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●恋の感染症。

(BL同棲ネタ完結編:共通テーマ:禁断の恋:R-15)

written by月成美柑

 

 

「あれ?」

ドアノブを回そうとした十代は思わず声を上げた。
鍵がかかっている。今日は休日のはずのヨハンはどこかへ出かけたらしい。
十代の方は予定が入っていたが、午前中だけだから待っていてくれると思っていたのに。

ため息をつきながらドアを開け、リビングに入るとコーヒーテーブルの上に手紙らしきものが放置されているのに気付いた。
きっちりしているヨハンには珍しいことだ、何かよほど急ぐ用事でもあったのだろうか。
何気なく手紙を見た十代の息が一瞬止まった。手紙には写真が同封されており、笑顔のヨハンが写っている。

そして、ヨハンは金髪のきれいな女の子の肩を抱いていた。

(誰だ、これ・・・)

そういえば・・・

二週間前までヨハンは母国に帰国していた。
大切な用事があるといっていたが、何の用事なのか教えてはくれなかった。
片付いたら話すよ、というヨハンにあまりしつこく尋ねるのも憚れてそのままにしておいた。そしてそのことも忘れかけていたのだが。
もしかしたら

大切な用事って、この娘に会うことだったんだろうか。

今、俺とここで一緒に暮らしているのはヨハンの気まぐれにすぎないのかもしれない。
ヨハンは今まで女の子としか付き合ったことがない、と言っていた。
男を好きになったのは十代が初めてで、他の男とはキスしたことすらない、とも。

だけど、
裏を返せば、女の子とはキスしたこともそれ以上のこともしたことがある、ということなんだろう。

自分とは、ちょっとした好奇心とか、男と寝るのは初めてで新鮮だったとか。
いや、一緒に暮らしたいっていったのはヨハンのほうだし、ヨハンがそんな奴だとは思いたくない。

でも、だったらこれは何なんだろう。
いけないと思いながら、十代はつい手紙に書かれている内容を見たくなってしまった。
ほんの少しだけなら、そもそも「読んでくれ」とばかりに大事な手紙をテーブルの上に放置しているヨハンが悪いんだ。

どきどきしながら、十代は手紙を覗き込んだ。
そして、重大な事実を忘れ果てていたことに気付いた。

(読めねえ・・・)

手紙はヨハンの母国語で綴られていた。

 


「ただいま、十代」

放心したようにソファに座り込んでいた十代の肩に後ろからヨハンの腕が回された。

「早かったな」
「うん・・・」

早くヨハンに会いたくて急いで帰ってきたのに。

「ヨハンはどこに行ってたんだ」

思わず声が尖ってしまう。もしかしてあの金髪美人がこっちに来てて会いたいって言ってきたとか。

「大切な用事」

またそれか!

「大切な用事って俺に言えないようなことなのかよ!」
「十代?」

十代の剣幕にヨハンは驚いたように十代を見つめた。

「何怒ってるんだよ」

言いながらヨハンは十代の隣に腰を下ろした。そして、そっと口付ける。
舌先で唇を舐められると、くすぐったいが気持ちがいい。ヨハンはキスが上手いと思う。
ヨハンにキスされるとすぐに頭がぼうっとなって、なすがままになってしまう。もっとも十代はヨハン以外とはキスしたことがないから比較はできないのだが。
十代の反応に気をよくしたのか、ヨハンはそのままソファに十代を押し倒した。
わずかな風が起こる。テーブルの上の手紙がはためき、エアメール用の薄い便箋が十代の視界の端に映った。
そのとたん、十代は写真のことを思い出してしまい、覆いかぶさろうとしていたヨハンの体を押しのけた。
今ここで、流されてしまいたくなかった。

「ヨハン、他に好きな人が出来たんなら隠さずに言えよ」

聞きたくなどない。だけど隠されるのはもっといやだった。

「俺は十代しか好きじゃないぜ。信じてくれないのか?」
「だったら、これは何なんだよ。お前、何の用事で帰国したんだ。この美人に会うためか?だったらもっとうまくやれよ。
これ見よがしにテーブルに写真なんか置いて、迂闊すぎるだろう。それとも、これはわざとか?俺と別れるきっかけが欲しくて、わざとここに置いたのか?
そんなやり方は嫌いだ、別れたくなったんならはっきりそう言え!」
「十代・・・」

ヨハンは呆然として十代を見つめていたが、やがて

「ごめん」

と言って頭を下げた。

やっぱりそうだったのか。
予想されたこととはいえ、十代は衝撃を受けた。

「俺が出て行く。ヨハンは帰国するなり、ここに彼女を呼ぶなり好きにすればいい」
「十代、待てよ!」

立ち上がろうとした十代をヨハンが慌てて引き止める。

「離せよ。嘘をつかれてまで、一緒にいたいとは思わない」

涙がこぼれそうになる。本当はヨハンと離れたくなんかない、だけどみっともなく縋りたくはなかった。

「話聞けよ、十代。今謝ったのはそういう意味じゃない」
「そういう意味じゃないってどういうことなんだ?」
「あ、いや。ちょっと十代の気持ち確かめたくて、わざと目につくところに置いたのは確かだ。
十代があんまり自分から好きって言ってくれないから、不安でさ。ちょっとは妬いてくれるかなーとか思って。でも、薬が効きすぎた。ほんとにごめん」
「くすり?」
「うん、まあ、たまには刺激も必要かな、とか」
「馬鹿馬鹿しい」

ヨハンがそんな子供っぽいことを考えるなんて意外だった。でも

「じゃあ、この娘は誰なんだよ、やけに親しげだな」
「妬いた?」
「嬉しそうに言うな!質問に答えろ!」
「俺の大事な人」
「・・・やっぱり出ていく」
「うわ、待て十代。大事ってのは本当だ、家族だからさ」
「え・・・」
「それは俺の妹」

い、いもうとー!そういや前に妹がいるって聞いたことがあったような。

「でも、全然似てないじゃんか。金髪だし、目は青だし」
「ああ、妹は父親似で、俺は母親似なんだ。どこにでもいるだろ、似てないきょうだいなんて」

ヨハンは嬉しそうに言葉を続けた。

「彼氏の妹に嫉妬とかベタすぎかなあ、と思ってたんだけど、見事にはまったな」
「不愉快だ。今後こういうことしたらほんとに別れるぞ」
「わかった、二度とやりません。誓います」

ヨハンは本当に反省しているようなので、十代もようやく機嫌を直した。
だが、まだ気になることがある。

「ところで、大切な用事って?隠し事はナシだぜ」
「ああ、そのことなんだけど」

ヨハンは十代のほうをまっすぐに見つめた。
いつになく真面目な表情に、十代は緊張する。よほど大事な話なのだろうか。

「十代」
「何だ?」
「俺と結婚してくれ」
「・・・。」
「じゅうだい?」
「ええと、今結婚とか言われた気がするけど、聞き間違いだよな」
「いや、どこも間違ってないぞ。ところで返事は?」
「へ、返事って、マジかよ」
「俺は至極真面目だが」

十代は思わず笑って誤魔化そうとしたが、ヨハンの表情は真剣そのものだ。どうやら本気らしい。

「そんなの無理に決まってるだろ。何言い出すかと思ったら」
「どうして無理なんだ。俺のことが嫌いなのか?」
「そうじゃないけど、俺は男だぜ、知ってるだろ」
「それはもちろん。毎晩しっかり確かめさせてもらってるし」
「まっ、お前なあ!なんで今そんな話持ち出すんだ」

十代は真っ赤になった。ヨハンの話の展開には到底ついていけない。

「なんでって、結婚するにあたって夜の相性は重要だろ。その点、俺達はばっちり・・・」
「ヨハン!!」

ったく、昼間っから何の話をしている。

「俺が言いたいのは、俺達は男同士なんだから結婚なんか出来るわけないってことで!」
「だからわざわざ帰国したんじゃないか」
「意味わかんねえ。何で帰国が関係あるんだよ」
「日本では同性婚は認められてないって聞いたから、向こうで結婚しようと思ってさ。家族にもちゃんと話したぜ、結婚したい人がいる、相手は男だ、って。
それまで女の子としか付き合ったことなかったから驚いてたけど、お前の選んだ人なら間違いないだろうって喜んでくれた」
「男同士でも結婚できるのか、お前の国じゃ」
「ああ、男同士であろうが女同士であろうが結婚するのに支障はない。
俺の国ではジェンダーによって差別することは堅く禁じられているからな。同性のカップルにも異性と同じ権利が認められる、当然のことだ」

知らなかった、世界は広い。

「で、返事は?」
「は?」
「は?って、俺は真剣にプロポーズしてるんだぜ。十代も真面目に答えてくれよ。それとも俺じゃいやか、やっぱり結婚は女の子としたいって思ってるとか」
「あ、いや、そんなことはないけど」

やっと状況を把握した十代の頬が赤く染まる。

「でもまだ大切な用事の内容聞いてないし」

正直、そんなことはどうでもよくなっていたが、この際、気になることは解決しておきたい。

「ああ、妹の手紙に“兄さんがふたりになるなんて最高です。ぜひ一緒にこっちに来て下さい”って書いてあって、
それ読んでテンション上がっちまってさ、思わず結婚指輪買いに行った。
でも、肝心のお前の指のサイズ聞いてなかったことに気付いて、戻ってきたところ。バカだよな、俺も」

あはははは、と笑うヨハンに、ついつられたように十代も笑った。

「お前、指輪買ってもし俺が断ったらどうするつもりだったんだよ」
「え、断る、って・・・」

不安そうな顔をするヨハンに十代は苦笑する。
ヨハンは自分より大人っぽい、ずっとそう思っていた。
でも、子供みたいなところもあるんだ、そういう新しい発見があるというのはなかなか楽しい。
これからも、そういう発見をしていけたらいい、そう、ずっと二人で。

「大丈夫、断らないから安心しろ」
「じゃあ・・・」
「ただ、俺自分の指のサイズは知らないぜ。指輪なんかしたことないから、わっ!」

いきなり自分に向かってダイブしてきたヨハンを十代は受け止めきれず、そのままソファに押し倒される格好になってしまった。

「じゅーだい、愛してる!」
「ヨハン、ちょっと待て。こんなとこで、それにまだ昼間だし・・・」

シャツのボタンを外し始めたヨハンを十代はあわてて止めた。

「待てない、俺、重病だから。薬が必要なのは俺のほうだな」
「何のだよ、ピンピンしてるじゃないか」
「恋の病、十代しか治せない。今すぐ十代が欲しい、でないと恋しくて死にそうだ」
「ばっ!」
「あとで一緒に結婚指輪買いに行こうな、でもその前に」

ヨハンは十代の首筋に唇を這わせ、シャツのボタンをすべて外して直接素肌に触れてきた。
十代の感じるポイントを知り尽くしているヨハンの愛撫に、理性が剥ぎ取られていく。
十代は観念して、ヨハンの背に腕を回し、身を任せた。


患者・・・ヨハン・アンデルセン
症状・・・動悸、頬の紅潮、体温の上昇、そして、相手に触れたいという衝動
病名・・・恋

追記・・・同居している遊城十代もこの病に感染している模様

診断の結果・・・無理に引き離すと更に深刻な症状が現れ、命の危険もあります。
お互いが一生一緒にいるしか方法はありません。

どうぞ、お幸せに・・・

 


END 

 

 

 

 

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