●最初の一声を迷い続けて空回り
(チビヨハ十、アメリカの小学生設定。普通の子なので精霊は見えません) written
by 月成美柑
朝、先生がやってきた。何かいろいろ言ってるけど、いつものように、呪文みたいにしか聞こえない。
オレは遊城十代、6歳。日本人。 そしてここはアメリカの小学校、ええと、なんていったっけ、エレメンタリー・スクールだ。 2週間前、オレは突然ここに入れられた。
父さんがアメリカに転勤になったのが、一月前のこと。 それに合わせて、オレと母さんもアメリカにやってきた。それまで全然知らなかったことだけど、父さんと母さんは英語ができる。 でも、オレはダメだ。アルファベットですら最後まで言えない。まさかアメリカに転勤になるなんて思ってもいなかったし。
そう、先生の言葉が魔法の呪文に聞こえるのは、英語だから。 何を言ってるのかわからないし、自分の意思も伝えられない。クラスの子と遊びたくても、話しかけることすらできない。 言葉がわからないのが、こんなにつらいなんて・・・。もう、日本に帰りたい。 オレは思わずため息をついた。
「What’s wrong? Jyudai・・」
隣の女子が心配そうに話しかけてきたが、あいかわらず、どう答えていいかわからない。 何も答えられないオレの様子を見て、女の子は肩をすくめた。
教室の隅に置かれている電話が鳴り、それを取った先生がまた、何か言った。それが合図のように、皆が一斉にドアのほうを向いた。 なんだかわからないが、つられてオレもドアに注目する。
ドアが開いた。 そして、きれいな女の人と、その人にそっくりな、オレと同じくらいの年の男の子が入ってきた。 白い肌に緑の瞳、いわゆる「ヨーロッパ系」ってやつだ。 アメリカの学校には日本と違っていろんな人種の子がいる。 さっき話しかけてきた女子はインド系で、小麦色の肌に、くっきりとした顔立ちだ。 いろいろ言ってた中で「インディア」だけ、かろうじて意味がわかった。
さて、入ってきたのは男の子だが、女の子よりもよほどキレイな顔をしていて、クラスの女子たちが早くもきゃあきゃあ言っている。
女の人が男の子に何か話しかけている。あれ?英語、じゃない・・・。 意味はわからないが、英語とその他の言語の違いはわかるようになった、外国人なのか。 アメリカに住んでると見た目だけでは外国人かどうかなんてわからないからな。 男の子は英語じゃないどこかの国の言葉で、多分お母さんであろう女の人に話しかけ、女の人はにっこりして頷き、教室を出ていった。
外国人ってことは、オレと同じ立場だ。オレはちょっとこの子に親近感がわいた。 もしかして、この子も英語がわからないのかな、だったら、同じ立場同士、仲良くなれるかも・・・。
そう思ったオレだったのだが、その子は、先生に手招きされて教壇に上がると、流暢な英語で自己紹介を始めた。
(なんだ、英語できるのかよ・・・)
ってことは、やっぱりオレだけ仲間はずれなんだな、と思いながら、聞くともなしにその子の話を聞いていた。 「ヨハン」ってのが名前らしいことだけはわかったが、あとはいつも通りちんぷんかんぷんだ。が、その子が言った次の言葉にオレは衝撃を受けた。
「I like Yu-Gi-Oh card so much.」
遊戯王カード、確かにそう言った。 遊戯王はオレが一番好きなカードゲームだ。 カードだっていっぱい持っていて、日本にいたときは、友達を家に呼んで毎日デュエル(遊戯王ではカードで勝負することをこう呼ぶんだ)していた。
オレは自分で言うのもなんだけど、けっこう強くて、同じ年頃の子に負けたことないし、中学生にだって勝ったことがある。 将来はトーナメント大会に出て、世界大会で優勝するのが夢だ。
この子も遊戯王やるのか、だったら対戦してみたい。 遊戯王のルールは世界共通だから、言葉がわからなくてもデュエルは出来るし、アメリカで初めての友達ができるかも。 オレはどきどきしながら、その子、ヨハンを見つめ続けていた。
オレの視線に気付いたのか、ヨハンがこっちを見た、と思ったらにっこり笑いかけられた。 うわああ、コイツほんとに男なのか。日本にいたとき幼稚園で一番かわいいって言われてた子よりも美人だぞ。
オレはさらにどきどきして、思わず視線を逸らせてしまった。でも。 ヨハンに話しかけたい、友達になりたい、そして久しぶりにデュエルをしたいという思いは増すばかりで、だけど、どうしたらいいのかわからない。 一言、話しかけることさえできたら。
英語ができない自分がうらめしい。
そして、昼休み、たった一人でカフェテリアで母さんの作ってくれたサンドウィッチを食べながら、オレはヨハンのほうばかりが気になっていた。 ヨハンの容姿はたちまちのうちにクラスの女子の心を捉えたらしく、女の子に囲まれて質問攻めにあっているヨハンにはますます話しかけづらい。
と、ヨハンがこっちを見た。 ほんとつくづくキレイな顔だ、女子が騒ぐはずだ、と思っていると、なんとヨハンは立ち上がってこちらへやってきた。 ど、どうしよう、なんて言えばいい?「ハロー」とか?でもそのあとどう言ったらいいんだよ。
ヨハンはまたにっこりすると、英語で話しかけてくる。 うう、だからオレ英語わかんないって、「英語はできません」とすら英語で言えないんだからさ。 ああ、もうどうしよう!
「こ、今度遊戯王カードやろうぜ!」
やば、つい口から出ちまった。 思い切り日本語だけど、でも「遊戯王カード」ってとこだけはわかったんじゃないかな、わかってくれ!
ヨハンはまじまじとオレを見つめ、そして、ゆっくりと口を開いた。
「おまえ、日本人か?」
え? い、今の、オレが急に英語がわかるようになったわけじゃないよな、明らかに・・・。 日本語だー!
「おまえ、日本語できるのか?!」
ヨハンは頷いた。
「ああ、オレが前に住んでたところ日本人が多くてさ、となりに住んでたのも日本人だったんだ。 オレはそこのお兄さんにデュエル教わったんだぜ。日本語も自然に覚えた。この辺、日本人少ないからな、日本語懐かしいぜ」
うそ、喋れるどころかペラペラじゃん、日本語。 と、クラスの子がオレたちのまわりに大勢集まってきた。皆口々にヨハンに話しかけている、なんか興奮してるみたいだけど、何でだ?
「みんなおまえが口きいたんで、びっくりしてるんだ。 前から友達になりたいと思ってたけど、何も言ってくれないから、嫌われてるのかと思ってたってさ」 「いや、そんな、オレは言葉がわからないだけで、嫌ってなんか」
ヨハンがみんなに向かって何か言うと、みんなは歓声を上げた。 そして、口々にオレに話しかけてくる。 やっぱり何言ってるのかはわからないけど。何か今朝までとは明らかに違う。なんだろう、そう、あたたかい感じ。
ヨハンが何か叫ぶと、クラスメイトはヨハンの前に並んだ。
「なんて言ったんだ」 「そんなに一斉に話しかけたら十代が困るだろ。十代に質問のあるやつはそこに並べ!って言ったのさ」
こいつ、今日転校してきたばかりのくせに仕切るなあ、でも。 そういうとこがこいつのいいところのような気がする。 現に、「日本に帰りたい」って気持ちがどっかへいってしまって。もっと、こいつと仲良くなりたいって気持ちのほうが強くなってきてる。 矢継ぎ早に飛んでくるクラスメイトの質問に答えながら、オレはそんなことを考えていた。
放課後、いつものように母さんが迎えに来てくれた。 ヨハンと一緒のオレをみて、母さんは驚きながらも嬉しそうだった。
「じゃあ、ヨハン、今度絶対オレんち遊びにこいよな」 「ああ、わかった」
日本語で会話するオレたちを見て、母さんが目を丸くする。
「はじめまして、十代のお母さん。僕、ヨハン・アンデルセンです。」 「はじめまして、日本語お上手ね」 「おそれいります」
お、恐れ入りますって、イミフなんだけど。こいつ、オレより日本語うまいんじゃ・・・。
「あなたのお母さんはまだ?」 「母は今日は遅くなりそうだ、って」 「だったら、今からうちへいらっしゃいな。待ってて、お母さんと先生に連絡してくるから」
そういって母さんは、ヨハンからヨハンの母さんの携帯番号を聞いて、電話をかけた。 OKでますように、オレは心の中で祈った。 母さんが携帯を閉じて、にっこり微笑む。
「お母さんの許可もらったわ。今日は仕事が初日で忙しくて迎えをどうしようと思ってたところなんですって。 遅くなってもいいっていうから、夕飯も食べていって。日本食だけど、大丈夫かしら?」 「はい、オレ、あ、僕、日本食大好きです。」
母さんはくすっと笑った。
「オレでいいわよ。じゃあ、十代、行きましょう。仲良くするのよ。」 「あったり前じゃん!」
オレはうきうきしながら母さんの後に続いた。 「十代」 「ん?」
ヨハンに呼ばれ、オレは振り向いた。と、
「これからよろしくな」
そう言うとヨハンは、ちゅっと音を立ててオレの頬にキスした。
えええええええええ!!!!
オレはびっくりして飛びのいた。が、外国じゃキスはあいさつってきいたことあるけど、実際されたのは初めてだ。
「なにあせってるんだよ、日本人ってほんとシャイだなあ」
そ、そういう問題なんだろうか。くそ、なんかこいつのペースに巻き込まれてるぞ。
そう思いながらも、オレはこれからの毎日が、これまでよりずっと楽しくなる予感がした。 ヨハンと一緒なら、きっと。
最初の一声を迷い続けて空回り。 でも・・・。 勇気を出して話しかければ、今まで以上に楽しいことが待っている。 じんせいって、そんなものなのかもしれない。
END
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