あの夏を忘れない


遊城十代は購買部にいた。


カードを買おうか、雑誌を買おうか、おやつを買おうか頭を悩ませていた。
限りのある小遣いの中、何を選択するかはデッキにカードを入れる時くらい慎重にならなければならない。

こういう時はいつもヨハンと手分けするのだが生憎今はヨハンはいなかった。

「うーーーーん悩むぜ!」

うろうろと行ったり来たり、
何十分も売り場から離れない十代を見かねたトメさんが声をかける。

「十代ちゃん、今度食堂でかき氷始めたんだけど、どう?」

「うお、かき氷なんて久しぶり!!!」


夏にしか食べることのできない、氷のお菓子。
透明感のある器にサラサラと盛られた雪の結晶、鮮やかなシロップを思い出すだけで甘く、
久しく縁のなかった十代は口の中に唾液が広がった。

校内は冷房が効いているとはいえ、
建物を移動する間太陽ににさらされればすぐに汗が噴出してしまう。

そんな夏の日にかき氷とは、まさにうってつけだ。

十代はやっと買うものが決まったようだ。







常夏のアカデミア島にも僅かながら四季がある。

今は夏だ。
いつにも増して熱気を帯びた風が島を吹き抜ける。

しかし夏服はない。

学園内は全校舎冷房完備だし、
オベリスクブルー、ラーイエロー寮には各部屋床冷房まである。

が、例のごとく、レッドは扇風機一つだ。

しかし規則にうるさいいつものあの先生は制服を着てないと
「ドロップアウトなノーネ」となにかと因縁をつけてくるからたまったものではない。
エリート主体なのにはもう慣れたが、暑いものは暑い。


貴重なこづかいで、かき氷を2個買った。

「ありがとね、このカードオマケしちゃう。取っておいて」


トメさんがそう言って、十代の制服のポケットにカードを差し入れる。
十代は何のカードか気になりつつもお礼を言って、すぐに購買部を出た。


一緒に食べようと思ってる奴が、どこにいるか探さなければならない。

できるだけ、早く。
冷たい甘味の寿命は限られているのだ。


両手に持つかき氷をすぐに食べたい衝動を押さえつつ、まず最初に浮かんだ場所に行ってみた.


いつもの屋上。

十代だけのお気に入りだった場所。

初めて出会った場所。



そんなことを、彼は覚えているだろうか。




階段を駆け上がると、蒼い髪。



(簡単な奴。)

あまりにもすぐに見つかったので、ホっとしながらも苦笑して息を吐いた。


「ヨハーン!!!」


十代はカキ氷をこぼさないようにしつつ、駆けた。







十代が妙なものを持ってきた。

かき氷、という冷たいお菓子らしい。
つーか味つき氷だなこりゃ。


この屋上はよく風が通るが、やっぱり熱を吸収したコンクリートは熱い。
なので俺はおおいに喜んだ。


「へぇー、キレイだなぁ。十代のは何味なんだ?」

「俺はやっぱり赤!!!ヒーローは赤!イチゴ味だぜ!」

ヒーローがイチゴでいいのか?

そう心の中でつっこみをいれつつ、俺は十代が買ってきてくれたかき氷を一口食べた。
スプーン型に切り抜かれたストロー(うまく考えたもんだ)で氷を掬うと、
シャリ、と涼しげな音がする。

甘くてさわやかだけど…

「これ、何味?」

「ん?ブルーハワイ!!!」

(なんだそれ…)

「つまりなんの味なんだ?」

「んー…そういえば…」

どうやら持ってきた本人にもわからないらしい。
わからないものを俺に食べさせるってのはどーなんだ。

少し考える風を見せたが。

「ハワイの味?」
「なんだよそれ…」

本人は至って真面目に答えているので追求する気にもなれなかった。

「でもウマいぜ。ありがとな」

「ヨハンは絶対ブルーハワイて感じだもんなー」

…それはヒーローで言えば青ってことか?
青といえばクールで知的な役割のはずだ。
なんだ、十代俺のことそんな風に見てくれてたわけ?

意図せず告げられた自分の印象に、ヨハンは氷をほお張りながら口元がゆるんでいた。

「そういえばさっきトメさんがカードくれたんだった」

「お!なんだよ、見せろよ」

カードのこととなると眼の色が変わる2人である。

「魔法カードだ。フィールド魔法…『古き良き日本の夏』〜!?
なんだこれ…六武衆シリーズか?それとも…」

「おもしろそうじゃん!!!使ってみようぜ!!!」

俺は喜々として傍らにおいてあったデュエルディスクを起動させ、
フィールド魔法用のポッドに入れてみた。
カセットが閉じ、ディスクが機械音を鳴らすとソリッドヴィジョンが辺りに展開される。
 

「おおおおおーーーーー!」

広がったヴィジョンに、日本人ではない俺はとても感動してしまった。

本や日本の古い映画なんかで見ることしかできない日本独特の家屋、
木や石などではなく草を編んで作られているという畳という床、絶妙に配置された池と木々。

来日してアカデミアに来てがっかりしてしまったが、
日本に来れば見られると期待していたものがそこにはあった。


「すっげーーーーー!」

十代もなつかしい気持ちでいっぱいになっていた。
行く機会はあまり無かったが、十代にも懐かしいと思える田舎が確かにある。

ご丁寧に風鈴の音やセミの鳴き声までしていて、
影の落ちる縁側の木の床はどこかひんやりしていた。
見える景色は島をとり囲む海なのでおかしな光景ではあるが、かき氷を食べるには申し分ない。

「うわー、最っ高!」
思わず制服の上着を脱ぎ捨てた十代は、かき氷をばくばくかっこんだ。


「たまにはこんなのもいいな」

俺もすっかり気に入ってしまった。

「“エンガワ”っていうんだぜ、こういうの。」
「へぇー。いいもんだなぁ」



涼しい風が吹き、
冷たいかき氷が喉を通る。


雪国育ちで暑いのにはいつまでたっても慣れない俺だったが、
なるほど暑い国はそれで、暑さをうまくしのぐ方法も知ってるもんだと感心した。


やがてかき氷もすっかり少なくなって、ほどんどシロップになってしまった。
それを一気に飲み干した俺たちは、満足したように息を吐く。

「あーおいしかったー。なあヨハン、舌見せてみろよ」

いたずらっぽく含み笑う十代に、意味がわからないでいたが言われるままに舌を出した。

「うわー!!舌が青い〜〜!!!」

ギャハハと笑い転げる十代。

何がそんなに面白いのか。

これだけ着色のキツいものを食べたらあたりまえだろ、と、ちょっとムっとした。
が、そんな自分も鏡で確認したくてしょうがない。

「なんだよ、十代も見せろよ。」

「残念でした〜〜〜俺は赤だから関係ねーもん!!!」


と言って口を大きく開け、ベロを出す十代。
たしかにベロは赤いままだった。

いや、普段よりも鮮やかな赤だった。



熟れた赤。

綺麗な赤。


思わず欲情した俺はそのまま十代を押し倒し、その赤を夢中で求めた。 
 


いつものキスとは違っている。
お互いのベロが冷たくて、あまり感覚がない。


「ん…ふ……」

突然で驚いた十代だったが、
いつもよりも深いキスに、次第に自分も求めるように下を動かしていた。


俺は角度を変えては何度も舌を出し入れして、
イチゴ味を堪能しながら、十代の舌を溶かす感覚を楽しんだ。





お互いのベロの感覚が戻る頃、十代の唇はやっと開放された。


「イチゴ味も美味しいな」

「バーカ」



「秋は秋に、冬は冬にしかできないことをいっぱいしたいな。十代と」

「ああ、俺もだぜ、ヨハン」






ソリッドビジョンは消えていた。

つないだ手にはもう汗がにじんでいた。



冷たいキスは夏にしかできない。





 二人の視線の先では、海からもくもくと入道雲がこちらに微笑みかけていた。


















Fin.













 

 













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