっと集めてしまうに違いない。
そう、ずっとだ。
この想いは永遠だから。
この胸の痛みとも永遠に別れられそうもない。



早く着き過ぎても手持ち無沙汰だろうと購買なんかをうろうろしてから屋上へ行ったら、さっきは食堂にいたはずのヨハンがもう到着していた。
「遅かったな」
「ヨハン…いつもより早いな」
「十代が食堂から出るのを見たからさ、早めに来たんだ」
「そうか。悪かったな。」
日当たりのいい午後の屋上は陽光が暖かく、とても気持ちがいい。
風でカードが飛ばないように柱の影に移動して腰を下ろした。
 会えばデュエル。
それが俺たちにとって一番の目的であり、唯一堅く結ばれた関係だった。
向かい合って座り込み慣れた手つきでデッキを交換する。
シャッフルしている時の沈黙の中、カードを切る音だけがする。
おおよそ前回のデュエルを思い出しているのだろう、頭の中で何ターンも先の手札を描く。
デュエル前の静かに流れるこの闘志を帯びた雰囲気が、俺は好きだった。
ヨハンの全力に、俺も全力で答える。
俺がヨハンを感じることのできる唯一の瞬間だから。
だから…絶対負けられない。

「あ、くそ…、しまった。負けたぁあああーーー!!!!」
いつもより少し長引いたデュエルは、俺の勝利で幕を閉じた。
ヨハンは緊張が切れたように姿勢を崩してへたりこむ。
とてもくやしそうな様子が、俺に満足感をもたらした。 どんなに頭がよくったって、デュエルはそれだけじゃ勝てない。 それに俺の気持ちも知らずに女の子をとっかえひっかえなヨハンに負けるのも癪だった。いや別にヨハンが悪いわけじゃないけどさ。
「へへーん、そう簡単には勝たせないぜ。これで俺の7連勝だな」
「なんでかなー、途中まではイメージ通りだったのに」
女子とちゃらちゃらしてるからだ、っと言いたいことを一つ飲み込む。
「でもやっぱり。うん。やっぱ十代だな。」
ヨハンは腕を組み、うなずいた。
「なにが?」
「十代とのデュエルが一番燃える。俺をこんなに熱くさせてくれるのは、十代だけだよ。めちゃくちゃ楽しいぜ!」
そう言ってヨハンは、まるで子供のように破顔したものだから、 心臓の音が聞かれてしまうんじゃないかと思うくらい高鳴ったが、気づかれないようなんとか平静を装う。
顔、赤くなってないだろうか… 俺も、俺だってヨハンとのデュエルが一番楽しい。
そんな気持ちが、ただの友情だけじゃないと気がついたのはいつだっただろうか。
俺自身の体が、心が、魂が、ヨハンに強く惹かれているんだ。

「そりゃあ…よかったな。」
でもこんな感情、気づかれちゃいけない。 裏腹にいつもそっけなくなる態度。 
ああ、俺って馬鹿。「俺も」ってなんで言えないんだ。
「ああ!また明日もやろうな!次は絶対負けないデッキ組んでくるからさー」
でもヨハンは人の態度がどうであろうと気にする奴じゃなくて俺ばっかり一人でやきもきしてるのがまた面白くない。
「俺はそのデッキよりさらに強いデッキを組むぜ」
売り言葉に買い言葉で不敵に笑い合う俺達。こういう親友でライバルっぽい時幸せを感じる。
そう、この時間だけは失いたくないんだ。
『また明日』 なんてことない言葉に、俺はすぐ嬉しくなってしまう。
「じゃあさ、明日なんて言わずに今日の夜でも…」
そう俺が言いかけると、ヨハンの生徒手帳が鳴った。 忌々しいこの手帳はGPS機能も付いているし、テレビ電話にもなる。
「ちょっとごめん」
そう言ってヨハンは立ち上がって違う柱の影に移動した。
だいたい想像はつく。女の子か女の子か、女の子だ。
「今日の夜?別に何もないけど…、うん。いいぜ。わかった」
ところどころ漏れ聞こえるヨハンの声に、したくなくても聞き耳を立ててしまう。
面白くない。 なんだか全然面白くないぞ。
「悪ぃ、わりぃ。で、なんだったっけ?」
電話を終えたヨハンが戻ってくる。
「別に」
俺はできるだけそっけなく答えた。 なんで、と聞かれても答えられないくせに。 それでもこの憤りを隠すことはできない。
「いい加減、誰かと真面目につきあったらどうだ?」
「え」
ヨハンは少し驚いている。 今までこういった話はしたことがなかったからだ。
俺からすることはもちろんなかったし、ヨハンもデュエル以外の話題は特にしなかった。する必要もなかったから。
でも今は、嫌味の一つでも言ってやりたい気分だった。もちろん本心じゃない。 『そうだな』 なんて言われても困るけどさ。
言い放ったものの、一体どんな返事が返ってくるかと注意深く伺った。
意外だな、という表情を見せた後、ヨハンは言った。
「俺は誰にでも優しいんだ」
「……………………………………………………」
いけしゃあしゃあと言い放つヨハンに俺は心底あきれ果てた。
「そーかよ」
ちょっとだけ、いや、かなり。 いくら鈍感なヨハンでも気がつくくらいに怒気を含んで言い捨てると、俺は立ち上がってさっさと屋上から離れた。
これ以上いるとボロが出てしまいそうだったから…





あまりにも頭に血が上ってどうやってそこに辿り着いたのかはよく覚えてない。 森を抜けて島の端の断崖までやってきた。
なりふり構わず歩いてきたので髪もボサボサでひどかったし、服もよごれて葉っぱや枝が刺さり放題だ。でもそんなのは問題じゃない。 とにかく叫びたかった。爆発しそうな感情を、誰にも聞かれないところで。

俺はすうっ、とめーいっぱい肺に空気を入れると力の限り叫んだ。
ヨハンなんて、ヨハンなんて…
「大っっっっっっっっっっっっっっっ嫌い!!!!!!」
フェミニスト気取ってる。無神経でいい加減。 なんで好きなんだろう。
… なんで俺のものにならないんだろう。
嫌いになんてなれないことがくやしい。 叫び終わると力が抜けてその場にへたり込んだ。
「ぐす… バカ、野郎…、う、ぅう…」
どうしようもない感情が溢れて、そのまま流されて泣いてみた。 誰に届くわけでもないのに。 もちろんヨハンにも。

「ああ、びっくりした。誰かと思えば十代じゃないか。あまりカレンを驚かさないでくれよ」
ガサガサと草木がこすれる音がして、後方から現れたのはジムだ。と、彼の友達のカレン。
不意打ちを食らった俺は涙をぬぐうことも忘れて振り向いてしまった。
「…泣いているのかい?」
「違っ… これは」
あわてて服の袖で目尻をぬぐう。 見られたくないところを見られて、俺はあせった。
ジムには悪いができれば雰囲気を察してどこかに行ってほしい。
「話せよマイフレンド。力にはなれなくても、楽にはなるかもしれないぜ?」
カレンを背中から下ろし俺の横に座るジムを恨みがましく見たが、ジムに悪気がないことは明らかで、無下にすることはできない。 かといってヨハンのことを話すこともできないけど…。
「なんでもないぜ…ただの自己嫌悪。そういう時ってあるだろ?」
作り笑い、なんてしたことなかった。 いつだって言いたいことは言ってきたし、やりたいことはやってきた。 芽生えた感情に不安になって、本心を隠すことを覚えて。 ヨハンの側にいれるだけで、それだけでいいのに。 ヨハンが手に入らない苦しみにつぶされそうになってしまう。持て余したジレンマに、少しずつ心を侵食されていく。
「…十代にそんな顔をさせているのは、ヨハンか?」
「……!」
ぎくりとした顔をしてしまったかもしれない。思いがけないジムの言葉に、体が硬直する。
「違うぜ…、何言いだすんだよ。ジム」
もっと冗談っぽく明るく言わないと、嘘だってバレてしまう。でも今の自分にできる精一杯の返答だった。
「…………、俺、わかるよ。だって、十代のことずっと見てたから」
「ジム…?」
ジムの意図を測りかねて、ジムの顔をまじまじと見た。 いつものにこやかで優しい顔はそこにはなく、初めて目にする真剣な面持ちだ。片目に宿る漆黒の光は、オリハルコンでなくても吸い込まれてしまいそうになる。
俺の目尻に残った雫を、ジムがぬぐった。
どうしてか動くことができない。
「俺にしておきなよ。見ていられない」
そこまで言われて俺はやっと理解した。 ヨハンのこと鈍感だなんてよく言えたもんだ。

ジムが…俺のこと?いつから?なんで?
「同…情……だろ?」
「違うよ」
ジムは目をそらさない。
「俺…………男だぜ?」
「わかってるよ」
クス、っとジムが笑った。 いつもの笑顔だ。 俺もつられて笑ってしまったが、それ以上言葉を続けられなかった。
「答えはすぐじゃなくていいよ。俺は待つつもり」
答えって… なんの? 俺がジムと…つきあうってこと?
「俺だったら十代をこんな風に泣かせたりしない。」
嘘偽りのないまっすぐな言葉を受け止めきれず、俺はうつむいてしまう。
「別にヨハンが悪いわけじゃないさ。俺が勝手に…」
自分の言葉に自分で傷ついたりして。 油断してると下まつげにまた涙が溜まってしまう。
そんな俺をしばらく見つめていたジムだったが、突然立ち上がった。
「じゅーだい!」 
頭上から降ってきた声に顔を上げる。
「デュエルしようぜ!今すぐ!」
「え!?じゅ、授業は?」
突然のことに驚いて涙もひっこんでしまった俺の手を取ってジムがひっぱりあげる。
「知らないのか?午後イチの授業は休講になったんだぜ」
「え!そうなのか!?ラッキー!!!」
思いがけない吉報に飛び跳ねる俺。
「じゃあデュエルしようぜ!ジム!」
「ああ。最近十代とはしてなかったからな」
デュエルと聞けば急に元気になる。我ながら単純だけど めそめそしてても仕方ないし、切り替えないと。
それに…俺にここまで言ってくれたジムのことちょっと知りたいな、なんて思ったりして。
ヨハンが軽い奴っていうのもあれなんだけど、一番ネックになってるのはやっぱり性別だから。 それを簡単に飛び越えてしまうジムの強さ。 俺にはない。

「じゃあさ、俺が勝ったら俺とつきあうっていうのはどう?」
「ええ!?」
何を言い出すのかと俺は後ずさる。
「はは、ジョークだよ」
いたずらっぽく笑うジムにからかわれたのだとわかる。
「え…ああ、驚かすなよ!」
飛び跳ねた心臓を引っ込めて、胸を撫で下ろし 俺たちは学校へ向かって歩き出した。
「でもさ、キスくらいはしてくれるよな?」
「!!?」




「大変大変!兄貴とジム君がデュエル場でデュエルしてるらしいッスーーー!!!」
「ほんとうかドン!?それは大変ザウルス!すぐ行くドン!」
「剣山君は授業あるでしょ、もどりなよ!」
「ぬお〜!授業なんてうけてる場合じゃないドン!」
十代とジムのデュエルは学校にちょっとした騒動を巻き起こしていた。 何かと話題の多い「あの」遊城十代と、留学生のジムである。見たいと思う生徒が多いのも当然だった。 休講以外の授業の生徒が半分以上欠席し、やもえず授業を取りやめた先生もいたほどだ。 もちろん実技担当最高責任者はカンカンに怒っていたらしいが、当人たちに罪はない。
デュエルリングの周りはいつのまにか観客で埋めつくされていた。 一緒にいた女の子をなんとか言いくるめて、デュエル場に辿り着いたヨハンはまだデュエルが終わってなかったことに安堵した。
「ライフは…!?」
十代が4200、ジムが3900。あってないような差だ。 4000を切るとあっという間に勝負がつく時だってある。 リング上の二人は観客の多さになど目もくれず、とても集中し、楽しくてしかたがないといった笑顔を見せていた。
「ジム!今俺、めちゃくちゃ楽しいぜ!」
手札を握る指先に自然に力がこもる。 忘れてた。 デュエルの可能性は無限大で、いろんなカードがあるように、攻撃、守備の展開もいろいろあるってこと。 最近はヨハンとばかりデュエルをしていたから、ヨハンの攻め筋に慣れてしまっていた俺にとって、ジムのデッキもスタイルもひどく新鮮だった。
「俺もさ、十代。油断してると足元すくわれるぜ!」
「へへ、そう簡単にはいかないぜ!」
複雑なターンなのにテンポよく進み、俺の頭の中は自覚できないくらい研ぎ澄まされていった。
伏せカードはなんだろうとか、ライフはどれくらいだとか、いちいち考えなくても感覚でわかる。
ドローする度にカードが手に張り付いてくる気さえした。

 楽しい。
こんなにも楽しいのはひさしぶりだ。

負けたくないという気持ちは変わらないけど、ヨハンとはこんな純粋なデュエルがもうとっくにできなくなっていた。
そう、今の関係もいつかきっと壊れる。 俺がボロボロになるか、ヨハンに嫌われるか。
見て見ないふりをいつまでできるだろう。
側にいたい。 だたそれだけの望み。

ライフがゼロになる音がする。
張られていたフィード魔法のヴィジョンが消え、デュエルが終わった。

勝ったのは…………俺だ。

緊迫していた場内がいっせいに沸いた。
「兄貴ー!!!さすがだドン!さすが俺の兄貴だドン!」
「兄貴ー!!さすがッスー!さすが僕の兄貴ッスー!!」

突然の歓声や拍手に驚いて、俺は縮こまった。
「なんだぁ?」
いつからこんな人がいたんだ? 集中してて全く気が付かなかったぜ…

「サンキュー十代。いいデュエルだった。さすが十代だよ」
「ジム…、俺もだ。ほんと、どっちが勝ってもおかしくなかったぜ。ありがとな」

リングの中央で堅く握手をすると、拍手と歓声が増す。
考古学が好きなジムの手は節ばっていて、大きかった。
この手できっといろんな古代の遺物を掘り当てるんだろう。

「約束だからキスはあきらめるよ」
真面目な雰囲気だったのに突然ドキリとするようなことを言われて、俺は急いで手を離した。
「なっ、あれは…冗談だろ?」
「冗談じゃないよ。さっき言ったこと。全部」
ざわめきの中、この会話が聞こえているのは俺達だけだろう。
俺はまだ、どう答えていいのかわからなかった。
でもジムの言葉ひとつひとつが、ヨハンへの想いでガチガチになっていた俺の心を溶かしていく。
「じゃあ負けたのは俺だから、俺からキスするね」

あ、っと場内が一瞬静まりかえる。
長身のジムがかがみ、俺の口……の横にキスをした。
角度によれば海外流の挨拶にも見えるだろうし、本当にキスしたかのように見えただろう。 驚きすぎて、俺は何が起こったのかわからなかった。
目を見開き、口をパクパクさせることしかできない。
「続きがしたくなったらいつでも呼んで?」
「ば、バカ言うなよ…!」
唇の感触の残る頬を手で押さえる。
一瞬だったけど、それでもあまりにも顔が近くて照れるどころじゃない。顔の温度が上昇していくのがわかる。
「ジムのバカー!」
俺はいたたまれなくなってその場からダッシュした。
会場は歓声とはまた違ったざわめきに包まれる。
「兄貴、どこ行くンすかー!」
弟分たちが後を追った。

「やれやれ、まるでシンデレラだな」
ジムは帽子を被りなおすと、デュエルディスクを置いて出口へ向かった。騒然とする会場の様子などまるで気にしていない。
 出口付近の通路で、ジムはある人物がいるのに気が付く。
「Hi、プレイボーイ。見てたのかい?」
留学生という同じ肩書きを持つ欧州出身の友人は、あきれたといった感じで壁に持たれたままこちらを見た。
「男同士で何してんだよ。気持ち悪ィ。」
悪意というよりは彼の素直な感想だった。
「俺は十代なら抱けるよ」
思ってもなかった返事だったのか、ヨハンは唖然として言葉を失う。
ジムはそんなヨハンを横目にデュエル場を後にした。




  ジムと十代のデュエルの興奮や、その後のよくわからないやり取りの憶測がまだ冷め遣らぬその日の夜だった。
ブルー男子寮の一室。

「まぁここは、俺ならこうするかな」
「ヨハン君ありがとう。すっごくわかりやすかった!」
「レイは勉強熱心だよな」
「えへへ」
褒められてうれしいのか、かわいい後輩は照れてみせる。
『勉強教えて』なんてまぁありがちな誘い文句だけどさ。それに簡単に乗ってしまう俺ではないのだ。
「もう遅いから寮に戻らないと」
「うん…そうだね…」
レイがノートや教材を揃え始めるが、その表情は暗い。
わっかりやすいよなー… どうしよ。食っちまうか? いやまさか。レイだぜ?
キスの一つでもしたら満足して帰ってくれるかな…
「ボク…今日は帰りたくないな。疲れちゃったもん」
ああ、そう来るのね。 そこまで言われちゃ俺もね。言わないとしょうがないよね。
「うーん。レイはなぁ…もうちょっと大人になったら、な」
そう言ってウィンク。 紳士ぶるならキスもなしでいい。
明らかに不満そうなレイをある程度気づかないフリをして、俺は部屋のドアを開けた。
「寮まで送るぜ」

男子寮と女子寮はそんなに離れていないが、それでも夜に女の子が一人歩きするのに安全とは言えなかった。
学校といっても島の森の中。整地されてるところも少ないし、夜道となると結構暗い。
足取りの重いレイに合わせてゆっくり歩く
。 機嫌が悪いことをアピールするために無言を決め込むレイに、若干うんざりしながらも俺は会話の糸口を探した。
こーゆうとこ、自分でも褒めてやりたいぜ。
「レイってさ…十代のことが好きなんだよな?」
「!」
世間話には少々ツっこんだ話かもしれないが、これくらいでちょうどいい。
正直レイは仲間だと思ってるし、どうこうなると色々ややこしくなるからだ。 牽制の意味もある。
「十代様のことは好きだよ…。」
うつむきがちなレイは俺の方を見ずに話しだした。
「でもね、わかっちゃったんだ。十代様、誰か好きな人がいるみたい。すごくわかりやすいんだよ。ずっと見てるとね」
あの十代に、好きな人…? 恋愛なんて興味なさそうなのに。
クス、と噴き出した時昼間の言葉が脳裏に浮かんだ。

『俺は十代なら抱けるよ』

ジムが十代にしたキスは、挨拶でも友愛でもなんでもない。 それぐらいはわかる。
「ヨハン君…?」
黙ってしまった俺にレイが心配そうに声をかけた。
「あ、ごめん。じゃあ、俺はここまでな。門まで行くと見られちまうから」
「…慣れてるんだね」
「気をつけて」
名残惜しそうなレイに俺は笑顔で手を振った。
レイの最後の言葉は聞こえなかったわけじゃない。とりあっても気まずくなるだけだし。 めんどくさいことはスルーするのが一番。 それが、女の子とうまくつきあう方法なんだぜ。

俺はきびすを返して男子寮へ戻ろうとした。
月夜にひんやりとした風が草木を揺らしている。 月光に照らされて白む雲が、少し夜を明るくしていた。
「……」
まだ寝るには早い時間だ。 今日はもう勉強する気になれないし。 デッキはホルダーの中。
「…レッド寮でも行くか」
女の子とすごさない夜もひさしぶりだ。
女の子は好きだけど、実は最近マンネリを感じてたり。
さっきのレイみたいなのはめんどくさいし、セックスは好きだけど、飽きたっていうか慣れ過ぎて退屈。
かといって特定の相手をを決める気にもなれない。 デュエルしてるほうが、そう…よっぽど興奮するぜ。
「ああ、そうだ」
昼間の十代とジムのデュエル。 気になったところがいくつかあった。
十代にしたらとても不用意な攻撃が何回かあったんだ。 俺とデュエルしてる時は絶対しないような。 よし、そのへんをとっちめてやろう。
レッド寮へ行く確固たる理由ができて、俺は勇んで歩きだした。

ひさしぶりに通る道だ。 いつぶりだろう。 十代の部屋へ行くのは。
3年になって十代しかいなくなったレッド寮。出入りも十代の周りの限られた人間しかしない。
相変わらずボロいスチールの階段をカン、カン、と上った。
「十代ー!おーい」
返事もなく部屋も暗い。
「あれ…おっかしーな。出かけてるのか?」
こんな時間に?
ふとジムの顔がよぎる。
まさか、な。 せっかくここまで来たのに帰るってのもなー。
風呂か? 場所、どこだっけ… 温泉なんだよなー確か。
外で風呂に入るなんて、マジで信じらんねーよ。

まぁ、行ってみるか。





デュエルアカデミア島には大きな火山があって、地熱で温められた地下水がいくつかの温泉をつくっていた。山の方へ行けば間欠泉だって見れる。
アカデミアでは火山熱を利用した巨大な温泉施設もあるし、ブルー寮やイエロー寮の個室のシャワーにも使われている。 ただし、レッド寮に風呂はない。 寮近くの温泉が与えられているのだ。
ついたてもなければ、脱衣所もない。
最低限温泉の周りは石造りで舗装され、なんとか温泉として形をとどめていたが、劣悪な環境にはかわりない。 森の動物たちとご一緒することもめずらしくなかった。
格差方針の最たる例が、この温泉と言ってもいいだろう。

しかし、たった一人となったレッド寮の主は、入学当初からこの温泉をいたく気に入っている。
順応性があるというかなんというか。状況をポジティブにとらえることができるのは、彼のいいところでもあった。


「あー、今日はなんかいろいろあった一日だったなぁ…」
水面にゆらゆら揺れる月の光をそっとすくいあげてみる。
ジムに告白されて、その後デュエルして、そしてキ… そこまで辿り着くと、沸騰したように頭に血がのぼってしまう。
ザブンと水中に潜っては、ぼーっとするのをさっきから繰り返していた。
「のぼせちまう…」 温泉の周りのゴツゴツした大きな岩に腰掛け、熱くなりすぎた体を夜風にさらす。

『十代のことずっと見てたから』
『俺にしておきなよ』
『続きがしたくなったらいつでも呼んで?』

昼間ささやかれた嘘みたいに甘い言葉を反芻する。

「ジム…」

何度も、何度も。 思う。
ヨハンに言われた言葉だったらどんなにうれしかっただろう。

最低だ、俺…

心とは裏腹に、次第に熱くなっていく体の芯。

ジムの声をヨハンに変えて。 優しい表情も、キスも。全部。

「ヨハン…」

ザブ…

再び水面に波紋が起こる。
下半身は湯につかったまま俺は岩肌に手をつき、前かがみになった。
一人きりになってから、何度目かの行為。
初めは自分を慰めるためにしていた。

そのうち、ヨハンはどういう風に女の子を抱くんだろうと考え始めた。
あの唇で、あの声で、あの身体で。

さぞかし甘い声で、時に優しく、たまに激しかったりして、官能的に違いない。

同じ性を持つ自分を恨む。
自分が女だったら、一度くらい抱いてもらえたかもしれないのに…。

男同士でセックスをするのに、どこを使うかなんて知らない。
でも俺はたった一つしかない蕾に手を出した。
よくわからずにいじってみるだけで、最初は指の一本入れるのが精一杯で。
何回かするうちに指は複数入るようになって。
自分で出し入れするのにも限界があるから、気持ちのいい箇所を間接を使ってグリグリすることに落ち着いた。
グリグリしながらもう片方の手で前も擦りあげると、普通のオナニーの何倍も感じることができた。

「ん……ふぅ… あ………はぁ、はぁ…」
どんなに声を出してもいい環境は、さらに歯止めをきかなくさせてく。
ヨハンに抱かれる自分を想像し、焦がれる。
「ヨハンんん…、んッ……あぅ…ああっ…」
唾液をだらだらと岩に垂れ流しながら、両手は速さを増していく。

「ッ……は……ヨハン……ヨハンッ!!!」
カクカクと腰を揺らしては波紋が幾重にも重なり、水音が静かな森に溶けた。
白い湯気の幻影に抱かれているかのように、乱れる。

こんな姿、誰にも見せられない。
きっとジムだって幻滅してしまうだろう。
終わった後の焦燥感と引き換えに得る刹那的な快楽を求め、俺は絶頂へ向かっていった。

「好き…ヨハン…好…き………好………………う……んんッ…………!!!」
手のひらにぬるりとした感触が広がったのを合図に 脱力した俺は倒れこみ、洗い髪に土がつくのも気にならない。

「はぁ……はぁ……」
肩で呼吸を整えながら霞んだ視界に月夜を映す。

果てた後はしばらく何も考えなくてすむからいい。
ヨハンのことも。ジムのことも。

余韻に震える下半身がおさまるまで、俺は死んだように動かないでいた。
このまま土に消えてしまえばいい。
俺も。 ヨハンへの想いも…


さっきより少し高く、さらに発光した月が十代の蒸気した体を冷やすように照らしていた。






暗い森をゆっくり歩く。
一歩ずつ。


右足、左足。

もうここまでくれば。

足音は? 聞こえないだろうか。


弾かれたように俺は駆けだした。


なぜかはわからないが、その場から少しでも早く遠くへ行かなければならないという強迫観念に襲われる。

頭の奥でけたたましい音がした。

警鐘だ。
頭がうまく整理できない。

俺が………今………見たものは……… 何だったのか?
あれは。 誰だったのか。
自慰なんてのはみんなするし俺もするし、十代だってするだろう。

でもあんな………… 女みたいによがったりはしない。
高く、かすれた声で。 誰を。 誰の名前を…

『………んんッ……ヨハン……ヨハンっ!』

再生された声にゾクリと背中が泡立つ。

走っている負荷も感じないほどだ。
早く自分の部屋へもどりたい。

『十代様、誰か好きな人がいるみたい』
さっきのレイとの会話。

それが俺だというのか?


『すごくわかりやすいんだよ。ずっと見てるとね』




誰か嘘だと言ってくれ。






次の日。
朝日が射し込む部屋を見て、自分が寝てしまっていたことに気が付く。
あれだけの不安を抱えて、眠れないんじゃないかと毛布の中で丸まっていたのに。
自分の神経の太さに自嘲した。 それでも数時間しか眠っていない。
暗闇が紫に変わり、朝になる瞬間までは起きていた。

「ん…………」
覚醒しきらないまま、なんとかまぶたを持ち上げる。

枕元においてあるカードに気づき、心が締め付けられた。
そのカードは、虹の古代都市 ―レインボー・ルイン。 場に出てこられると厄介で、何度となく苦しめられた。宝玉デッキにはなくてはならない魔法カードだ。
そしてこのカードを持つことが許されているのは世界に一人しかいない。
昨日風呂から寮にもどる道で見つけた。

拾い上げた瞬間、息が止まってしまうかと思った。

なぜここに? ヨハンが来たのだろか。どうして。 今夜も女の子と約束をしていたはずなのに…
来たとして? なぜ帰ってしまったのだろう。
何を聞き、何を見…

「……………………!」

急速に冷えていく足先。 頭に浮かんだ恐ろしい仮定に血の気が引いた。
どんどん心臓の音が大きくなっていく。

まだ… まだそうと決まったわけじゃない。
一番最悪のパターンを想定したに過ぎない。 落ち着くんだ。

思考とは別に、早鐘のように鼓動する心音が周囲の音を遮る。
嫌な汗がこめかみを伝った。

もし見られたのなら?
俺の気持ちが知られてしまったのなら?

「…………………………」


苦しい。 胸がつまって、窒息してしまいそうだ。

答えはたった一つ。 一つしかない。
何より守りたかったものを、自分で壊してしまったかもしれない。

押しつぶされそうな胸を抱え、寮に戻ってベッドへもぐりこんだ。
何度もため息をついては、あれこれ考え、そしていつも同じところに着地する。
結局この苦しみから解放されるには、結局本人に確かめるしか方法はない。
ヨハンに会って、何事も無いことに安心できるのか、決定的に関係が変わるのか。 わかってはいても、こうして朝を迎えるまで怖くてしかたなかった。 勝率はかなり低い。 悪い勘ほど当たっているものだ。
祈るような気持ちで、両手でそっとカードを包み込む。 描かれているのは、誰もいなくなった廃墟に架かる美しい虹のイラストだ。 七色の虹を湛える蒼い空はヨハンの瞳を思い出させ、ふいに視界がぼやけた。

おきてもいないことに泣くなんて馬鹿らしい。
そう自分を焚きつけて。

自分のデッキホルダーにレインボールインを入れ、いつもより少し早く部屋を出た。
1限目の授業は講義用の階段教室。
いつもの席に座る。 まだ生徒は数人しかいない。
さっきからいい知れない緊張感が続いてる。
気分が悪い。吐きそうだ。
翔たちがくればまだ気がまぎれるかも。ああでも、うまく平静を保っていられるだろうか。
そわそわする俺は次々やってくる明日香や万丈目と会話をしながらも、一方でヨハンの気配を探していた。
いつ来るだろう。 わざわざ挨拶をしに行くのは不自然だろうか。
早く確認したい。
思い違いなら、一瞬でも早くこの苦しみから逃れたかった。


始業のベルが鳴る。 
「ヨハン君、おはよー」
反射的に声のする方を見ると、教師とほぼ同時に教室へ入ってきたヨハンがいた。
低血圧なヨハンは1限目は不機嫌そうだ。

ヨハン………!

あくびをしながらも、女の子たちがいる教壇に近い席に座った。
「やだーヨハン君、寝癖ついてる。めずらしー」
「あー今日は寝坊しちまって…」
「あたしワックス持ってるよ!」
「サンキュー」
教師の厳しい視線もおかまいなしの一角は、授業が始まってることなど気にしていない様子だ。 待っても無駄だと気づいた教師が出席を取り始め、結局俺はヨハンと話すことなく講義が始まってしまった。


いつもより10倍は長く感じた授業が終わったが、全くといっていいほど頭には何も残っていない。
「兄貴ー次の教室いこー」
ガヤガヤとざわめきだす教室。次々席を立つ生徒に遅れないように俺も席を立った。
「あー…、俺ちょっと用事あるから先に行っててくれ」
ヨハンを見失ないよう、翔たちへの会話もおざなりに、足早にその場を去った。

ヨハンは女の子といるけど、この際かまってられない。
「―― ヨハン!」
人気のない廊下で俺は意を決してヨハンを呼び止めた。
「…十代、おはよ。めずらしいな1限からいるなんて」
そう言って笑ったヨハンに、俺は心底安堵した。
ああ、よかった。いつものヨハンだ。 俺の思い過ごしだったんだ。

「おはよう。ヨハン」
あんまり不自然にうれしそうにしたら駄目だ。 普通に。普通に。
不安の元を解消してしまおう。
「あのさ、昨日 『寮の近くで』 これ拾ったんだ。」
そう言って俺がホルダーから差し出したレインボールインに、ヨハンが眉根を寄せた。
ヨハンが何を見て、何を知ったとしてもこれを受け取ってくれることで何もなかったことにしてほしい。 賭けにも似た行為だった。
「…あー、いいよ。それ予備あるし。捨ててくれ」

「な…」
続けられた言葉に俺は愕然とした。

カードを…捨てる…だって?
ヨハンがそんなことを言うなんて。
「何言ってるんだ。別に汚れてなんかないぜ」
受け取る様子のないヨハンの腕を掴み、俺は強引に渡そうとした。

「ヨハン君!」
隣にいた女子が何事かと叫び声をあげる。

ルインのカードが音もなく廊下に落ちるのが見えたが、俺は振り払われた手の感触に、思考が飛んだ。

「あー、やっぱ無理だわ。悪いけど」
鮮明に流れこんでくる、その言葉の意味。
すぐ理解できてしまう自分が憎い。
「もう俺に話しかけないでくれる?気持ち悪いから」

俺を見ようとしないヨハン。 冷たく光る目は、それでも美しい。

「…………」

何時間か前に何度も予想したことだ。 それが現実になっただけ。
それこそ、ヨハンへの気持ちを自覚してから、ずっと恐れていた場面。
でもこれだけは伝えなければ。 自己満足だとしても。

「…嫌な思いさせてごめん……」

まだ泣くな。 泣いたらダメだ…

「俺はヨハンが好きだ」


ヨハンは表情一つ変えない。



「好きになってごめん……」







使われない空き教室はだいたい把握してる。
「…ヨハン君どうしたの?めずらしいね、昼休みはいつもいないのに」
「君に会うのに、理由は必要?」

あーこの子、なんて名前だっけな。 わかんないや。まぁいいか。

 薄暗い教室の隅。
腕の中にすっぽり入る、ふわふわの女の子。
髪から流行りのシャンプーの匂いがする。
 唇を寄せた俺に戸惑うフリをしてみせる。

「まさか…ここでするの?」
「だめ…?今すぐ欲しいんだ。君のこと」

答えなんて聞かなくてもいい。 関係ないし。
キスして目がとろんとしたら、この子だってすぐ体を開いてくれる。
「ん………や…………ヨハンく……ん……」
そう言いつつ、股の間に割って入る膝を拒みもしない。

「壁に手…ついて?後ろが好きなんだ」
手のひらにやわらかい胸の感触。 短すぎるスカートは簡単に秘部まで導いてくれる。
「…こう…?あたし……あたし…ヨハン君になら……」
「俺のこと…好き?」
下ろした下着が、太ももあたりで丸まってる。
前だけ開けたズボンから、いきり立った俺自身を取り出した。

焦れるなぁ…ったくめんどくせぇ。

『俺はヨハンが好きだ』
ふいによぎる言葉。

「好きっ!ずっと…ずっと好きだったの…」

『ぁ………ん、……ヨハ………ン………好き……好………き………』

あの夜から離れない。 声と。 その肢体。

「ずっと、っていつ?いつから?」
「初めて…見たとき…から……あっん……」

その答えを聞いて? どうするんだ俺は。
誰に聞きたいんだ。

「そう…うれしいよ」
意味のない会話が続く。 もう確認を取るのも煩わしい。
前戯なんてする必要性も感じなくて、俺は半ば強引に押し入った。

「ひ…い…いたぁい…ヨハン君!!!」
物怖じする腰を押さえ込んで、おかまいなしに動く。
「痛い…よぅっ、やめて……抜いて!抜いてってばぁ!!」
泣き叫ぶような声が聞こえても、俺の心には何も届かない。
ただ他人の熱を求め、奪うだけの獣のようだ。
「ねぇ……ヨハン、って呼んでみて………」
会話の成立しない俺に、相手は恐怖したのかもしれない。
さっきまで恍惚としていた瞳が、不安に歪む。
「何……言ってるの………変だよ……ヨハン君……」
「あー…もうイくから。もうちょっと我慢して」
力任せに何度も腰を打ち付ける。 この摩擦は自慰じゃ得られない。 まぁこんなセックス自慰と変わらないけど。
「……くッ……………」
生理的な射精が終わると、俺は脱力し力を緩めた。 ゴムの中で放たれた精液の不快感がたまらない。
ずるりと抜けた感覚がし、俺は軽く突き飛ばされた。 特に驚きもない。 普通に最低だもんな。
「ヨハン君ひどいよこんな…」
「…………あ、まだいたんだ?」
走り去る女の子も、叩かれた頬も、何も俺を動かさない。
誰か俺を揺さぶってくれやしないかと、傷つけてみる。
自暴自棄もいいとこだと客観的に思ったりもするがどうにもならない。

この、喪失感が。


 


ザァ…………

出しっぱなしのシャワーの水音が狭い空間に響く。

「ハァ……ッ………ハァ………」

いくら冷水で体を冷やそうと、一向に引かない熱。
全身の血液が沸騰しそうだ。 吐き出さなければ。 この熱を。 でなければ気でもふれてしまう。

「発情期の猿かよ…」
昼間もしたくせに、と渇いた笑みを漏らす。 夜になると決まってこうだ。
でも誰かと一緒にいる気にはなれない。

いつからって?いつからってそりゃ… あの夜からずっと。

自分でする分には早くて済む。
浴槽の淵に腰かけ、作業にすぎないその行為にふけった。

『好きになってごめん』

今にも泣き出しそうな顔をしていた。
俺が思い出せる十代は、怒ってたり仏頂面だったり、そんなのしかない。
出会った頃はよく笑ってたのに。
俺たちはよく似てる、そんな風に言われていたりもした。
今じゃそんなこと誰も言わない。

いつからなんて、俺は知ってるんじゃないのか……?
 熱っぽい十代の視線に、俺は気づいていなかったと言い切れるのだろうか。
無意識に避けて… 女が好きなんだと見せつけるみたいに。
それでも、デュエルをしたかったのは俺だ。 十代は誘いを断れない。
どんなにつらい思いをさせだだろう。

 『ヨハンが好きだ』

俺から離れるべきだったのに。

蒸気した桃色の肌にいやらしく流れる水滴。
大股を開いた十代が、その中心を上下させる。

潤んだ瞳で。
性欲に支配された表情で。
俺を焦がれて。

あの夜の嬌声が自然と甦る。
「…………………………ッ!………」
張り詰めていたものが放たれ、指を伝いタイルに落ちた。

「……だから……なんで十代なんだよ…!!」
うなだれたまま壁をこぶしで打った。

ああ、でも少しずつ熱が引いていくのがわかる。


こんな夜がずっと続いて、俺は精神的にまいっていた。




俺の悪評のせいか、昼飯を一緒にとろうとする女の子は一人もいなくなっていた。
そんなことは微塵も気にならない俺は、別段いつも通り、ランチを受け取って適当な席についた。
ちょうどいい。女の子を喜ばせる言葉を吐く気分でもないし。

昼休みどするかな…

十代とすごしていた時間がぽっかり空いたことが何よりも俺を悩ませた。
十代への友情と、その後すぐにやってくる嫌悪感に耐え切れない。
それこそ、誰かと肌でも合わせていないと…

「ヨハン、ちょっといいかい?」
そう言って俺の前に現れたのはジムだ。
突然現れた豪州出身の友人に、何事かと俺はいぶかしむ。
「……いいぜ。今日はカレンはいないんだな」
まさかこの俺が男と飯食うなんてよ。
「ここじゃあれだから、廊下で」
「はぁ!?ランチが冷めちまうじゃねーか」
「時間は取らせないよ」
ブーたれて不平を言いながらしぶしぶ廊下へついて行くと、 人通りの少ない廊下のはずれでジムが立ち止まった。
「…で、なんだよ?改まって」
「………ヨハンと十代は、もっと強い絆で結ばれているのかと思ってたよ」

……………なんだ?何が言いたいんだ。 俺と十代のことを知っているのか。

『俺は十代なら抱けるよ』

すっかり忘却のかなたに葬っていた言葉が甦った。
「今の十代は…とても見てられないよ。憔悴しきってる」
「……………」
「これ以上彼を傷つけるようなら、俺が奪うよ。OK?」
「……十代が好きなのか?」
ごくりと息をのむ。
こんな質問はしなくたって、容易にわかるのに。

「好きだよ」
ジムは終始落ち着いた声で話す。
「……………男なんだぞ?」

俺は何かに恐怖していた。
ジムは俺の既成概念を壊す言葉を持っているに違いなかった。

「それが?」
「………!」

苦虫を噛み潰したような顔をしていたかもしれない。
でもジムの言葉に動揺していると悟られたくない。

「十代が好きだ。『それ』だけだよ。泣いていたら慰めてあげたいし、好きな人には笑っていてほしいだろ?」

「……………」

何も言葉が出てこなかった。 立ち尽くす俺は拳に力をこめることしかできなくて。
「………じゃあ、手間を取らせたな」
ジムは帽子を目深に被りなおすと、俺と目を合わせることもなく立ち去った。

「……………」

ひどい頭痛がする。
あの夜聞いた警鐘が、また鳴り響く。 俺の中の何かが崩れる時の警告音だ。

俺が十代を失って、ジムが十代を得る………
そんなことが……許せる…のか?
うまく考えがまとまらない。 混乱した脳の回路が、あの夜の十代の肢体を映し出す。
俺が見たときよりずっと淫猥で、なまめかしい。 俺に抱かれ、よがり狂う十代を。

奪う…と言った。 慰めるとも……

さっきのジムの言葉だ。
あの体が…誰かに抱かれるためにあるというのか?
ジムと十代が…… 想像したくもない。

セーブのきかない頭をぶんぶんと横に振った。

「あ〜〜〜〜ッ!!!!!もう!!!!!」

いくら考えても切りがない。 こればっかりは頭をいくら使おうがどうしようもなかった。
もうすべて、感覚のおもむくままに。


本当に自分が欲しいものは。


 廊下を駆けだす。

ジムがいなくなってどのくらい時間がたったのかは知らない。
でもそれが遅すぎたのかどうかは、まだわからなかった。




「雨だ…」


と言っても、今ここに雨粒が落ちてきたわけではない。至極晴れわたっている。
遠くに浮かぶ積乱雲の塊が、局地的に海面に雨を降らせているのだ。雨音さえ聞こえない。
海を臨む学校の屋上からは、ごくたまに見ることのできる現象だった。
アスファルトにべったりとつけた頬に、半開きの口からだらしなくよだれをたらし無気力に横たわった俺は、特に感動もなくその雨雲を眺めていた。
ここ数日間眠れない夜が続き、日中常に半覚醒のようなぼんやりとした気分だ。 浅く眠っては起き、また眠くなるのを待つだけだった。
泣くことなどとうにあきらめて、ただ風の音を聞いている。
授業に出ないと、なんて浮かんでは消えた。

階段から足音がする。
誰かがやってくる。
知らない足音。
ヨハンじゃない。

ピクリとも動けない俺は、誰かが隣に座ってもそっちを向くことすらしなかった。
「十代……大丈夫かい?」
声の主は、ジムだ。 ここ数日間何かと俺のこと気にかけてくれて、何度か様子を見に来てくれた。
「………ああ」
ほとんど口を動かさずに、漏らすような声で答える。
涙で乾いた目蓋は重く、眼球だけがぶれているような感じだ。 ジムの気配だけがする。

「…………十代」

俺に落とされる影。
ジムの腕に視界を遮られた俺は、なんとか顔だけでも天にむけた。
俺に覆いかぶさったジムの体温を感じる。 触れ合っているところが、温かい。
心配そうな表情のジムを、俺はまるで他人事のように見上げてた。
ジムの大きな手のひらが俺の胸をなで、なぜるように下へのびる。

「……!」

「…う………ひゃひゃはひゃは!!!!!やめっ……!!ジム!!!!くすぐったい!!!うひゃあ!!」
わき腹の弱いところを急にくすぐられて、俺は手足をばたばたさせて笑いころげた。
「ったく…何するんだよいきなり…」
泣き笑いでジムを見ると優しい目をして微笑んでいて、その表情にハっとする。

「ジム……」
「キスしてもいい?」
「……………」

俺の答えを待たずに、落とされる口付け。
最初は腫れたまぶたに。 その次は目尻、次に頬、次に口端。 この前された場所と同じだ。
まだ覚えてる。

ジムの薄い舌が、俺の下唇をそっと舐めた。

「…………俺を抱くのか?」
「それもいいね」

慈しむようにジムは笑う。
うん…大丈夫。 ヨハンじゃない。 ちゃんとわかってる。

ジムは長い指で俺の髪をすくように何度も頭をなぜた。
優しいジム。 甘えてしまいたくなる。
俺はヨハンに振られたわけだから、誰に義理立てする必要もない。 そう思って、また悲しくなる。
油断すると、すぐに揺れてしまう。 こんな不安定な状況から救い出してくれるのだろうか。 目の前のこの人が。
「……泣かないで」
制御できない涙腺。 ぬぐわれるとヒリヒリと痛む。

さっきの雨雲は雨を落としきったのか、もう真っ白な色をして空をめざしているのが視界の隅で見えた。

ゆっくりまぶたを閉じると、大きな粒がまた一筋流れた。
首筋をなぞるジムの唇が、ぞくりと俺の背筋を奮わせる。
これから起こることが少し怖くて、俺はたまらずジムにしがみついた。
「…やめてもいいんだよ?」
「………」

これ以上意思表示しないのはジムに対して不誠実だ。 流されているのではない。未来の自分に言い訳できないように。
決心しなければ。
気持ちがなくなるわけじゃない。
ほんの小さな、さよならを。

ヨハン… 最後に見たヨハンはどんな顔をしていただろう。
ぼやけた視界で見たヨハンは、輪郭さえはっきりしない。

「ジム……俺は…」
体を起こし、ジムの瞳を覗き込む。 包帯の巻かれた頬に触れた。
「無理しなくていいよ」
「無理じゃない!無理じゃないぜ…」

ヨハン…

「ヨハンより夢中にさせてみせるよ」

ヨハン…

「…けっこー自信家なんだな」

ヨハン……!


ふいにさっきの雨雲を見た。雲はほとんど空に溶けて、もう消えてかかっている。
うっすらと架かった虹が見えて。 また胸が痛み出した。

「…ううっ………」

ボロボロとこぼれる涙。 あれだけ泣いたのにまだ出るのかよ、なんて客観的に思ったりして。

「十代…」
引き寄せられて、その胸に抱きとめられる。
「うう…ジム…俺………俺………」
ジムがきつく抱きしめてくれたので、俺は子供みたいに安心して体重を預けた。
顔が近くて、いつキスされてもおかしくないくらい。


その時、

「十代!!!!」

もう二度と 屋上に来るはずもない人物の声が響きわたった。
な、何……… どうして。なんで。

その声に俺は思考が飛んだ。 うまく状況が飲み込めない。
でも、ジムの腕の力が少し強くなった。
近づく足音は間隔が短い。

「……………」

すぐ近くに立っている。 俺を見下ろしているであろうヨハンを、とても見ることができない。
こんなところを見られるなんて。 俺ばかりでなく、ジムまでひどいことを言われたらどうしようとかいろんなことが駆け巡った。

息ができない。
ヨハン。なぜ現れたんだ。

「……………俺のことが好きだと言ったよな?」
「…………」

質問の意図がわからなくて、返答できない。 怒っているような気さえする。
どうして…
いい知れない緊張に体の先端が震えだしていた。ジムが支えてくれなければ、重力に負けてしまいそうだ。
答えなければ… どういう風に答えれば、ヨハンは満足するのだろう。
「……………それはもう………やめたから………」

ヨハンにはもう付きまとわないと、必死に考えた返答だったが場の空気がいっそう重くなるのを感じた。
急に伸びてきたヨハンの手がジムと俺の間に入りこんだかと思ったら、強引に俺の腕を掴み取り、引き離される。
「痛っ……!!!ヨハン!!!」
引かれるままに、立ち上がった。肩の関節が抜けそうになるほど強い力だ。
「ヨハン!乱暴だぞ!」
抗議して立ち上がるジム。
「うるせぇ!俺達のことに口を出すな」
睨み合う二人の間にすさまじい殺気が走った。
「なんならデュエルしたっていいんだぜ」
俺は何がどうなってるのかわからなくて、ただただ目の前の二人を見ているだけだ。
ただ、掴まれた手首からヨハンの熱が競り上がってくる。
「デュエルじゃ負ける気はしないけど」
「んだと……」
負けん気の強いヨハンが今にも掴みかかりそうだ。
「勝っても十代の心は手に入らないさ」
「ジム…!」
ジムが一歩前に進み出たかと思うと、俺の顎を取ってそっと耳朶に口付けた。
俺にしか聞こえない声で、一言、二言囁くが、ヨハンによってあっという間に遠ざけられてしまった。
どんどん引っ張られてく俺に、笑顔で手を振るジム。
屋上への入り口はすぐに小さく、遠くなっていった。


手を引かれてうまく歩けない俺は、おぼつかない足取りでなんとかついていくのが精一杯だ。
どこへ行く気だろう。 ヨハンは前を向いたまま無言だった。 授業が始まっている廊下には誰もおらず、階段を降りきると正面玄関を抜け、校舎の外へ出る。
「ヨハン!どこに行くんだよ!」
何度尋ねても返事はない。 ブルー男子寮の大きな扉を乱暴に開けると、さらに奥へ突き進む。
数えるほどしか入ったことのない男子寮。 一室の前で止まると、有無も言わさず連れ込まれ、突き飛ばされて壁に肩を強く打って、その 痛みが脳に伝わる前に噛み付かれるようなキスをされた。

「………!!ん………」
無防備だった口内にヨハンの舌が入り込み、俺の中を暴こうと激しく動き回る。
「は……んんっ、ヨハ…ン………!!!」
必死でもがき、なんとかヨハンを引き離そうと両手で押し返す。

晴天の霹靂ともいえるような、信じなれない展開。
「や…め………んん……」
俺の両手首を押さえつけるヨハンに抵抗しながらも、膠着状態だ。 その間にどんどん唇を奪われてしまう。 あんなに望んでいたヨハンの口付けが、理解しないまま降り注ぎ、脳内は混乱を極めた。
「…はぁ……ん……」
お互いの唾液が交わる音がにゅる、と響く。
ヨハンが一呼吸おいた。

でもまだ手首は壁に押し付けられたままだ。逃げたりなんてしないのに。
「はぁ…ッ………はぁ………」
息も絶え絶えにヨハンを見る。 いつもより余裕がない感じがした。
「ど…うしたんだよ……ヨハン…………俺のこと…気持ち悪いって………」
翡翠のようなヨハンの瞳。光が差し込んで精巧な細工が施された宝石のようだった。 こんなにも近くで見ることができる。
「……………わからない」
 
「ただ、十代がジムに抱かれるのかと思ったら…気がついたら走ってた」
「……!」
その言葉が意味するもの。
「俺は確かめたいんだ。この感情を。どんなに嫌がっても、俺は十代を抱く」
「そんな……無理だ。きっと俺のこともっと嫌いになる」
そううつむく俺をヨハンが抱き寄せ、もう一度キスをした。
指先にこめられる力がとても強い。 痛いくらいだ。 あざにでもなって、一生残ればいいのに。
「悪いけど、もう決めたんだ」
すり寄せられた腰に、違和感。
「……!」
理解した俺は恥ずかしさに顔の温度が上がるのを感じた。

勃ってる… ヨハンのが……………

どんな状況だったとしても、今、この瞬間をどれほど望んでいただろう。何度思い描いていただろう。
たとえこれが間違いだったとしても。それでもいい。
この時間だけでもヨハンが手に入るのなら…

「ヨハン……好きだ…もうずっと前から……」


一生分の好きを伝えよう。





見慣れた俺のベッドに横たわる十代はひどく新鮮だ。
華奢なほうだとは思っていたけど、やっぱり女の子とは違う。 間接の骨ばったとこや、筋肉のつき方。 平らな胸に尖る赤い突起にすぐにでもしゃぶりつきたい気分だった。
赤みがかった肌が白いシーツに沈みこんで、俺を待っている。 潤んだ黒目は従順さと、言い知れない色気があった。

十代が服を脱いだ後、俺は記録的な速さで服を脱ぎ、シーツの波紋へ。
逸る体が求めてしかたない。 今はとにかく。もう。貪欲に。
その体を隅から隅まで舐めまわしたい。 うなじ、首筋、さこつ、肩。 乳首なんてあざだらけになるほど吸っては舌で転がしたし、舌なんて食べてしまいそうなくらいむさぼった。
耳の中をベロリと舐めると、十代は伸び上がって官能的に表情を歪める。
「…ふぅ…ん……ん…んん……」
「……なんで口ふさいでんの?」
「…だっ……て…あぁう……んっ、男のあえぎ声なんて……聞いたって気持ち悪いだけだろ……」

あー俺が気持ち悪いって言ったの、大分効いちゃってるのね…
「そんなことないぜ。聞かせてくれよ……十代の声…… もっとも、そんな余裕なんてもう持たせないけど」
そう言って俺は下肢へ移動した。
俺と同じものがついてる。当然っちゃ当然だ。 思ったより抵抗はない。
張り詰めたそれはふるふると震え、透明な液が我慢できずに溢れ出していた。
後ろから抱きかかえるように、その屹立を掴みあげる。
「……!!ヨハン…!!そこ…あぁ……嘘だろ………!」
「…これでさ…俺を想像して……何回オナニーした?」
「……あぁ……うう……ヨハン……!!はぁ……っ…ごめん……ご……め…」
体が熱い。 十代と重なっているところはもっと熱い。
心地いい熱だ。
ここ数日俺を支配していた熱を、全部十代に注ぐ。
「あっ……!ひぃ…!!ああうぅ…ヨハンっ!!ヨハぁン…!!!」
気持ちいいのか痛がってるんだか、俺にしがみつく十代が耳元で絶叫した。
「あんま暴れんなよ…十代…指が折れちまう」
十代の中に進入した二本の指の関節を、試しに曲げてみた。
「ああ…あああ…う…ううう………」
体を強張らせながらも、俺が指を入れやすいように足を広げてくれる。
収縮する十代の中は指をどんどん飲み込んでいくし、俺はたまらず唾を飲んだ。
「ヨハン…お願いだ…もし…気持ち悪くなければ……俺に…その」
「気持ち悪いと思ってる奴にキスなんてするか」
わかってる。 むしろ俺から頼みたいたいくらいだ。 熱いなんてもんじゃない。 頭が沸騰しそう。
ぐにぐにと揉んだ双丘の柔らかな肉を、押し広げる。 その蕾へ。

「……っ!あ…………うぅ………ああああああ………」
初めて経験する、十代の中。 女のそれとは全然違う。 めちゃくちゃキツい。 指みたいにうまくはいかない。 全身で拒否されてるみたいだ。
多少強引でも、俺は自分を止められなかった。
「はァ…ッ……十代………力…抜いて………」
「うぅ…んん…ヨハンのが……入ってる……嘘みたいだ………っ、ん…」
ポロポロとこぼれ落ちる涙を、俺は夢中で舐めとった。
しょっからいようで甘く、俺の中のなにかを溶かすように舌に広がった。
「こんな感動的なセックスは初めてだぜ」
全部入りきって、少し動く。 浅く。 深く。
繋がっている十代が大きく沈み、ベッドのスプリングの反発が返ってくる。
「……く………」
こんなに絞まるんじゃすぐにイっちまう。
だけどそれはたいしたことじゃない。 何度果てようとも、俺は何度でも十代を抱くからだ。
これから先ずっと…


授業にも食事にも現れなかった二人が深い眠りに落ちたのは、その日の夜遅くだった。




窓から差し込む朝日に自然と目が覚めた。 ベッド近くの時計を見ると、いつも起きる時間より大分早い。 最近ろくに寝てなかったせいで、俺はめちゃくちゃ熟睡してしまったようだ。 しかも人の部屋で。
隣で寝息を立てるヨハン。情事に疲れた感じがとても色っぽくて、ドキドキする。
昨日は結局… 3回…いや4? 途中からは数えることすらできなかった。
夢中で求め合い、脳が溶けそうなくらい親密に抱き合った。 与えられた愛撫を、体中が記憶してる。
下半身は重く、動くとピリっと痛みが走るが、今はそれさえ甘美だ。
忘れられない夜になった。この幸せな記憶をもらえただけで、十分。

腰に負担をかけないよう腕に体重をかけてベッドから降りようとした俺は、ヨハンにがっちりとホールドされていたことに気づく。
俺は苦笑しつつも、起こさないようにゆっくりと腕を持ち上げた。
「行くなよ」
「ヨハン…!起こしちまったか。ごめん。すぐ出ていくから…」
「だーかーら、行くなって」
ヨハンの手が伸び、再びベッドに舞い戻された。
「…何?俺の気持ち、伝わってない?一晩だけだと思って抱かれてたのか?」
「…………」
違うとしたら、どうだというんだろう。 期待を抱くなんて浅ましいことだ。

背中にヨハンの体温を感じながら、胸が鼓動を早める。
ヨハンに聞こえてしまうかもしれない。
ああ、それよりもヨハンの心臓の音が聞こえるんだ。 さっきからそれにドキドキしている。

「……ほんと、ジムに取られなくてよかった…間一髪だったぜ。それともあいつ、俺をけしかけたのかな?」

「ジム………」

優しいジム。
最後に囁かれた言葉を思い出す。

『……………幸せに。ずっと好きだよ。十代が俺のものじゃなくても』


「…ジムは、いい奴だぜ」
そうポツリと言った。
「俺の前で他の奴を褒めないでくれ」

な………

ヨハンの言葉に驚いて向きなおすと、少し不機嫌そうな顔をしていた。
「ヨハン…おかしいぜそんなの。そんな風に言うと、妬いてるみたいだ」
「……悪いかよ」
そう言って、反対を向いてしまった。
なんだろう、さっきからこの… 恋人同士みたいな会話は。
一晩だけじゃないのか? あぁ、その答えが聞きたい。 こっちを向いてくれ、ヨハン。

朝日に透けるヨハンの髪に触れた。 近くて、遠かったこの距離。 壁はもうなくなったのだろうか。

「ヨハ……」
急に反転して、唇をふさがれた。
「ん…!……あ…ふ………」
何十回としたのに、何度でも初めてのように甘い。

「十代がわかるまで抱く」

まさか…また!?するのか…?もう朝なのに!?

俺はあわてれど、愛しい人はもう臨戦態勢である。
「ちょ…っと待ってくれ。……ヨハン、俺のこと…好き、なのか……?」

その質問に、一瞬動作が止まる。

「…………」
「そうみたい」
「………!」

なんてことだろう。これは想像でも、夢でもない。 ヨハンの声で、すぐ触れることのできる体で、そんな言葉を聞けるなんて。

「十代って、結構泣き虫なんだな。知らなかったぜ。それとも、知ってるのは俺だけかな?」
じゃれるようにキスをくれるヨハン。

だって… ヨハンだけだ。 俺をこんなにも揺さぶるのは。
腹が立つこともあれば、涙だって出る。
つらいことでしかなかったヨハンへの気持ちが、今は天にも昇りそうなほどの幸福感をもたらしてくれる。
「ヨハン…」
「何?」
「大好き!」
「俺も」
「えへへ」

「じゃ、ガッコ行く前にもう1回な」
「んん………!?」



授業の用意はともかく、体だけでも授業に出ておかないと。
俺たちがブルー寮を出たのはそんな時間だった。

あー予習もなんもしてないぜ。
結局何回交じり合ったかって…?
まぁそんなヤボな質問にはノーコメントだ。好きに想像してくれ。
それより見てくれよ。ぴょこぴょこと歩きづらそうにしている十代は、生まれたばかりのヒヨコみたいでかわいいだろ?
俺がしたんだけど… 次は足腰立たなくなるくらい、ってああ今はそんな話はよくてだな。
つらそうな十代の腰に手をまわして支える。 顔が赤くなっちゃってまーかわいいのなんの。
昨日のベッドの中ではもっとかわいかったぜ…
なんて俺が思い出し笑いを浮かべていると、遠くから十代を呼ぶ声が聞こえた。

「「兄貴ィーーーー!!」」
いつもの弟分コンビだ。 なんだよ朝っぱらから…俺たちが仲良くしてるのに邪魔すんじゃねーよ
「兄貴…!?どうしたんスか?怪我してるの…?」
「いやーははは。ちょっと、な。たいしたことないぜ」
ごまかす十代に、俺は回していた手を離して軽く尻をなでた。
びくリと反応した後、睨み付けてくる顔のかわいいこと。
「兄貴…!やっぱり心配っス!このごろなんか元気なかったし…!だから僕、先生に寮を戻してもらうよう申請してきたんだ…!」
「丸藤先輩!俺の真似をするのはやめてほしいドン!」
「真似って…あー!剣山君もその大荷物、まさかーーー!!」
「おいおいお前ら、十代のことなら心配ないぜ、なぜって昨日俺とじゅ…」
最後まで言いかけて、尻をなでてた俺の手の甲がおもいっきりつねられた。
何、俺たちのこと内緒なの?!? そうなの!?

「十代、おはよう。なんだか最近元気ないみたいだったから…昨日私、クッキーを焼いてみたの。もちろん口にあわなければ捨ててもらってもいいわ。でも、何かあなたのためにできることはないかな、って思って…」

「十代さまっ!おはよー!十代様のために、ボク朝からエビフライ揚げちゃった!いっぱいあるから、たくさん食べてね!」

げっ、次々と沸いてくるこいつらはなんなんだ!

「十代!兄者たちに話をつけてやったぞ!どうせ卒業した後の就職のことでも悩んでたんだろう。卒業後は万丈目グループで使ってやってやる!プロデュエリストになっているであろう俺様の付き人でもいいがな!ハハハ!」

「十代、元気がないと聞いて任務からもどってきた。退屈な学校生活に飽きたのなら俺と一緒に来い」
オブライエンまで来てやがる…
「十代、何か胸騒ぎがしてプロリーグの試合をキャンセルして来たよ。船でも飛行機でも好きな方で今すぐ世界中を旅しよう」

「十代君おはよう!朝から眩しくてごめんねー!このJOINの溢れる魅力は隠しきれないし、隠す必要も全くないのさ!ところで最近何か悩みを抱えているらしいね!恋の悩みならこのJOINにお任せさ!もちろん僕に恋するぶんには全然問題ないよ!」

あまりの人数の多さに、眩暈がしてきた。 これは一体…なんなんだ…

「グッモーニン、十代」
「ジム…おはよう」
ああ、そこッ!目だけで会話すんな!

「十代!どーいうことだよこれは!」
「…え、何が?」
こともなげな十代に俺は愕然とした。 こいつら…明らかに十代に気があるだろ!
もしかしてこれ…が普通なのか?
俺も女の子にモテないわけじゃないけど、そんな次元じゃないことだけはハッキリとわかった。 眩暈がする… なんだろうこの胸のむかつきは。
十代なんて… 十代なんて…
「大っ嫌いだあああーーーーーー!!!」
ガーンとなってる十代に気づきながらも、俺は森へ駆け出した。

ひどい!初めてちゃんと好きになった人があんなにモテるなんて!しかも本人全然無自覚なんて!あいつら全員デュエルで辻斬りしてやる!

島の断崖で俺は吼えた。




「…ヨハンって、結構嫉妬深かったんだな」
「うん…そーみたい。自分でも知らなかったけど」
ヨハンを追いかけてきた十代が、隣にそっと座る。

「…さっきの、本気?」
十代の上目遣いは反則的な効果を持っていて。

「………まさか」

「大好きだぜ」

微笑みあって、それからまたキスをした。何度も、何度も。

「……あ、でもエロすぎるヨハンはヤダ」
「…まじかよ」



fin




 

 

 

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