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●大切に温め過ぎた想い。


(卒業前くらい。ヨハ→十明日)
written by Saina

 

「…好きな人がいるんだ。すまない」
見るつもりはなかった。いや、ただの偶然にすぎない。彼はわざと聞くつもりはない。本当にないんだ。
「その人は、だれ?」
「それは、」
「教えて!せめて相手は誰なのか教えてください!」
どうやら相手は名前を聞くまで諦めないようだ。二人…というより、少女の顔を覗き、ヨハンは思う。
「まさか、すきなひとは男なの?」
「「っ?!」」
思わず倒れた。待て、この予想はないだろう?!
「…なんで?」
「だってあなたの周りには男が多いし、特に…あなたはよくある友人と仲良いから…その、ヨハン・アンデルセンに…」
ってそこで俺の名前を出すのか!
「…否定はしない」
「「っ!」」
聞き間違っていないよな?今、彼は否定がしないって。どういう事だ。これって…
少し前から自覚している。彼、ヨハン・アンデルセンは十代が好きだ。でも、彼は告ぐつもりはないし、その勇気もなかった。
特に異世界から戻ってきた十代に、彼は告げたらおしまいだと…
何故かそう感じた。
だから、その感情を忘れるつもりなのに。
(今の言葉で、まさか)
(十代は俺を…)
だがその喜びも静かに崩された。
たった三秒で。
「でも、彼じゃない」
少年と少女は目を見開いた。
「好きな人は、女性なんだ」
「…この学園の、なの?」
「―――…強い女性だ。厳しいしよく怒るけど、本当は、彼女はすごく優しい。
本当の笑顔などもあまり見せてくれないけど、見せる時はすごく暖かく感じる。こんなひとだ。」
彼が語る言葉にヨハンはまゆ毛を寄る。
なんとなくわかる。厳しくてよく怒って、でも笑顔が素敵な女性。
でもあの女性は確か…
「すまない」
少女が去る姿を見つめ、小さな背中が遠くなったら十代はゆっくりと目を細め、琥珀色の瞳は僅かの辛さが残る。
ヨハンが彼を呼ぼうとする時だった。
「じゅうだい!」
何故か肩は跳ねられた二人の少年。十代は振り返ると、一人の女性は不満そうに居た。
…明日香だ。
「え、明日香…」
「ここで何をしているの?ずっと探していたよ」
「?どうしたんだ?」
「私にタッグデュエルを付き合ってくれるって言ってくれたじゃない?さぁ、早く来て!もうすぐ始まるよ!」
少年の腕を掴んで引っ張る明日香。だが相手は足を止まっていると気付き、彼女は振り返る。
「……」
「?どうしたの、じゅうだ…」

腕は引っ張られた。
小さな衝撃で少女は前に傾き、一つの腕が腰に回る同時に彼女は抱き締められる。自分より少し大きな肩に温かく感じた。
「―――…十代?どうしたの?」
「…いいや。なんでもない」
「バレバレよ?貴方はこうすると、きっと悩みがある時だわ」
「そうか」
クスと苦く笑い、明日香の長髪を撫でながら十代は問う。
「なぁ明日香」
「うん?」
「ちょっとゴメンな?」
衝撃的なシーンが眸に映った。
いいや、衝撃といえばすごく衝撃ではないけど、ただ
ヨハンにとってそれはショックに近いモノだ。
…口付けた。
十代が、明日香に。

口唇、
の近くにいる頬に。
「…うん、ありがとう。元気が出た…っいてぇ!」
「そういうことは謝ってからすることじゃないの」
ノートに打たれ、頭を撫でて十代は先に進む明日香の背中を見る。
「さぁ、早く行くわよ」
「へいへい。」
「あと、ありがとうね」
「え?」
「…その、キスは…ありがとう」
「……ぇ…」
赤くなっていく少年と少女。周りからみると、きっとそれはかわいいと思うくらいだろう。
だが、正直というと彼は、
「じゃあ行くよ」
「あぁ」
少女の背中を見つめて十代も進む。だが視線は一瞬だけ逸らし、
「っ?!」
琥珀の瞳は青眸の奥に入り込んだ。
(気付かれた?!)
穏やかに細める宝石の両目。
思い出してしまう。考えてしまう。彼が、―――彼がこの人に対する感情が。

逃げるように。消え去るように。
足元は後ろに下げ、青髪の姿は少しずつ森の奥…闇に入り込んでいく。
青が失い、琥珀色の瞳から無くなると少年は口を開き、小さな声で呟く。
「…   、   」
穏やかな動きはまるで恋への語りだった。

 

二人は付き合っているか?と聞いてみたらもちろん、真面目な応えはなかった。
「アニキと明日香さんが?!」
「なんだと!貴様、もう一回言ってみろ!こんな話あってたまるか!!」
「アニキはすでに他人のモノになったドン?!」
三年間も彼らと付き合ってきたみんなも驚いたばかりで、冷静に応えたのは一人しかいない。
…ある意味、この人だけ冷静になれると思う。
「ヨーハーンくーん」
「…なんですか、吹雪さん」
だが正直、ヨハンはこの人が苦手だ。
「冷たいな。敬語しなくてもいいよ?僕はただの恋の魔術師だから、いつでも相談してあげるよ」
「いいや、俺は相談なんて一言も言ってません」
「そうかい?」
「相談する事がありません」
「僕はてっきり、ヨハン君が十代君のことを相談したいと思ったけれど?」
なんだっこの鋭さは!
「…何故ここで十代が出てくるんですか?」
「嫌だねーヨハン君。僕は誰にも言わないよ?どんな時でも、僕は恋をする人の味方。それ以上やそれ以下のことはないから」
「……じゃあ改めて聞いていいんですか?」
「どうぞ」
「あなたは恋をしている俺の味方になるんですか?それとも、恋をしている大切な『妹』の味方になるんですか?」
一瞬だけ目を瞬く。
この疑問が思わなかったか、吹雪は眸を開くと、口元を上げた。
「いい質問だね。流石ヨハン君だ」
「で、どうですか」
「僕は『君達』の味方だ」
なんて卑怯な返事だ。
この人は彼の気持ちを知っていて、妹の気持ちも知っている。
もし吹雪が彼の味方と応えたら、妹の恋を捨てる意味に近い。逆にすると、吹雪は自分の恋より兄妹の繋ぎを大切にしている。
寧ろ、妹の恋を応援する方が普通に感じるとヨハンは思う。
吹雪は妹の明日香をすごく大切にしていることが分かっているし、ヨハンも何度も他の方から二人の仲良さを聞いたこともある。
だから聞かなくてもわかる。この人はきっと妹の味方だと応えるに違いない。
ただ、ムカつくだけだ。
自分の味方で言いながら自分の恋がどうでもいいに感じる、『恋の魔術師』と自称する吹雪に。
だからなのか、二人の味方でもあると聞いた瞬間、ヨハンは相手を殴りたくなった。
「ぶっちゃけ、吹雪は気付いているんですよね?俺と明日香が恋をしている相手は同じ人だってこと」
「えぇ。」
「では卑怯とは思いませんか?この返事」
「卑怯とは、」
指先をヨハンの胸に指し、吹雪はクスと笑う。
「その質問をするヨハン君と思うよ?」
目は細められた。
「例えアスリン…明日香は僕の妹で、ヨハン君は初めて知り合った人であろうと僕は同じ程度で協力する。それは誓う。
でもヨハン君、僕は恋の魔術師…いわゆる、『一人』だけの味方ではない。
だから僕は君や明日香だけの味方ではない。恋をしている人なら、誰にだって僕はあの人の味方だ」
「だったら恋された人はどうなんですか?」
「ヨハン君」
吹雪はヨハンを見た。
「恋される相手は何人に愛されても、恋をする相手…その本人は、『一人』だけ。―――『一人』の者だけに恋をするんだ」
「……―――っ!」
こいつ。
殴りたい。
殴りたいけど、本当に正しい。
正しい過ぎで自分も殴りたくなった。
自分自身に!
「確かにどちらかと言うと僕にもわからない。三人の中に一人か、もしくは二人も悲しむかもしれない。
僕にできることは、相手に素敵な恋を、思い出ができると願い、この子達 の力になることだけだ。残酷だけど、それも『恋』だ」
「…俺、本当に分からなくなってきた」
(おや?敬語をやめたね)
「なんで吹雪さんは『恋の魔術師』になるんだ?恋をしていないあなたが何故恋のアドバイスをしているかさっぱりだ」
「僕は恋をしているよ?」
「恋をしている人達にか?」
「言ったんだろ?恋は、『たった一人』へのモノだって」
彼は穏やかに微笑んだ。
「恋をしているから、恋の辛さを知って、その苦しさを理解することになる。
だからこそ、恋をしている皆に協力し、その子達に素敵な恋ができると願うことができる。所詮、それは自分の我儘だ。
恋をしている皆の顔を見て、彼らに協力すると僕も救われる気がするからだ。
かつての自分を思い出し、自分はまだ遠いところにいる『あの人』に恋をしているって」
知っているから力になりたい。
分かっているから願いたい。
自分みたいになれないように、素敵な恋ができるように。
後悔を、残さないように。
「正直、俺は吹雪さんを殴りたい」
「暴力はよくないよヨハン君」
「でもまぁ、今回はやめときます」
(あ、敬語に戻っている)
拳を下げ、ヨハンは小さくため息をつく。
彼はまゆげを寄せながら口元を上げた。
「今はアイツのことで頭がいっぱいだし、これ以上増やすのも面倒だ」
「ありがとう。君も後悔せず、素敵な恋ができると願う」
「―――…ところで、気になるところがあるんですけど」
ブルー寮に戻る足先を止まり、何かを思い出したようにヨハンは吹雪に振り返る。
「俺達に恋される相手…十代は誰に恋をしているか、吹雪さんはどう感じます?」
「…自分が傷付かれても僕の考えを聞きたいのかい?」
「お前は十代じゃないだろ?」
クスとヨハンは肩を上げた。
「じゃあ俺が聞いてもそれは答えになる筈じゃないだろう?これはただの他人が考えている『事』、つもり『噂』だ」

「――――――……本当のことを言うと、僕にも不思議と感じている」
改めて雰囲気を変え、吹雪は考え込みながら喋り始める。
「ヨハン君が言っていることも正しいけど、相手は十代君なら僕も予想できない。十代君は少し違うと思うんだ」
「どっちにも恋をしていないってことですか?」
「いいや。寧ろ、逆さ」
「…は?」
「だから僕もわからないんだ。十代君は一体、」

―――誰かに『恋』をしているか わからなくなってきた

 


本当は、希望が出てきた。
恋の魔術師を自称する吹雪さえわからないと言っていたから、ヨハンはそれを信じようと思った。
彼にはまだ十代の心を手に入れるチャンスがあると思った。
でも。
無理だった。
「すきだ…っ」
口付けを繰り返す二人の少年と少女。
何度も離れ、重なって、何回くらい繰り返したか彼にはわからない。すでに数えられない次数になっているからだ。
恋の言葉と共に少年は少女を抱きしめて気持ちを告げる。
赤くなっている二人の顔はお互いの感情を表した。
好きだ と。
(…あぁ)
(なんで、俺はここにいるんだっけ)
どうして彼はここにいるんだろう?
確か、彼は十代を追って女子のブルー寮まで来ただけなのに、なんで彼はこのシーンを見てしまうんだろ?彼はただ、
十代に伝いことがあるのに。


少女は眠ると確認し、少年は窓を開け、バルコニーまで行って窓を閉め、十代は地面へ飛び込む。
チラッとひかりが消えた部屋を見上げ、彼は戻る道に向かおうとした。
ある気配を気付くまで。
「そこにいるんだろ?…ヨハン」
沈黙が流れ、暫くの後に一つの影は闇から現われ、十代の前に立ち上がる。
…ヨハンだった。
「よくわかったな」
「まぁな。…オレに用があるか?ないならオレは帰るぜ」
今日は疲れちまったから、と呟きを残し、十代は再び足先を進み、青髪の少年とすれ違っていく。
青髪の少年は口元を上げた。
「やりすぎで疲れるなんて明日香も大変だな」


パッと振り返る同時に赤き者の腕は強く掴まれた。
いつも優しくて明るい青い目。天空や海を溶かしたように綺麗な青が、歪められ、まるで嫌なモノを見てしまったようだ。
青は黒く塗られていた。
「違いはある、とは言わないでくれよ」
「お前…!」
「わざと俺にこんなモノを見せて、十代もひでぇなヤツだぜ」
ニヤリとヨハンは笑い、十代はまゆ毛を歪んだ。
掴まれる腕は痛い。
「最初から気付いたくせに、俺にこんなモノを見せて、どういうつもりだぁ?十代」
「何のことだ」
「とぼけるつもりか?俺は見たんだぜ?お前が告白され、明日香とのラブシーンをな」
「じゃあなんだ」
十代はヨハンを見る。
痛みは増えている。
「これはヨハンに何が関係でもあるのか?」
「あぁ、あるさ。聞いてみたいことがある」
握りこまれるところは赤くなって血が出そうだ。
「お前は明日香に『恋』をしているか」
「は?」
面白いことを聞いたみたいに十代は笑った。
「笑わせるぜ!あんなのを見てもわかんねぇのか?」
「俺が聞きたいのはお前の口から出す言葉だ」
「好きでもない人に何度もキスをすると思うか?」
口元をあげ、彼は頭を傾く。
「オレはこんなすげぇなヤツじゃないぜ?」
「でも結局、お前は俺の質問を応えていない。それもそうだ」
ヨハンは笑った。
「十代は迷っているんだろ?一体誰に、『恋』をしているか自分さえわからないだからさ」
「…へぇ――…」
何かを分かったか、十代は笑い始めた。
「何を期待しているんだ?ヨハン」
「?」
「そうか、ヨハンは期待しているのか。明日香とお前、オレは『恋』をしているのは誰なのかヨハンは賭けをしている。もしかしたらこの人は自分が好きって」
「だったらなんだ?俺はちゃんと認めるぜ。」
「………。」
「なんのためにずっとこの気持ちを伝わないと思う。
…十代!お前に大切な時に余計なことを考えさせないためだ!だからお前に気付かれないように俺はずっと、」
「オレを言い訳にするな」
「…なんだと?」
「ヨハンは怖いだけだろ?」
(目を覚め)
「ヨハンはただオレに拒絶されるのが怖いで、ショックを受けたくないからオレに言わなかった」
「ちがっ」
(感情を上がれ)
「オレとの親友関係さえ失いたくないから逃げたんだ」
「違う!」
(本能のままに動け)
「でも残念だ、ヨハン」
妖しげに口元を上げると、少年は
「オレはホモが気持ち悪いしか思わねぇんだ」


『ゴッ』と殴られた。
感情が上がれたままに殴ったためか、力はコントロールせずに拳は相手の頬に打ち、大きな衝撃で赤い雫は口元から落ちた。
「てめぇは本当に変わったな」
「ぺっ」と口の血を吐き出し、十代はヨハンを見る。
彼を打った拳の腕は怒りで震えていた。
「俺の気持ちはお前によってただの迷惑にしかないってことか?だったらはっきり言えばいい!
俺の気持ちを気付いたら俺に期待させるな!嫌いなら嫌いって言えばいい!お前は、…お前ははっきりしねぇから誤解が生みだしたんだ!」
「…そんで?」
「あぁもういい!さっさと答えろ!てめぇが答えない限り、俺は自分の気持ちを収まらない。いうならはっきり言いやがれ!」
それなら俺も進むことができる
俺は止まらせずに済むんだ…!
「………。」
(あぁ)
これだ。と鳶髪の少年は思う。
彼は相手を巻き込んではいけない。彼は、知っている。
ヨハンはずっと彼を大切にしていた。
いつも一緒に居て、一緒に笑って、一緒に戦って…異世界に向かう前から、彼はもう気付いている。そして知っている。
この人は自分にとってどれだけ大切なのか、十代は知っているんだ。
ただ、伝わなかっただけだ。
今更だが後悔するべきか分からなくなってきた。
後悔するところは、何故あの時に伝わなかったこと。
もしあの時に伝わったら、きっと彼とヨハンの関係は変わるだろう。彼はヨハンのこころを、そしてヨハンも彼のこころを手に入れる。
後悔しないところも、伝わなかったこと。
彼は伝わなかったから、ヨハンは自由のままに居て、自由のままに他の好きな人と出会うことができる。二人は親友のままに、居られる。
どっちが正しいか、どっちが間違ったか十代はもう分からない。今になって、彼にできることはただ一つ。
決心を固めたよう、一旦目を閉じた鳶色の瞳はゆっくりと目覚め、青髪の少年を映りながら彼は、
口を開き…

 


――――…
「あ、アニキ。珍しいっスね、学園まで来るなんて」
「まぁな。ちょっと卒業式のことで校長先生に呼ばれたんだ」
「はっ!まさか、アニキは卒業できないとかじゃ…!」
「ちげぇよ!オレは卒業できるから卒業式のことで呼ばれたじゃん」
「それもそうスね。…あ」
翔の反応に十代も前に向く。
オブライエンと肩を並べる青髪の少年。何かを話だろう、あまり喋らないオブライエンもヨハンに応えながら話している。
二人の視線を気付いたか、ヨハンは振り返り、
十代を見た。
「よっ」
彼は笑う。
「おう」
彼も笑う。
「どっかに行くのか?」
「あぁ。ちょっと校長に呼ばれて」
「そっか。んじゃっ」
軽く手を振り、オブライエンとヨハンは去り、
十代達とすれ違う。
一瞬だけ何か違うと思い、翔は十代の顔を見る。

…少年は、笑った。
悲しい表情で居ながら。

 

大切に温め過ぎた想い。
「…!」
校長室を開く前に腕は引っ張られ、廊下の奥まで連れられて何事かと思う瞬間に壁に追い詰められ、
口は塞がれた。
言葉さえ許されない様に。
―――少年に殴られ、彼に告げた後の瞬間に口付けられたあの晩と同じだった。
「………」
無言で離れ、沈黙でお互いを見つめ、青髪の少年は静かに鳶髪の少年の腕を放す。
「…バカだな、ヨハンは」
「…知っているさ」
そして去る。

壁に寄せながら腰をおろし、鳶髪の少年は小さく呟き、聞こえない様に
手は口を覆いかぶさる。
オレ達、本当にバカだ
触れた唇はあたたかった。

 

大切に温め過ぎた想い。
だからこそ、この気持ちをなかったことにするなんてできない
恋を…いいや
『愛情』をしているからだ。


fin







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