inserted by FC2 system



●この温度は本物だから



(DAヨハ十♀。いろいろと注意。R15)
written by Saina

 

突然、告げられた。友達のヨハンにあることを頼まれ、少女は思わず目を見開いた。
「―――……」
だが暫くすると、我に返った十代は応えた。
「断る」
「って待ってよ!なぁバイト代は払うからさ、ちょっと頼むよ!」
「別の女の子を探してくれよ。こんなこと、親友に頼むな」
「だから言ったんだろう!十代じゃなきゃダメだって!俺の周りに頼まれる女性は十代しかいないんだ!」
「だから?」
ふと足元を止め、十代はヨハンを睨んだ。
「普通は女性の友達に偽装の婚約者を頼むかっバカ!
それに頼まれる女性ってなんだ!ヨハンは付き合っている彼女はたくさんいるんだろう?適当に彼女達に頼めばいいじゃん」
「だからそれはダメだって。あいつら、俺と付き合うのは俺の家庭に入りたいだけだ!金や名義を欲しがる女にこんなことを頼めるかよ」
「だったらお前が好きな女に頼んでやれ。悪いけどオレはゴメンだぜ?」
「なんで?ただのバイトを思えばいいだろ?」
「…ヨハンは怖くないか?オレはアイツらと同じ、お前の親に自分は本当の婚約者って言うんだぜ?」
「それはないだろう?」
クスとヨハンは笑った。
「十代は俺が好きなのに別の男とホテルに行くんだから」
睨むように十代は振り返った。
「…お前が好き?」
フッと鼻で笑う十代。彼女は目を細めた。
「笑えない冗談だぜ?」
「あっそ。とりあえず明日の午後六時にヘリーは迎えに来るから、その時まで準備しておくれ。もちろん、ドレスもな?」
彼女の腕を取り上げ、ヨハンは手にキスし、十代の耳元に呟く。
「頑張れよ?俺のフィアンセ」
思わず相手を殴れようとする腕を抑えた。
楽しそうに去るヨハンを見つめながら十代は耳を触る。先程の息はまだ残っていて少し熱い。
…触れた手も。
「……オレが好きじゃないくせに」
(でも、見てくれた)
彼は、彼女の行動を見ていたんだ。
「オレって、バカだ…」

あんなヤツを好きになった自分は本当に、大バカだ。

 

彼女に頼むのは本当に、彼女しか頼まれないからだ。
だが正直、彼女の顔とかに期待しているわけじゃない。
確かに色んな方から見ると、彼女はかわいい系に入れるが、彼の好みではない。
彼がもっと理想しているタイプは大人しい性格で笑顔を自分だけに見せてくれる子だ。
だから十代に対する気持ちは親友で、それ以上とそれ以下のもない。
特に、彼は知っているからだ。
十代は彼が好きってことは偶然で知った。でも、丁度その後に彼は目撃した。
彼女は別の男とホテルに入る瞬間を目撃した。しかも一回だけではない。
すでに何回もあった。だから彼は、きっと彼女を「女」としてみないことを思った。
…思ったのに、

目の前の人はなんだ?!


真っ白なドレスに包まれた女性。
身体はシンプルなデザインに華奢のラインを引き出され、肩口や足の肌も酷く白に見え、赤に近い紅茶色の長髪は腰まで降り、
何故か天使のように綺麗はずなのに、雰囲気は酷く艶やかさだ。
化粧も意外と薄いのに、何故だ。
「……、じゅうだい…か?」
「他に誰が居るんだ。動くなよ」
「っ」
突然ヨハンに近づく十代。
彼女はヨハンの上着に挟むバラを取り、髪飾りとしてつけ毛に付けた。
「じゃあ行こうぜ。そろそろヘリーがくる時間だろう?」
「…ってなんだよこの格好は!お前、いままでこんな格好しなかったくせ、」
「婚約者、だろ?」
十代はヨハンを見た。
「お前に相応しい婚約者でなきゃ、相手は断わるはずがない。だからオレもオレなりのやり方で頑張ったぜ?もうしないけどな」
「もう着ないのか」
「…着ないさ。二度と、な」
腕を伸ばして触りたい。
十代の背中を見て、その考えはヨハンの頭に現われ始めた。

 

色んな意味でヨハンは衝撃を受けた。
マジで色んな意味で。
動き、雰囲気、言葉の使い方など、すべては大人で貴族っぽいな感じで彼女は完璧だった。
もし彼女の元の姿を知る者がいたらきっと驚くだろう?
いつもは男っぽくて、男みたいな格好や行動をする十代がそこまで女らしい一面があるって、愕かない人がいれば彼もぜひ会ってみたい。
自分も彼女の演技にだまされただからだ。
もっと恐ろしいのは。
「十代って、ダンスができるんだ」
「…驚いた?」
「すごく」
先程のことを思い出す。
流れでヨハンは十代とダンスしなければいけなくなった。
ヨハンはできるが、十代はできないと思い、その誘いを断ろうとするが、十代は彼の腕と取り、二人はステージに踊り始めた。
かなり慣れている動きにヨハンは本当にびっくりした。
目の前の人は本当に十代だろうか。
「他の男に教えられたのか?ダンス」
「まぁね」
「……そうかよ」
「婚約者のことはどうなっている?」
ヨハンからグラスを貰い、十代はワインを口に付ける。
「両親はかなり喜んでいる。どうやら向こうとの婚約者は取り消せるらしい」
「じゃあオレの仕事は終わった。そろそろ帰るぜ」
「もう、」
バルコニーに寄せる十代を見て、ヨハンは問う。
「『私』を使わないのか」
「…好きでもない女に、何故ヨハンはそれを求めるんだ」
「っ違う!俺は…!」
「オレは、好きな人の前にだけ『私』を使う」
空の星を見つめ、十代は続いた。
「そう決めた。男っぽくても女らしくなくても、あの人の前に自分は『女』ならそれでいい。オレはバカだから、こんな形しかわからない」
「十代!」
彼女の肩を掴み、ヨハンは十代を自分に向かせた。
「お前が好きなのは、俺だろ?!」
「お前じゃない」
「嘘をするな!俺は知っている、…お前は俺が好きって俺は知っているんだ!」
「お前じゃない」
まっすぐと青を見つめる琥珀の瞳。
十代は告げた。
「好きでもない男と、何回もホテルに行くわけがない。ヨハン」

――――オレはお前を『親友』しか見ていない

 

…気付いたら紅茶の髪は僅かな赤と一緒にシーツに広がっていた。
はっと我に返った頃はすでに遅かった。指を紅くなったところを撫でると指先も紅色に塗られ、ヨハンはやっと気付いた。
自分がやったことに。
「…もう、満足か」
上の人の顔に腕を上げ、触る指は震えていた。
「ならば、退いてくれ」
小さな雫は化粧が落された目元から降っていく。
彼女は目を細めた。
「痛ぇんだ」


「な、…んで」
服を拾い、扉を開く瞬間に後ろの声に手を止まる。
「なんで、俺に嘘を付いたんだ」
「……どうせ、同じでしょう?」
後ろを見ず、十代は頭を下げた。
「嘘であろうと事実であろうと、ヨハンがやることは同じさ。ならばどっちにしても、―――『私』に変わる事がない」
「っじゅうだい!!」
振り返ると開けっ放された扉。外まで行っても、廊下にはすでに誰にもいない。
真っ黒な廊下に、誰一人もいなかった。
「…ちくしょっ!」
壁を殴りながらヨハンは叫ぶ。
(俺は)
(なんで俺はこんなことを…!!)

彼はただ伝いたいって。
彼はただ、伝いたかった。

好きって。

 

気付いた日の後、相手はもう姿を現すことがなかった。
例えあの晩に、相手の格好に惹かれたとはいえ、彼女の姿はずっと頭から離れないのは事実だ。そして、思い出してしまう。
彼女の喜ぶ顔、彼女の嬉しい顔、彼女がムッとする顔、そしてあの晩に彼女の、泣いた顔。
泣かせるつもりはなかった。
なのに自分は彼女を傷付いたばかりで、彼女は自分が好きと知りながら彼女を遊んでいた。
親友と言いながら彼女の気持ちを無視し、彼女の驚く顔を楽しそうに見ていた。
今更だが懐かしい。
…半年前。あの晩の後、十代は行方不明となった。
まるで自分から姿を消した様に、誰も十代の行方を知らなかった。
彼は探していた。探して探して、寝ずに探しても彼女を見つからなかった。

二度と会えられない。
…ヨハンがそれを感じた頃だった。
「十代君に会いたいかい?」
「?!」
振り返ると吹雪は居た。彼の言葉に乗り、ヨハンと吹雪は島の奥にある施設に来た。
数回のオートロックを解除し、彼があるロックを解除すると吹雪はヨハンに声を掛けた。
「十代君に会ったらヨハン君は何をするんだい?」
「え?」
「ここ半年、彼女を探すために留学期間を延ばしたんだね?彼女に会ったら、何をするの?」
「まずは…多分、謝ろうと思う」
「んー…駄目だよ、ヨハン君」
「?」
「彼女が欲しいのは、きっと君の謝り言葉じゃない。彼女が欲しいのは、もっと別のモノだ」
「別のモノ…?」
「うんうん。…おっ!解除ができた…っ、あれ…?」
「甘いよ、兄さん」
ようやく最後のロックを解除した吹雪だが、開いた扉の向こうに立ち上がる人物に思わず汗が落ちていく。
目の前にいるのは、彼の妹である明日香だった。
「私は反対って言った筈よ?兄さん」
「もう充分でしょう?あすりん。それに、これは彼らの問題だよ?」
「………」
チラリとヨハンを睨み、明日香は溜め息を吹いた。
「いきなさい」
「え、あ…ありがと」
事情がわからないが、とりあえず行かせてくれることで感謝し、ヨハンは中に足を進んだ。
中は広い部屋だった。
シンプルな白色に薄い青があり、まるで空を見ているような感じだとヨハンは思う。
もう少し奥に進むとバルコニーに座る人の姿があり、彼は近づけようとするが、相手の髪色にハッとする。
太陽の下に、赤に見える紅茶の色だ。
(まさか)
(まさか!)
「じゅう…」
「来ないでくれ」
足は止められた。
「近づかないでくれ」
「…、じゅうだい?」
「なんで、来るんだ」
後ろを見ずに、十代は空を見上げた。
「なんでここに来たんだ。ヨハン」
「じゅうだい」
「『私』はお前に会いたくないからここにいたのに」
「っ?!」
「『私』はお前に見せたくないからここに残ったのに」
『私』。
聞き間違いじゃない。今、彼女は確か…
「もう、帰ってくれ」
「じゅうだい!聞いてくれ、俺は…」
「帰ってくれ!…く…っ!」
「!じゅうだい!」
いきなり椅子から倒れる十代の姿。
彼女の方向に走り出し、十代が倒れる前に彼女を抱きしめて守ったが、相手の姿にヨハンは目を見開く。
何かを大事そうに腹を守る彼女。
まさかと思い、ヨハンは少しだけ、優しく腹部を触る。
…少し膨らんでいた。
ヨハンは言葉を失った。
「―――…、…じゅう、だい」
「…離してくれ」
「じゅうだい…っ」
「……離してくれ!はなしてくれよぉヨハァ…」
段々耳に伝えていく小さな泣き声。
…あぁ。ヨハンは気付いた。
彼のせいだ。

彼のわがままと衝動のせいで、彼女は泣いていた。
あの晩から、彼女はずっと泣いたままで生きて、
…それでも腹の命を捨てずに生きて。
「何故」
腹部に負担をかけないように十代を肩まで寄せ、ヨハンは彼女を抱きしめた。
「何故俺に教えてくれなかった。これは、俺とお前の問題だろ…っ?!」
「…捨てたく、ない。捨てたくない。…―――この命を、捨てたくないからだ…っ!」
気付いた時は突然の日だった。
彼と二度と会いたくないから校長に頼んでここの施設を使った。でもある日、彼女は身体の異変が気付いた。
元々、精霊や命に彼女は敏感のおかげで、彼女は身体にもう一つの息を感じた。
一つの身体に二つの息を感じる筈がない。ならば、…と彼女は恐れ始めた。

(怖い)
(こわい)
ここに小さな命はいる。静かに成長し、誕生する命はいる。
ヨハンとの子であることに彼女は喜んだ。
ヨハンとの子であることに彼女は怖くなった。
好きでもない女が自分の血と繋がる子がいれば、彼はきっと相手を捨てるに違いない。いや、もっと怖いのは、相手はその命を殺すことだ。
彼女はできない。…できる筈がないだろう。
好きだから。
十代は、ヨハンが好きだからなのだ。

「お前は捨てるんだ。ヨハンは、私のことが嫌いだろ?」
「…愛している」
「……――――――」
「愛しているんだ、十代。お前を、」

―――愛している

「…わたし、も」
「?!じゅう、」
「でも」
手のひらで相手の目を覆い、彼女は少し辛そうに微笑んだ。
「私が欲しいのは同情じゃ、ない」
ヨハン。
オレはさ、
オレ…私が一番欲しかったのは、

「さよなら」
お前が私を気付き、私に向きながら見せてくれるあの笑顔が欲しかったよ。

ただ、それだけだったよ。

 

意識が落されたヨハンに人々は彼を運び始めた。
「これでいいのかい?」
チラリと再び椅子に座る十代に吹雪は問う。
「君はヨハン君に気付かせるために、わざと男とホテルにいく振りをしたんじゃないかい?」
「……しようとしたのは、本当だよ」
彼女は小さな声で応えた。
「ただ、できなかっただけ。…彼以外の男を、受け入れられなかっただけだ」
「なのに君は彼の記憶を…?」
「………」
「昔の事はともかく、彼は本当に、君を一生懸命…全力で君を探していた。
何度も意識が不明になって倒れたこともある。でも彼は起きたんだ。君を、再び君を見つけ出すために」
「…知っているよ。ただ、オレは…」
腕を腹に置き、十代は目を閉じた。
「ヨハンの思う通りに、させたくなかった。」
今のままだと、彼女はきっと一生もヨハンの思う通りに生きるに違いない。
例え今のヨハンは彼女を愛していると言っていても、それはあの晩、彼女への罪悪感と彼女の格好に惹かれただけで、彼女が欲しがる気持ちじゃない。
いつか、ヨハンも彼女を捨てる。もしこの事が本当に起こしたら、彼女は二度と立ち上がる力がない。
こんな気がした。
「つまり、十代君はヨハン君が自分の意思で…君を見てほしいってこと?」
「…いけないか」
「いいや。ただ、バカな子だね、十代君は」
「………」
「君は今、自らヨハン君との繋ぎを切ったんだよ?彼は君を忘れ、別の方と一緒に生きるかもしれない。せっかく手に入れた気持ちなのにね」
「振られるより、マシだ」
十代は腹を抱きしめた。
「彼に拒まれたら、オレは生きられない」

―――『私』は
ヨハンが、彼が好きだからだ。

この気持ち(温度)は本物だから。


『よっ!おはよ、十代!』
聞こえた気がする。
懐かしい、戻らない日々の思い出の旋律。
彼女は泣き、笑顔を咲いた。

 

―――――……
「お兄ちゃんだれ?」
ふと墓から視線を振り返ると、花を持っているひとりの子供は居た。
「え?お前こそ、誰だ?」
「ぼくはここのちかくに住んでいるよ!…あれ?お兄ちゃん、おとうさんとはしりあいなの?」
「お父さん?」
「うん。ここのお墓、ぼくのおとうさんのお墓だっておかあさんからきいたの」
「知り合い…。…いいや、俺もこの方のことが知らないんだ。わりぃ、邪魔しちゃって」
「え?じゃあどうしてここにいるの?」
「ちょっと、不思議な気がするんだ」
何故かクスと口元を上げ、青年は墓を見る。
「知り合いにここに来なさいと言われてきたんだけど、このお墓を見たらすごく不思議な感じになっちまった。このお墓の方はな?俺と同じ名前なんだ」
「おとうさんと?」
「あぁ」と青年は頷いた。
暫く青年を見上げると、子供は手に居る花を墓の前に置き、ある一輪の花を青年に見せた。
「あげる」
「は?」
「お兄ちゃんにあげる。これ、ぼくのおかあさんが大好きな花だよ」
思わずプッと笑う青年。
理由は、子供が手に持っている花は、赤色のバラだからだ。
「お墓を見舞いにバラを?お前のお母さんも変わった者だぜ」
「えぇーそんなことないもん。だって、これはお父さんがお母さんに初めて上げた花なんだもん」
少しだけ目は瞬く。
青年はバラを貰い、指で花を回し始める。

『動くなよ?』

不思議な映像が頭に現われていく。
何故だろう。彼は花など女性に上げたことがなかったのに、頭に現われるひとりの少女。
赤に見える紅茶の髪と琥珀色の瞳。
そして、一つの名前。
「でもおとうさんはね?ほんとうはどこかにいきているっておかあさんも言っていたよ」
「…――――ぇ…?」
青年の反応に頷き、子供は続いた。
「おとうさんはきっとどこかにいきているかもしれないって、おかあさんはいっていた。でも、おとうさんはもう二度と戻らないから、お墓をつくった。」
生きているけど戻ることがない父。
(どこかに、聞いたことがあるような…)
「…なぁ。お前、なんてなまえ…」

「ジョハーン」
呼びに耳を傾く子供。彼は嬉しそうに立ち上がり、走り始める。
「おかあさーん!」
青年は向こうにいるひとりの姿に、青眸を見開いた。


――――君は何かを失っている気がしないかい?ヨハン君
来る前に、彼は昔の知り合いに言われた言葉であった。
『…失っている?現在進行で?』
『うんうん。今の君もあるモノを失っているんだ。大切で、大事なモノを』
『……俺の記憶にも関係あるってことか?』
『本当に、知りたいかい?』
『…知りたい。』
彼は知りたい。ずっと頭から離れられなかった僅かの影像。
そしてその影像で、彼に笑顔を見せながら泣き続ける一人の女性。彼は知りたい。
呼びたい。その女性の名前を…――――

「…――――」
優しい指は華奢な腕を掴み、驚きながら振り返る女性に青年は彼女を見つめる。
そして辛そうにまゆを寄せると彼は笑顔を咲き、
…ヨハンは呼んだ。

――――じゅうだい

温度の先にいる、愛する者の名を。

 

この温度は本物だから。
何年遅れてしまったけど、―――じゅうだい/ヨハン
愛している




END







back